5年後netflixは日本で席巻するのか

徹底討論 ネットフリックスとTV局の未来

【Vol.1】ネットフリックスが日本で苦戦するこれだけの理由

2015/3/27
今秋の日本上陸が決まった、ネットフリックス。その日本市場でのインパクトについて議論が沸騰している。「テレビ局の猶予はあと5年」と語る連載「テレビイノベーション」著者の遠坂夏樹氏と、「少なくとも5年以内に日本で支配的な存在にならない」と語るITアナリストの大元隆志氏。2人の論客が、ネットフリックスとテレビの未来についてすべてを語り尽くす(※連載は全10回。第1回と第2回を無料公開。司会:佐々木紀彦)。
【プロフィール】

 遠坂夏樹(とおさか・なつき):メディア研究家。テレビの未来の可能性について、ブログやWebメディアで記事を執筆。2014年9〜12月にNewsPicksで連載した「テレビイノベーション」が話題を呼んだ。

大元隆志(おおもと・たかし):ITビジネスアナリスト。通信業界で設計、提案、企画を14年経験。モバイルを軸としたITのビジネス企画に詳しい。『ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦』など著書多数。

「有料コンテンツでは食えない」という日本の映像文化

──本日は、ネットフリックスの5年後について意見の分かれる大元さんと遠坂さんに、ネットフリックスとテレビの未来を存分に語ってもらおうと思います。遠坂さんによるコラム「ネットフリックスの衝撃。テレビ局の猶予はあと5年だ」は大きな反響を呼びました。そのコラムを受けて大元さんから、「Netflixは少なくとも5年以内に日本で支配的な存在とはならない」との反論が寄せられました。まずは大元さんから、反論の中身をあらためて述べてもらっていいでしょうか。

大元:まず、ネットフリックス自体について言うと、私は非常に素晴らしい企業だと思っています。僕自身、自らの本に取り上げているぐらいです。

IT業界では、昔からネットフリックスは有名だったんです。早くからオープンAPI化を実現しマーケティングに活用したり、ビッグデータを解析したり、アマゾンAWS(アマゾンウェブサービス)のビックユーザでクラウドファーストの代名詞として紹介されたり。

──そうなんですか。

大元:そうなんです。嘘か本当かよくわかりませんが、ネットフリックスが海外進出を決めたら、システム的には24時間以内に準備が整うぐらいのスピード感を持っているとすらうわさされています。IT業界では、それぐらいに尊敬されている企業です。

ですから、技術力と技術を活かすセンスがものすごいという点を否定する気は全くありません。ただし、本題の「5年後に、ネットフリックスが日本を席巻するか」と言うと、ちょっと疑問を感じます。

──それはなぜですか?

大元:日本の映像コンテンツ文化では、「有料コンテンツでは食えない」という常識が根本としてあるからです。やっぱり日本の地上波のテレビは非常に優秀です。無料で映像コンテンツが視聴できる日本において、VoD(Video On Demand:動画配信サービス)は、なかなか成立しないと考えられてきました。

かつて、2007年頃に「通信と放送の融合」がブームになりましたが、当時、私は通信事業者を仕事で担当していました。その頃から、通信事業者は「無料のテレビ放送があるので、なかなか映像にお金払ってくれないよね」とVoDの攻め方の難しさをさんざん嘆いていました。

初期の頃のVoDはコンテンツ視聴ごとに課金する都度課金型が主流でしたが、全然課金されませんでした。映像コンテンツにお金を払う習慣がない日本のような国では、まず習慣作りが必要です。そこで、光ぷららさんが定額制を導入し、アンテナ不要でテレビとVoDが視られるというセールストークをして、ようやく受け入られるようになりました。

そうした個人的なバックグランドもあるだけに、VoDが5年でテレビの脅威になるくらい爆発的に普及するかという点にはどうしても懐疑的です。

映像コンテンツをビジネスとして立ち上げる苦しさを目の当たりにしてきた立場から言うと、ネットフリックスが日本に入っても、日本で成功するのはそう簡単ではないはずです。

