「スマートウォッチ」は体に悪いのか?
2015/03/24, The New York Times
「携帯機器=ほぼ無害」の図式は永遠か
1946年。アメリカの雑誌にはこんな広告が登場した。白衣を着た医師がタバコを手にした絵柄に「キャメルはお医者さんに最も吸われているタバコです」とのキャッチコピーが踊っている。
これは冗談ではない。当時の医師たちは、喫煙がガンや心臓病や肺疾患を引き起こすことに気づいていなかった。
消費者や研究者のなかには、ウェアラブルコンピュータもタバコのように、数十年後には体に有害だと考えられるようになるのだろうかと疑問に思っている人もいる。
携帯電話を体に密着させた状態で長時間使用すると、電磁波が原因で脳腫瘍やガンなどの健康問題が起きるのではないかとの懸念はかなり以前からあった。
それなのに今年、アップルやサムスンといったハイテクメーカーはわれわれ消費者に、1日中身に付けるタイプのガジェット(スマートウォッチやウェアラブルコンピュータ)を買えと迫っている。
ウェアラブルコンピュータの健康に対する影響については、決定的な研究は存在していない(だいたい、アップルウォッチ自体がまだ店頭に並んでいない)。だが、携帯電話の電磁波に関する既存の研究から推測することくらいはできる。
携帯電話の健康への影響について最も決定的で、多分、最もバイアスのかかっていない研究は、世界保健機関(WHO)の国際ガン研究機関(IARC)のパネル(14カ国の31人の科学者から構成)が2011年に発表したものだ。
このパネルでは、携帯電話の安全性に関する研究を多数、分析。その結果、携帯電話の通話には「発がん性が疑われる」との結論に達した。一部のドライクリーニング用の薬品や農薬と同じくらいというわけだ(『疑われる』という表現で予防線を張っている点に注意)。
Wi-Fi機器のほうがまだ安心?
またパネルは、頭から携帯電話までの距離が遠ければ遠いほど危険性は下がると結論づけた。つまり携帯電話で通話するほうが、メールを打ったりウェブサーフィンをしたりすることより危険性は高いというわけだ。何せ通話の際には、携帯電話は脳から数センチのところにある(グーグル・グラスもこの理由から懸念を呼んだし、通話の際にはハンズフリー機器を使えと言われるのもこのためだ)。
スウェーデンのエレブロ大学病院のレナート・ハーデル教授(腫瘍学・ガン疫学)が率いる欧州の研究グループによる長期的な研究では、携帯電話やコードレスフォンで長時間話すと、ある種の脳のガンにかかるリスクが3倍になるとの結果が出た。
もちろん、これとは正反対の研究もある。だがそのなかには、携帯電話会社や業界団体が資金の一部を出した研究も含まれている。
例えば2010年に発表された「インターフォン研究」と呼ばれる国際共同研究がそうだ。この研究では携帯電話と脳腫瘍のリスク増加の間に強い関連は見つからなかった。
英医学誌BMJで発表された別の研究では、携帯電話の実際の使用時間ではなく契約データから、ガンが増えるという証拠はないと結論づけた。もっともこの研究を行ったデンマークのチームも、携帯電話のヘビーユーザーではガンのリスクの「小〜中程度の増加」は否定できないことを認めている。
だがアップルウォッチをはじめとするスマートウォッチに購買意欲をそそられている人々は、これらの研究をどう受け止めればいいのだろうか。
ジョゼフ・マーコラは代替医療を行う医師で、携帯電話の人体への悪影響についての文章も多く発表している。そんな彼も、ウェアラブル端末が携帯電話の3G回線につながっているのでなければ、健康への害はあったとしても非常に少ないと言う。
「電磁波は携帯電話の3G接続で放射されるのであって、ジョーボーン・アップ(腕時計型の活動計)やアップルウォッチは大丈夫なはずだ」とマーコラは電話取材に答えた。「だがもし、携帯電話チップが内蔵された腕時計を買おうというなら、手首に携帯電話を取り付けるようなもの」で、勧められないと彼は言う。
