正しく体を揺らすと健康になる・連載第8回
姿勢が悪いからといって胸を張ってはいけません
2015/3/26
姿勢を良くしようと考えると、「胸を張る」とイメージする人が多いだろう。だが、それでは姿勢は良くならないばかりか、体の歪みを大きくしてしまう可能性がある。操体法を極めた西本直が、正しい姿勢のつくり方を紹介する。
猫背の反対は?
日本語というのは他の国の言語に比べて語彙(ごい)が豊富で、ひとつのことを表すのに何種類もの言い方があります。
それだけに「伝えたいことが正確に伝わらない」といった困ったことが起きてしまう場合があります。
そのひとつに「体の姿勢」についての言葉があります。
自分の姿勢があまり良くなく、どちらかというと猫背になっている、と思っている人が多いのではないでしょうか。
「猫背」という言葉は、猫のように背中を丸くしてしまう、という姿勢が連想されると思います。
では自分が猫背になっているとき、どんな言葉で体を正しい姿勢へ導こうとするでしょうか? おそらく多くの人が、次の言葉を使うと思います。
「背中が丸くなっているから、胸を張ろう」
しかし、この当たり前に使われている言葉に、実は大きな問題があるのです。
姿勢を良くするのは胸の筋肉ではない
筋肉は「こういうふうに体を動かしたい」とイメージした動きを実現するために、脳からの指令で「収縮」するのが仕事です。
背中が丸く猫背になっているのですから、意識して筋肉を収縮させなければならないのは背中の筋肉です。
それが背中ではなく、なぜか日本語では「胸を張れ」という言葉に置き換わっているのです。
しかし、「張れ」と言われた胸の筋肉は、どう対処したらよいのでしょうか。張れという言葉は、縮んでしまった胸を広げろという意味なのですが、筋肉には縮むという仕事はできても、広げるという仕事はできません。
良い姿勢を形づくるのは、体の前側の筋肉ではなく、背中側の筋肉です。
背中の筋肉(広背筋)が収縮することで、骨盤を引き上げ、背骨をしっかりと引き起こしてくれている状態が正しい姿勢です。
さらに体の前側の筋肉がゆったりとリラックスしていれば、より一層安定感のある良い姿勢が保たれるのです。
胸を張る意識の弊害
では、「胸を張って」という意識でいると、具体的にどんな弊害が起こりえるのでしょう。
簡単に言えば、不自然に力んだ状態になるということです。
例えば、ハイヒールを履いている女性に多いのですが、かかとが高い靴を履くことで、膝を伸ばし切る前に曲がったまま着地している女性をよく見かけます。
膝が曲がったままということは、当然腰も伸びきらず、まさに猫背になってしまうことになります。
体は真っ直ぐな姿勢を保とうとする本能がありますから、前傾した体を起こすことが必要になり、さらに重い頭を持ち上げるために肩や首にも大きな負担がかかってしまいます。
ここで本来の背中の筋肉が主役となって、骨盤を引き上げ背骨をすっと立てるという仕事をしてくれるのならいいのですが、前側の筋肉に、胸を張ってなどという無理な仕事をさせようとしてしまうのですから、骨格と筋肉の関係はとても良好なものとは言えなくなってしまいます。
極端に言うと、良い姿勢のつもりでいても、「腰を曲げて、アゴを突き出して歩いている」という何とも不格好な姿勢です。
普段からそういう姿勢を強いられてしまうと、水平に寝た時にもアゴが上がって胸がせり出したような姿勢になり、この連載の最初にも書いた、膝の下に大きな隙間ができてしまう寝姿になってしまいます。そういう方は、たいてい股関節の柔軟性も失われています。
当然、これは体の歪みであり、肩こりや腰痛の原因になります。
また、突き出したアゴと胸と曲がった膝がバランスを取るために、上半身と下半身をつなぐ股関節に、大きな負担がかかってしまい硬くなってしまいます。そういう人は、股関節を整えるために骨盤を緩める必要があります(骨盤の緩め方はあらためて紹介します)。
また、アゴを突き出して背中が丸くなると、前側の筋肉が緊張して骨盤が後傾することで股関節の自由度が失われ、動き出しが鈍くなってしまいます。アスリートにとっては致命的です。
ならば胸を張ればいいじゃないかと思われるでしょうが、体全体のバランスがこのような状態の中では、日常的に使われている言い方の胸を張るということもできないのです。
膝を曲げ、腰を少しかがめて、背中を丸くした状態で、無理に胸を張るという意識で体を動かしてみてください。やりたくてもできませんよね。
本来主役の背中の筋肉でさえ、そんな姿勢の中で背筋だけを伸ばしてくれと言われてもできない相談です。やはり足元から頭の先まで、体全体のバランスを整える必要があるのです。
良い姿勢のつくり方
良い姿勢をつくるには、まず骨盤を立てることが不可欠です。イメージとしては、お尻の穴をきゅっと締める感じです。すると骨盤の後ろ側が引き上げられますから、楽に背筋が伸ばせるようになります。そして最後に肩の力をすっと抜きます。
必要以上に背骨を反らせる意識を持ちすぎることもダメですし、しつこいようですが胸を張るという意識で突き出してはいけません。
仕事をしてほしいのは背中の筋肉。出しゃばらないで静かにしてほしいのが前側の筋肉。これが分かれば、自分の体に対して掛ける言葉も動きの意識も、全く変わったものになるでしょう。
「胸を張って」という言い方は、もうやめましょう。
意識すべきは、背中側を働かせることです。
※本連載は毎週月曜日と木曜日に掲載する予定です。