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米国で炎上した「ウェアラブルは体に悪いのか」をテーマにしたニューヨーク・タイムズの記事。その後の火消しと、パブリックエディターの役割について書きました。それにしても、日米戦争のときからずっと言われていますが、アメリカは、過ちを認め、検証し、修正するのがうまい。国としてPDCAがうまいということでしょう。
新聞などのメディアで誤報があると最近ではネット上などで一斉に叩かれ出すけど、それはある意味で多くの人々がメディアを盲信していることの裏返し。メディア側が自浄作用を持つのは結構だけど、大切なのは受け手がメディアの発信内容を真に受け過ぎないことであり、おかしい記事に対しては外部から「おかしい」と異議申し立てすること。そのためにNewsPicksはコメント機能を介して先進的な実験をしているのだと思っているし、ナイーブでもその可能性に期待したいと思っています。
僕も記事を読んで「これは酷い!」なんてついつい脊髄反射的に反応したりもします。けれど、大抵はメディア側の筋読みのようなフィルターを介して発信された内容なわけです。外からは伺い知れない内側の事情があるということに思いを馳せる想像力と節度をせめて持ちたい。
こう言っちゃなんだけど、メディア対応していると、「ジャーナリスト」と自称する人達のいい加減さなんて散々身に染みますよ。聖人君子でもないただの人間なんだから、それは仕方ないっちゃ仕方ない。不当な内容に対しては、記事を憎んで記者を憎まず。あまりメディアというものに期待し過ぎないことだと思います。
原文全部読んだ。私は、この記事から、佐々木さんのバイアスを激しく感じた。
ちなみに、WHOのWebsiteの抜粋
- Mobile phone use is ubiquitous with an estimated 6.9 billion subscriptions globally.
- The electromagnetic fields produced by mobile phones are classified by the International Agency for Research on Cancer as possibly carcinogenic to humans.
- Studies are ongoing to more fully assess potential long-term effects of mobile phone use.
- WHO will conduct a formal risk assessment of all studied health outcomes from radiofrequency fields exposure by 2016.
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs193/en/
例えば思春期の子供は誰かを盲信しやすい一方夢から覚めたように全部嘘っぱち!と急に離れたりと、世の中を『白か黒か』、『敵か味方か』で見がちな時期。『大人になる』ということは認知において『部分否定、部分肯定』のグレーゾーンのグラデーションを細かくしていくと言うこと。
そういう意味でメディアを盲信するのも全然信じられないと言うのも思考停止という意味で似ているし、場合によってはひどく子供じみて見える。因みに自分が今で言うメディアリテラシーを意識した原体験は『東スポの見出し』でした。
メディアの反省力があるのは恥ずかしながらこのブリーフィングで初めて知りました。
朝日新聞の件しかり、フジテレビしかり、日本のメディアはこういった自浄作用は働くのでしょうか?
NPへも一部分連載記事に不満はありますし、私以外もそういうコメントが多い連載を佐々木編集長はじめ、ユーザベースのみなさまがどう受け止めていただくか、私も注目していきます。
最後の項、「日本でパブリックエディターは機能するか」は佐々木編集長ご自身のキャリアと併せていろいろ考えさせられる。才能にもキャリアにも人脈にも恵まれながら安住せず、自身で切り拓いてきたサムライジャーナリストによる、日本のサラリーマンジャーナリズム観。むしろ佐々木さんのような方こそ有能なパブリックエディターになれるわけで。

サラリーマンでない私は、サラリーマンジャーナリストという立場のメリットを(羨ましさを込めて)痛感する。確かにさまざま不満はあろうとも、チームワークの中で発想し、取材し、取材時に会社のネームバリューを使え、多重チェックの中で文章クオリティを上げ、執筆に詰まったら相談する仲間がいて、責任も社名と部署名の傘の下。失敗したら、社内での評価は左右されても、まだ次の仕事はくる。生産の一部始終をチームと会社に守られている。

そんなチームワークに則った日本のサラリーマンジャーナリズムは、チームワークの本質からして負でなく正の方向へ機能できるはず。ただ、チームワークが正しく機能するにはまず「個」に相当な自律性が要求されるのだ。他の方のコメントにもあったけれど、日本のジャーナリズムのあれこれは社会における個人意識の度合いや、具体性を持たず漠然とした「世間」という謎の存在、そして高いのか低いのかも分からない「民度」にあまりに多くを委ねてしまっているのだと思う。
メディアの反省力はともかくとして、はだしで歩いていた人類には、靴(ウェアラブル)だって体に悪いと言えば悪いのですが、補って余りある長所もあったから普及したしたのだと思います。
締めの部分、久しぶりに佐々木編集長のメディア論はとても面白い。かなり好きです。日本のメディア業界に対する問題点をいかに解決していくか。NewsPicks編集部ならではの回答を導き出していただき記事にして欲しい。期待しています。