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テスラ・モーターズを買収したらどうか──アップルの株主総会で、複数の株主からそんな声があがったのは今月10日のこと。その話を聞いて胸が高鳴ったのは私だけではないはずだ。スティーブ・ジョブズが築いた会社と、イーロン・マスクが築いた会社が手を組む。世界の誰もが憧れる会社と、世界を本気で変えたい会社によるドリームチームの誕生だ!

いや、でも、ちょっと待った。

確かにアップルは、しばらく前から車関連のプロジェクトを密かに進めているとうわさされている。それはグーグルも開発を目指している自動運転車かもしれないし、車内に搭載する情報娯楽システムかもしれない。とにかく何らかの形で「アップルカー」の開発を進めているのだとすれば、莫大な手元資金を武器にテスラを買収する可能性は十分ありそうだ。

だが、テスラの最高経営責任者(CEO)を迎え入れることを別にすれば、アップルによるテスラ買収に合理性はない。

車を造るのは、製品寿命が数年程度で数千ドルのガジェットを作るよりも、はるかに複雑な仕事だ。iPhoneの事実上の製品寿命は長くて3~4年だろう。これに対して10万ドルのテスラの「モデルS」の寿命は少なくとも10年、通常は20~30年を想定している。つまりテスラは長く使われるように造られており、iPhoneは長く使われないようにできている。

アップル経営陣も高級車が大好き

アップルがテスラの製造面の課題を解決できるとも考えにくい。テスラは現在、2014年の生産台数3万5000台を大幅に上回る量産体制を確立しようとしている。アップルのティム・クックCEOはかつて、部品調達などサプライチェーンの管理で優れた手腕を発揮したが、巨大なロボットと人間によって組み立てられている車(高速であると同時に極めて安全でなくてはならない)の製造過程を容易に合理化できるとは思えない。

確かにアップルには、車の機能性やデザインを徹底的に研究して、まったく新しい車を造りたい人間が大勢いるに違いない。実際、経営陣や、ジョニー・アイブらデザインチームの愛車を見ると、フェラーリ、アストンマーチン、ポルシェ、ベントレーなど高級車のオンパレードだ。彼らが、世界を「おおっ!」とうならせる車を自分たちで造りたいと考えたとしても不思議ではない。

だが、フェラーリなどデザインも機能も値段も一流の車は、世界の自動車市場ではごく小さな一角を占めるにすぎない。アップルがiPhoneやiPadを何億個も売りたいのと同じように、一般の自動車メーカーも車を何億台も売りたいと思っている。それはゴージャスな高級車ではなく、ありふれたセダンや、田舎で大活躍するピックアップトラックや、多目的なSUV(スポーツ用多目的車)だ。

モデルSはクールで刺激的で高性能、というブランドイメージを確立した今、マスクは数十万台単位で量産可能な大衆車の開発に乗り出そうとしている。いわばトヨタ・カローラの電気自動車版を造ろうとしている会社を、クックやアイブらアップルの幹部は買収したいと思うだろうか。

マスクは人類の未来を変える

およそビジネスと呼べるもので、自動車業界ほど壮大な矛盾に満ちた業界はない。メーカーは熟練労働者を雇い、莫大な投資をして完成させた「リーンな」工程をフル稼働して製品を造り上げる。消費者は、その製品を購入するために喜んで何十年も借金を負い、その製品を使って何時間も渋滞にはまり込む。その製品には耐久性が要求されるが、消費者が短期間で新製品に乗り換えてくれないと、メーカーは構造的不況に陥る。将来、爆発的な成長が見込める業界とはいえない。こんな業界に、いったい誰が参入したいと思うだろう。

そこにイーロン・マスクが登場した。

ペイパル、テスラ、スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(スペースX)と、画期的なビジネスを次々と起こし、巨万の富を築いてきたマスクを、アメコミのヒーロー「アイアンマン」になぞらえる声は少なくない。だが、昨年10月にモデルSの四輪駆動車「D」を発表したとき、マスクはただのアイアンマンではなくなった。アイアンマン+スティーブ・ジョブズだ。

真面目な話、マスクはジョブズを超えた。生前のジョブズは、シンプルな格好でシンプルなステージに登場し、ガラスと金属でできた小さくてクールな製品を、クールな語り口調で紹介した。だが、マスクは違う。製造ラインで使うオレンジ色の巨大ロボットをステージに用意して、車のシャシーを軽々と持ち上げさせるド派手なプレゼンテーションを行った。一部の来場者は試乗「D」に試乗もできた。その日、マスクは帰宅すると、スペースXのCEOに「変身」すると、徹夜して人間を火星に送り込む宇宙船のデザインに没頭したに違いない。
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ジョブズが死去したとき、私たちは新たなジョブズを探した。だが、そこにジョブズよりも上を目指す男が現れた。それがマスクだ。

クックも素晴らしいリーダーだが、マスクがクックの下で働く姿なんて想像できない。ジョブズは人類に大きな貢献をしたが、マスクはそれをはるかに上回る重要なことのためにまい進している。究極的には、テスラは地球温暖化問題のソリューションであり、スペースXは人類を複数の惑星に生息する存在にしてくれる(はずだ)。つまりマスクは人類のために働いている。マスクを理解する上で、この点をはっきりさせておくことは重要だ。

未来の車ではなく今走れる車

マスクにとっては、お金も目的達成の手段にすぎない。そして会社は巨大な問題のソリューションであり、起業家が自分の夢を実現するために資金を集める仕組みにすぎない。マスクがCEOを務めるテスラとスペースXは、人の度肝を抜くようなことをやっている。スマートフォンやソーシャル・ネットワークも素晴らしいが、排ガスを出さずに約4秒で時速100キロに加速することはできない。月への進出もない。

だから、クックがアップルカーについてアドバイスが欲しいなら、マスクに電話をする程度にとどめておくべきだ(マスクは気分転換に喜んで応じるだろう)。テスラが小規模で安いうちに買収しておこうなんて考えには反対だ。

アップルがテスラを買収するなんてことは、非常に大きなリスクを伴う考えだ。テスラは、未来やバーチャルではなく「今」の世界で走る車を造っている。そこには依然として車、運転手、道路が必要だ。マスクはこれから数十年の間にその状況を改善しようとしている。

これに対してグーグルは、未来に使われる現実の車を開発している。それは小さくて運転手不要の車で、アップルのファンが知的レベルでは評価するが、運転したい(あるいは乗せてもらいたい)と思う可能性は非常に乏しい車だ。それはむしろ近未来的な交通システムの「ノード」に近く、自分の物理的な位置は、複雑な地図と超強力な人工知能を使って克服するべきもの、という考え方に基づく。

テスラがやろうとしているのは、その正反対に近い(ただし自動運転機能は今後も拡大させる可能性が高い)。

アップルが今、テスラを買収するとすれば、それは後で買収するのを避けるためだ。だが今、買収すれば、後になったとき、その買収が間違いだったと気付くことになるだろう。

(執筆:Matthew DeBord記者、写真:Business Insider、翻訳:藤原朝子)
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