ただ、日本のテレビが今のままでいいというわけではなく、このままでは衰退していくでしょう。しかしそれは、技術的なトレンドというより、単純に人口の自然減によるものです。テレビの今の主なターゲットはシニア層ですので、失礼な話、1年ごとに・・・・

遠坂:どんどん視聴者が死んでいく。

大元:毎年の減少幅は小さくても、5年、10年と積み重なると今の視聴者は自然と減っていきます。ですので、若年層にバトンを渡していかないといけないという危機感は、テレビ局の皆さんは確実に持っていますよね。

ただし、今のテレビはシニア層や主婦層がメインのターゲットなので、ネットフリックスのような新しいサービスが出てきても、すぐに飛びつく可能性は薄いはず。すでに、新しいモノに飛びつくタイプの視聴者は、過去5年ぐらいで、スマホなどへ飛び移ってしまっている。今のテレビ視聴者は、保守的な層が中心なので、あまりネットフリックスに加入しないのではないでしょうか。

ネットフリックスのやり方はちぐはぐ

遠坂:テレビのリモコンに「ネットフリックス」ボタンが付いても、さほど効果はありませんか?

大元:はい、効果は低いと思います。その点についても言いたいことがあります。リモコンの「ネットフリックス」ボタンには突っ込みどころがすごくあります。

過去にも似た例はありました。例えば、アクトビラです(編集部注:パナソニック、ソニー、シャープなどが共同運営するVoDサービス)。アクトビラもリモコンに「アクトビラ」ボタンが付いていましたが、ご存知の通りブレイクしていません。

それに加えて、ネットフリックス対応TVが各社から発売されるといっても、現在発表されている機種は4K対応ではありません。ネットフリックスのウリは4K対応コンテンツと謳っておきながら、肝心のネットフリックス対応機種でも4Kが視ることができません。現在のネットフリックスのPR方法はどうもちぐはぐです。

しかも、ネットワークのインフラ的な観点から見ても、現実問題として、4Kの映像コンテンツを配信するのは、日本のインフラが優れていても結構厳しいのではないかと思っています。今日、僕は実際に計算してきたんですよ。

遠坂:うわっ、すごい。

大元:4Kの映像を流すのに、どれぐらいの帯域がいるかと言うと、YouTubeでH.264の圧縮の場合でも、35メガbpsのビットレートがいります。つまり、30分の番組を見ると7ギガを超えるんです。7ギガを超えるということは、LTEで見ている人は、通信制限にひっかかってしまいます。

固定網の場合、通信制限されていないケースが多いので視聴はできると思います。しかし、通信品質が担保された状態で、4Kの映像を2時間も配信し続けることができるかについては、ちょっと疑問に感じるところです。

ネットフリックスは、配信のネットワーク網を自社で持っていないのが、強みでも弱みでもあります。インフラのところは、インターネットのベストエフォートに依存せざるを得ない状況にありますので、4Kのコンテンツがストーリミングでいろんな家庭で視られるかと言うと、ちょっと疑問に思いますね。

通信インフラの品質が世界でトップクラスの日本でこれですから他国だともっと難しい。恐らくは4K対応というのは高品質をPRするためのマーケティングワードであり、実際に4K需要があるとはネットフリックス側も考えていないのではないでしょうか。

2020年の五輪前に、TVの買い替えが一気に進む

──大元さんから、具体的な反論を述べてもらいましたが、遠坂さんはそれに対して反論がありましたら、ぜひ。

遠坂:大元さんに、ヤフー個人のコラムで最初にディスられたのは、「テレビには5年の猶予しかない」というタイトルのところですね。

このタイトルの意味するところは、「5年後に勝負がついている」ということではありません。今秋、ネットフリックスが日本に来て、一気に日本の視聴環境を制覇するなんてことがあり得ないのはよく分かっています。

僕が言いたかったのは、「ネットフリックス上陸」が刺激となって、動画配信業界自体がかなりスピードアップして、コンテンツの充実やサービスの改善という方向に一気に進むのではないかということです。実際、Huluにしてみたら、これは深刻な問題じゃないですか。「強敵、現る」ですよ。

