中国人観光客がやって来た_4

Wi-Fiはインフラ、中国からは海外挙式の引き合いも

【Vol. 4】 中国人観光客受け入れ先進地、北海道流のもてなし方

2015/3/31

映画で見た憧れの土地、それが北海道

中国人の知り合いが「『しゃお・ずん』に行きたい」と言った時、どうしてもその地名が思い浮かばなかった。「それはどこ?」と聞くと、彼女は「小樽」と書いた。

1995年に公開された岩井俊二監督の作品『Love Letter』の舞台だった小樽を見てみたい、というのである。この『Love Letter』、1990年代に小樽に大量の韓国人観光客を連れてきた後、香港、台湾とブームが続いた。そして一昨年あたりから中国人「文芸好き青年」の必須観光地となっている。

北海道は中国人と映画やドラマの縁で結びついている。日中国交回復後、大して娯楽もなかった1980年代には、高倉健主演の映画『君よ憤怒の河を渉れ』『幸福の黄色いハンカチ』などが輸入されて大人気になった。またテレビでは『排球女将』として知られる『燃えろアタック』の主人公がやはり北海道出身という設定だった。

また近年でも『Love Letter』の他に、人気監督の馮小剛(フォン・シャオガン)が富良野で撮影した『非誠勿擾』(邦題『狙った恋の落とし方。』、2008年)が3.25億人民元(当時のレートで約43億円)の大ヒットとなった。つまり、老いも若きもそれぞれの思いを北海道に抱いており、映画で使われた旅館のその部屋に泊まりたいというピンポイントの注文までくるという。

そんな北海道の観光業界で外国人客が増加し始めたのは、1990年代のことだ。初めは台湾人が中心で、1997年ごろから香港人が増え始め、さらに2003年ごろから徐々に中国人の団体客が北海道入りし始めた。つまり、北海道は20年にわたる華人観光客の経験を積んでいる。

北海道経済部観光局の資料によると、北海道の居住人口は540万人あまりだが、平成26年(2014年)度上半期に道内・道外・外国人を合わせてのべ3500万人以上の観光客を迎えた。

そのうち外国人は65万人に上る。割合で言えば1.8%と少ないが、前年同期比では道内は0.2%増、道外は0.6%増と国内客の推移がほぼ横ばいであるのに対し、外国人客の伸びは23.3%増となっている。
 図3_北海道を訪れた外国人数

特に増えているのが中国からの観光客だ。前年同期比で101.8%増に達し、人数は10万人を越えている。トップの台湾人22万人には及ばないものの、韓国を抜いて第2位となった。

『Love Letter』人気の小樽市の場合、中国人は上半期だけで前年比の3倍増の約7900人(宿泊客数)となり、2位につけている。今年の春節のにぎわいからすると、2015年3月までの年間統計では中国人が台湾人を抜いてトップになるはずだと、小樽市産業港湾部観光振興室の担当者は予測する。

増え始めた個人観光客、リピーターも

そんな中国人観光客にも変化が起きている。

「今年の春節では目に見えて個人客が増えた」と、グランパーク小樽の宿泊部、村井顕一氏は語る。同ホテルで唯一中国語に堪能なスタッフである、マレーシア人のチョン・ジョンシンさんも春節はフル回転で勤務。日ごろは日本人客が中心だが、「今年の春節中は日本語でサービスした記憶がない」と話す。

中国人観光客の増加に伴い、トラブルはなかったのだろうか。そう質問すると、同ホテルマーケティングコミュニケーションズマネジャーの大塚明恵氏は、うーん、としばし考え込んだ。

「トラブルというほどのことはない。一時期、タバコの吸殻を窓から捨てることが続いたが、窓に『吸い殻を捨てないで』という意味のサインをつけたら激減した。外国人の観光客はただ文化が違う。やらないで、とお願いすればほとんど聞き入れてもらえるので、それをトラブルだとは思っていない」

異なる文化を持つ中国人客に対して何を注意すればいいのか、と尋ねると、チョンさんが一言、「日本的な『おもてなし』は通じない」と答えた。「日本のホテルマンは宿泊客と一定距離を取ってサービスするのが原則。しかし、中華系の観光客が求めているのはもっと身近なもの」

