出羽守こそがメディアイノベーションを阻む諸悪の根源だ
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「アメリカでは」が好きな出羽守の1人として(笑)、耳の痛い内容。ほかの業界を取材していても、メディア業界は当事者性が弱いなあ、と感じます(職業病的なところもありますが。。。。)。
ちなみに、なぜ「アメリカでは」という論法を使うかというと3つの理由があります。
1)コンテンツとして面白い。
→アメリカの取り組みは相当エッジが立っていますし、次々、新機軸が生まれます。日本のメディア業界では、ドラスティックな挑戦が少ないため、取材をしていてもあまりワクワクしません。。。。
2)当事者として参考になる。
→文化や構造の違いはあるにせよ、アメリカの例で、日本にうまく応用できる取り組みがたくさんあります。日本オリジナルのモデルは、世界の知見と日本の個性の交差から産まれるはずです。
3)変化の原動力になる。
→せこい手法ではありますが、株式市場のプレッシャーがない日本のメディア業界では、変化を促すために、「黒船」作戦を駆使せざるを得ないところがあります。とはいえ、最上の策は、日本オリジナルの大成功を創ること(そうすれば、あの成功例はあくまで海外だけ、という論法が使えなくなります)。
ということで、当事者の1人として、当事者意識を持って、どんどんチャレンジしていきます。非常に興味深い内容でした。しかし出羽守が『アメリカでは〜と他者を引き合いに出し嘆いて終わり』は『諸悪の1つ』とは思いましたが、この文章を読み終えた後も『諸悪の根源』とまで言われる理由は分かりませんでした。むしろ『日本は特別』と言って思考停止してしまう事も『諸悪の1つ』と言えるような。
『出羽論者』も『特別論者』も『じゃあどうするか?』を考えるなら思考の出発点は違えど『諸善』になるかと。出羽論者と特別論者が弁証法で言うところのアウフヘーベンすることを願っています。