(アップルウォッチはブルートゥースやWi-Fiを使ってデータを受け取る。ブルートゥースやWi-Fiで使われている周波数については、人体への悪影響は確認されていないと専門家は言う。サムスンのギアSのように3Gや4Gの携帯電話回線に直接つなぐウェアラブル端末の場合はもっと害がある可能性もあるが、証明はされていない。アップルはこの記事へのコメントを拒んだ。サムスンにもコメントを求めようとしたが連絡がつかなかった)
子どもの使用には特別の配慮が必要
強力な充電池を長時間、体に密着させることに対する懸念の声も研究者の間からは上がっている。過去数十年の間に、送電線のすぐ近くにいることによる白血病の発症リスクを指摘する研究もいくつか出ている(これを否定する研究もある)。
では、消費者はどうしたらいいのだろうか。研究者たちがどう携帯電話と付き合っているかが参考になるかも知れない。
前出のマーコラ医師に電子メールで取材を申し込んだところ、彼は携帯電話に連絡するよう求めてきた。言っていることとやっていることが違うのではと聞いたら、彼は新しいテクノロジーを使わないわけにもいかないし、使用する際には気を付けていると語った。例えば電話取材の間、彼はブルートゥースのヘッドセットを使っていたという。
同じように考えると、スマートウォッチの健康への悪影響が心配なら、頭に近づけなければいい(だいたい、そんな格好をしていたら見た目も変だ)。もっとも、こうした機器による悪影響を受けやすいのは子どもたちかも知れない。
携帯電話やウェアラブルコンピュータの健康への悪影響がどれほどのものかについて専門家の意見は分かれているが、子どもには大人よりもいっそうの注意が必要だという点で多くの研究者は一致している。
前出のエレブロ大学病院のハーデル教授に電子メールで取材したところ、子どもの頭蓋骨が大人のものより薄く小さいことを占める図版を送ってくれた。つまり、子どもたちの脳細胞のほうが特定の電磁波、特に携帯電話の発する電磁波により多く曝露しているということだ。
医療関係者によれば、子どもたちの携帯電話の使用時間は制限すべきだ。ウェアラブル機器も夜は外すほうがいいし、枕の下(つまり脳の近くだ)に置いたりしないように気を付けるべきだ。また、妊娠中の女性もこの種の機器には普段より気を付けるべきだという。
では普通の大人はどうだろう。
このコラムを書くためにいろいろ調べ、専門家に話を聞き、たくさんの科学論文を読み、私は携帯電話を長時間にわたって使う場合のリスクについて理解を深めた。私は携帯電話を耳のところで持つのをやめ、ヘッドセットを使うことにした。
さてウェアラブルコンピュータについて言えば、アップルウォッチを買いたい私の気持ちに変わりはない。でもやはり頭には近づけないでおこうと思うし、身近な子どもたちにも長い時間遊ばせる気は毛頭ない。
(執筆:Nick Biltonコラムニスト、イラスト:Tim Robinson/The New York Times、翻訳:村井裕美)
(c) 2015 New York Times News Service
補遺:2015年3月21日
ニューヨーク・タイムズ編集部より
19日に掲載した、ウェアラブル機器に存在するかも知れない健康不安を扱ったコラムには、携帯電話の電磁波とガンのリスクに関する研究の現状について不適切な記述がありました。
疫学的研究においても実験室内での研究においても、そうしたリスクを示す信頼性の高い証拠は見つかっておりません。また、リスクがいかに上昇しうるかについて、広く認められた理論も存在しません。
世界保健機関(WHO)は「現在のところ、携帯電話の使用によって引き起こされた健康への悪影響は確認されていない」としています。
米国ガン学会、米国立ガン研究所、米食品医薬品局(FDA)、米疾病対策センター(CDC)はいずれも、(携帯電話の使用とガンの)因果関係を示す説得力のある証拠は見つかっていないとしています。