大元:そうですね。

遠坂:GYAO! にしたってそうです。それ以外の(NTTドコモが運営する)dビデオも含めて、今、動画配信ビジネスをやっているところは、みんな戦々恐々としているわけです。

おそらく、水面下でいろんな駆け引きやりながら、ネットフリックスに日本の動画が流れないようにするために、一生懸命動いていると思うんです。そうした動きがきっかけになって、ユーザー側から見て、ネット動画のサービス自体がトータルで魅力的になっていくんではないでしょうか。その変化のきっかけとなるのが、ネットフリックス進出だと思うんです。

──具体的に、どのような変化が期待できるのでしょうか?

遠坂:2020年の東京オリンピックには相当注目です。

前回、テレビの大きな買い替えが起きたのは、2011年の地デジ化の前ぐらいです。そうすると、2020年時点では、TVの使用期間が9年、10年ぐらいになるので、ちょうどいい買い替え時期。我が家もおそらくそのあたりで買い替えると思いますが、その時にどのテレビを買うかと言えば、当然4K。我が家は大画面が好きなので、絶対4Kのほうがいいに決まっています。

そして、当然ながらネットにつながるテレビを選びます。今から5年後には、ネットの動画は今より断然品そろえがよくなるでしょうし、TV局の番組が視聴できる「見逃し視聴サービス」も始まっているでしょう。

さらには、各プラットフォームが競ってレコメンドエンジンを開発して、「あなたにおすすめの番組はこれです」と勧めてくれるようになるでしょう。おそらくそれまでの間には、動画やテレビ番組のキュレーションサイトや、似た機能を持ったサービスが、どんどん生まれてきているはずです。

今、ニュースの世界では、NewsPicksのようなキュレーションサービスが多くあるように、5年後には、動画のキュレーションサイトみたいものがどんどん出てきているんじゃないでしょうか。

そうして、動画の品そろえが良くなり、サービスも良くなれば、ネット動画視聴は今よりも格段に便利になるでしょう。しかもそれが、リモコンのボタン一つでできるようになります。

やっぱり僕は、リモコンボタンはすごく重要だと思うんです。これまでも、リモコンにボタンの付いたVoDはありましたが、UI(User Interface)がすごく悪かったという話は聞いていますし、コンテンツの中身を見ても、それほど魅力的ではなかった。ボタンは付いたけれど、「サイトに行ってみたら、大したものがありませんでした」では、やっぱり使われません。

ボタンが付くことの意味というのは、簡単に、面倒なくサービスを使えることです。しかもそこに面白いコンテンツがたくさん並んでいて、充実したサービスがあれば、今までとは話が違ってきます。現在の延長線では語れません。

リモコンのボタンの意味が重いと思うエピソードがあります。地デジ化の時にリモコンにCSボタンとBSボタンが付いたんですが、それからBSはビューンと視聴率が上がったんです。一生懸命BSの偉い人たちがメーカーに働きかけて、BSボタンを付けてもらったんですよ。

──そういう原体験があるんですね。

遠坂:ええ。BSは去年ぐらいまで、前年比で売上プラス20%が何年も続き、今年ようやく一桁増に落ち着きました。落ち着いたと言っても、今の時代にしっかり伸びているわけです。その背景には、BSボタンの貢献がすごくあると思います。

あとは、BSに行った後に1から12までのあるボタンを、誰がとるのかが重要になってきます。特に大事なのが、真ん中にある「5番」。ネットフリックスとHuluのどちらが5番のボタンを取るかによって、勝負は結構変わってくると思いますよ。

海外ドラマは難しすぎてウケない

──例えば、NewsPicksの記事のコメントでも、堀江貴文さんが「テレビの利権は、リモコン利権だ」と指摘していました。それぐらい、リモコンの限られた枠をとれるかは重要だと。