チョンさんは、春節を過ごす中国人客に「あけましておめでとう」と声を掛けたり、子ども連れの客の子どもに「ご飯食べた?」と話し掛けたりする。それだけで中国人客の表情は和らぎ、親しみやすさを感じてくれる。すると、自然に自分から聞きたいことを尋ねてくるようになる。「焼き肉を食べたいのだけど、どの店がおすすめ?」「あの観光地にはどう行ったらいいの」…中国人観光客はそんなアットホームな雰囲気を求めているという。

日本人客との違いは、客室の好みにも現れる。同ホテルは片面が海、片面が山に面した客室構成だが、山側を予約した宿泊客にチェックインの際に海側へのアップグレードを薦めると、日本人は応じない人が多いが、中国人客はほぼ全員がアップグレードを希望する。少々のお金を出しても目前に広がる海を楽しみたい、そう考える傾向がある。

個人観光客とのコミュニケーションも、基本的に英語で問題なくなってきた。広い北海道を隅々見ようとリピーターも増え、観光客側の情報収集力もバカにできなくなった。最近は、中国から新たに「海外挙式」の問い合わせも増えている。すでに同ホテルでは実績も積み始めており、今後新たな観光客誘致手段として成長が見込めると、本格的に受け入れを図っていく。

中国人にPR、誘致し、無料Wi-Fiで発信させよ

だが、どうやって中国にPRしていくか、という話になると、多くの観光業界が頭を抱える。

「中国は大きすぎる。中国全土の面積を考えると上海でのPRだけではどうにもならない。微々たる予算でそれをすべてカバーするのは無理。どこに力点を置けばいいのか分からない」と、小樽市産業港湾部観光振興室の川嶋広士・主査は語る。

同様の理由から前述のグランドパーク小樽では海外挙式プランのPRは暫時、すでに中国に進出している日系ブライダルエージェントの力を借りて進める予定だ。また、小樽市も作戦を変更して、札幌のホテルなどへ市作成の5カ国語(英語、中国語簡体字、中国語繁体字、韓国語、タイ語)対応のパンフレットや地図を配布することで観光客の引き込みを図っている。

北海道の観光誘致に詳しいホテル関係者は、「各市町村がばらばらに現地に飛んで、『◯◯へどうぞ』とキャンペーンしても、我々が突然『安徽省△△市に来てください』と言われているようなもので、相手もピンとこない。そのために、道や国がまとまったキャンペーンを張るのがベスト」と語る。

さらに無料Wi-Fiの完備も急がれる。

都市の無料Wi-Fi設置という面ではすでに福岡が先行している。無料Wi-Fiへの設備投資はいわば、「広告費」とみなすことができる。実際に北海道へやって来た観光客はそのWi-Fiを自由に使って、自分の旅行の様子を瞬時にSNSに飛ばす。つまり、皆がWi-Fiを使って自国の人たちに勝手に宣伝してくれるのだから。

「役所や事業所が観光客向けアプリやホームページを作ってもWi-Fiがなければ使えない。中国のローミングを使えばいいじゃないかと言うが、ローミングだと日本に来てもグーグルなど中国でブロックされているサイトは開けない。無料Wi-Fiは今やインフラなんですよ」と、観光業界からも期待の声が上がる。

北海道で旅行会社を運営する石川めぐみ氏も現在、中国国産マイクロブログ「ウェイボ」(微博)のアカウント「北海道阿姨」から情報を発信し続けている。フォロワーは現在4000人。次第に知られるようになり、「夜遅く富良野に着くが、駅にタクシーはあるだろうか?」といった質問から、「▽月▲日は吹雪くだろうか?」という問い合わせまで届く。

「さすがにポイント的な天候予想には対応しきれないが、それがビジネスになろうとなるまいと、質問にはできる限り答えている。それを見て実際に観光の予約をもらうことも増えた」と石川氏は語る。

オフシーズンの冬を埋める中国人観光客に地元はホクホク

実はこれまで北海道の観光シーズンは、気候の良い4月から9月がピークだった。それが、中国人や香港人、台湾人、さらには東南アジアからの観光客が特に雪を見たいとやってくるようになり、ローシーズンだった10月から3月の観光客数、観光売り上げを大きく支えてくれるようになった。今では1年中、「北海道で中国人観光客がいないところはない」(石川氏)という状態だ。

3月29日から始まった国際線の夏ダイヤでは、日中間で100便あまりが増便された。今年、確実に中国人観光客は増え続ける。日本の事業者の期待も高まっている。さて、日本側の受入準備は十分だろうか?