専門家は今も存在するかも知れないリスクについて研究を続けていますが、本コラムではバランスを取るために、こうした基礎情報をもっと取り上げるべきでした。
加えて、コラム内でコメントが引用されているジョゼフ・マーコラ医師は、病気の発症リスクや治療に関する主張をめぐり多くの専門家から批判を浴びている人物です。そうした背景をコラム内でもっと取り上げるか、そうでなければ彼からの情報を引用すべきではありませんでした。
また当初、この記事のオンライン版につけられていたタイトル「果たしてウェアラブル・コンピュータはタバコ並みの有害物質になるのか?」についても、タバコとの比較を示唆するなど極端すぎるものでした。
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コメント
注目のコメント
電磁波のエネルギーは,周波数が高いほど高くなる.周波数の高い紫外線は,皮膚ガンなどの因子になり得るけれど,それより低い可視光以下の領域ではそういう話は聞かない.その周波数が,そこから更にグッと下がった電磁波になると,途端に悪影響の話が再燃してしまうのはなぜなんだろう?(可視光は10の14乗.Wifiは10の9乗)それなら,遠赤外のこたつとか,もっと問題視されるべきでは?
記事の中では,3Gの方がWifiよりも危険という話だったけれど,3Gの方が周波数が低いのでその影響は少ないと考えた方がリーズナブル.高い方のWifiも,電子レンジと同じ周波数帯なので,身体の水分に吸収されることでその部位を温めることはあっても,そこのタンパク質を変性させるほどのことはないはず.電子レンジは1kWとかの電力で,さらに共振を利用してあの温度変化を出しているので.逆に,何らかの仕組みでタンパク質を変性させるような効果があるのなら,もっとちゃんと騒がれるべき.
こういうのの難しいのは,「無い」ことを証明するのが原理的に無理な点.携帯会社とかが一生懸命影響が無いことを示しても,陰謀論的になってしまうのが残念.無線の免許を数々持っている得意分野なので、たまには専門的知見からw
まず、電磁波の人体における作用は刺激作用と熱作用に分類されます。刺激作用はビリビリ、熱作用は体温が上がる、というやつですね。ちなみにデジタル機器などの高周波は主に熱作用が人体影響です。
さて、ではどれだけ影響あるか、ですが、確固たる証拠はまだ何も「立証」できておらず、影響が認められるものはありません。電波は人体とデバイスとの距離により影響は異なるのですが、携帯電話の電磁波による熱量はWHO発表では、脳に熱量が届く前に皮膚などの表面的組織にほとんど吸収される、となっています。
ウェアラブル、これは大半がBluetooth Law Energyを利用しており、携帯電話の電波出力からすると、ケータイ:250mW未満 BLE:10mW未満で、BLEは10μWで稼働することも多く、チリみたいな熱量です。
ということで長々と書きましたが「まぁ気にするな!」です。
今回は熱量にフォーカスしましたが、疫学への影響懸念等々色々あります。それはまた機会があれば♪医学の研究では、理論値〈 動物実験〈 人間での臨床試験 という重要度。つまり理論上は発ガン性があっても実際起こらなければそちらの結果を優先する。
同じサイエンスでも物理学などとはそこが異なる。
また胃癌肺癌などのような比較的メジャーな癌の発癌性3倍にはそれなりに意味を持つデータになるが、非常に稀な癌の場合、実験結果の『一票の重み』が大きくなって再現実験で覆る場合も少なくない。またそもそも脳腫瘍の一部という稀な癌の発癌性が3倍になっても定性的には『どちらにせよすごく少ない』とも言える。少なくとも夏に海岸で紫外線を浴びることの方が発癌性についてはよっぽど『リスクテイク』してると思う。
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