遠坂:それはもう全然違うでしょう。BSの場合も、BSボタンを押して、パッと行けるのは11、12まで。そこに入れないと、ほとんど視られなくなってしまいます。

大元:なるほど。ただ、リモコンに関しては、僕は違う見方もできると思います。

僕、実際、リモコンをほとんど使わないんですよ。使うといってもチャンネルのプラス・マイナスと音量ボタンと音量のプラス・マイナスと電源ボタンぐらいです。

というのも、以前、大阪に住んでいたのですが、大阪と東京はチャンネルの番号の割り振りが違うので、番号を覚えるのが面倒くさくなってしまって。僕と同じように、リモコンのボタンをほとんど使っていない人もいるのではないかと思います。

それを裏付けるような動きが海外にあります。グーグルやアマゾンがSTB(Set Top Box)を出していますが、彼らのSTBのリモコンはすごくシンプルなんですよ。ボタンが4個か5個しか付いていません。かつ音声入力にも対応していて、もうボタンを操作させるという感じではありません。

2020年のテレビの姿を想像すると、もしかするとボタンがたくさんあるリモコンではなくて、とてもシンプルになっている可能性もあります。極端な話をすれば、2025年ぐらいには、リモコンもなくなっているかもしれません。

その頃には、たとえばIBMの人工知能のワトソンが、人の表情を解読して、適当に楽しそうだったら楽しそうな番組を、暗そうな番組だったら悲しい番組をという感じで、自動でおすすめしてくれるかもしれません。ボタンというものがなくなっていく可能性もあるんではないでしょうか。

遠坂:技術的にはそういう可能性はあるかもしれないですね。NHKの放送技術研究所も、姿勢や顔の表情によって視聴者が今どういう感情で見ているのかを分析して、それをデータとして番組に紐付けるという技術を開発しています。てすので、そういう可能性はあるかもしれないですね。

大元:ただ、あくまでひとつの可能性です。基本的に僕は、日本はガラパゴスだと思っていますので、たぶんそういうインターフェイスになったら、今のテレビ視聴者はたぶん拒否反応を示すと思うんです。おそらく日本では、2025年頃でも、リモコンのボタンが多いという状態が続いているのではないでしょうか。

加えて、リモコンのボタン文化に依存する人というのは、結構シニアの方とか、ITリテラシーがあまり高くない方が多いと推測されるので、そういう人たちがネットフリックスのそろえるコンテンツを好むだろうか、という疑問もあります。

例えば、ネットフリックスのオリジナルドラマで米国の政治を描いた『House of Cards(ハウス・オブ・カード)』が人気です。ただ、こうしたドラマは、ある程度、政治的な知識がないと面白さを理解できません。ドラマ側が観る人を選ぶんですよね。

日本のテレビ番組は、ドラマにかぎらず、ものすごく分かりやすく伝えるというのが趣旨です。僕も、たまにテレビに声をかけられて解説をする時がありますが、「MVNO」なんて言うと、まず伝わりません。「回線の卸し問屋」と言い換えても、「それでも分からないですから」と言われて、絵で書いて説明してようやくOKが出る。

それぐらい、日本のテレビは、誰でも楽しめるようにすごく丁寧につくっています。その点、海外ドラマは、わかりにくくて、あまり日本のメインの視聴者には受けないのではないでしょうか。

※明日掲載の「ネットフリックスは、TV局の“敵”ではなく“味方”」に続く

*連載の目次(第2話まで無料。第3話以降は有料になります)

【Vol.01】ネットフリックスが日本で苦戦するこれだけの理由

【Vol.02】ネットフリックスは、TV局の“敵”ではなく“味方”

【Vol.03】ネットフリックスの敵は、TV局か、Huluか、ツタヤか?

【Vol.04】テレビは日本の文化。日本人の幸せの象徴だ

【Vol.05】TV界の王者、日テレはネットフリックスにどう挑むか

【Vol.06】「ネットフリックス 対 Hulu」。動画頂上決戦の行方

【Vol.07】テレビ局の人たちは、自信を失いすぎている

【Vol.08】5年後、テレビ業界人にとって一番面白いキャリア

【Vol.09】ネットフリックスは、どこかダサい

【Vol.10】ネットフリックス対談を終えて:わたしの結論