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特別対談・中竹竜二 × 馬場渉 第1回

ビジネスもスポーツも、データが人間の思考を上回る時代になった

2015/3/20
今、テクノロジーの力によってスポーツの世界が劇的に変わろうとしている。日本ラグビー協会コーチングディレクターの中竹竜二と、SAP社のChief Innovation Officerの馬場渉は、この変化をどう捉えているのか? NewsPicksにおける2つの人気連載、『マネジメントシフト』と『スポーツ・イノベーション』の著者が7回にわたってパラダイムシフトを語り尽くす。

アナリストとサイエンティストの違い

中竹:馬場さんのNewsPicksの連載を読んでいて、あれだけのビックデータをどうやってスポーツの現場に落とし込んでいるのか、興味を持っていました。スポーツでデータを扱う仕事をする人は、昔は「テクニカル」と呼ばれていて、今のラグビーでは「アナリスト」と言われます。最近では「サイエンティスト」という人たちもスポーツ界に出てきました。

馬場:スポーツでもそう言いますか?

中竹:はい。これって、少しずつやることが変わってきているのか、何か広がっているのか。同じ役割でも呼ばれ方が変わっているだけなのか、どうなのでしょう?

中竹竜二、41歳。32歳のときにサラリーマンから早稲田大学ラグビー部の監督へ転身。2007年と2008年に早稲田大学を全国大学選手権連覇に導いた。現在は日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務めている

中竹竜二、41歳。32歳のときにサラリーマンから早稲田大学ラグビー部の監督へ転身。2007年と2008年に早稲田大学を全国大学選手権連覇に導いた。現在は日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務めている

馬場:名前が変わっている背景を考えると、意味があっての変化だと思います。「テクニカル」ってある種、企業で言うと、情報システムやインフォメーション・オフィサーとか、いろいろありますよね。昔なら、電算室。

中竹:電算室(笑)。確かにいろいろありますね。

馬場:もともとコンピュータが使われるのは、決算処理や給与計算、工場とか、部門別の話でした。工場のなかの情報部門や、経理のなかの電算部門。それを「全社的にしっかりやっていこう」という流れになって、「名前を変えるのが手っとり早いね」となったんでしょうね。いろいろ名前を変えて、リプランニングしていって、本質的なやり方を変えていったんだと思います。

中竹:なるほど。

馬場:スポーツで「テクニカル」と言うと、現場でやっている選手やコーチからスパッと切り離されている。相互が連携し合ってお互いの専門性を持ち寄るというより、立場的に強い現場の言われるがまま奉公しますよね。分業というより分断。監督やコーチに別の視点を提供するプロになれていない、シナジーが効いてないような世界がずっとあったと思います。

中竹:そういうところはありますね。

馬場渉、37歳。SAP社のChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到中。3月にはドイツを訪れ、バイエルンやホッフェンハイムの取り組みを視察した

馬場渉、37歳。SAP社のChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到中。3月にはドイツを訪れ、バイエルンやホッフェンハイムの取り組みを視察した

馬場「統計的事実が人間を上回る」

馬場:「アナリスト」から「サイエンティスト」という流れは、ビジネスでも同じトレンドがあります。似たような人がやっていたとしても、専門性が少し変わってきているかもしれません。

僕はもともとコンピュータサイエンスをやっていたわけではないですけど、コンピュータサイエンスからプログラミングを勉強しました。そういう人間って、自分が考えていることをプログラムアルゴリズムとしてアウトプットするんですね。つまり人間の持っているものが高い位置にあって、それを機械化する。電算というのも、基本的にそういう発想だと思います。

でもデータサイエンティストの発想としては、人間が何かを生み出すのではなく、統計的事実が人間を上回る。人間が機械に教えるのではなく、機械で生成されたデータが唯一の真実なんです。人間の行為は信じません、みたいな(笑)。

例えば機械学習で猫を教えるとすると、「こういうものが猫ですよ」と定義を教えるのではなく、猫を1万匹撮影して、パターン化して、「こう呼吸して、こういう動き方をするのが猫である」という教え方をする。僕なんか、「そんな方法で、猫って分かるの?」って思います。でも、「馬場さん、あなたが猫だと思っているものを猫だと言い切る自信は、どこにあるんですか?」っていう人が実際にいるんですよ(笑)。
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「答えは人間側にはない」という発想

中竹:つまり、サイエンティストには根本から立ち返る作業があるということですか?

馬場:そうです。いきなりオタッキーな話になっているけど、大丈夫ですか?

中竹:大丈夫です。

馬場:プログラミングって、基本的に答えは人間側にあって、それをコンピュータ化すると発想しがちですよね。でも最近のサイエンティストは、ある種の人間的エラーを排除して、完全にアルゴリズムでやろうとする。「人間よりコンピュータのほうが、猫の認識力が高まる」というのは、確かに新しい発想だと思います。そういう意味で言うと、「テクニカル」と「サイエンティスト」ではやることが変わっていますよね。

中竹:哲学的になっているということですね。

馬場:そういう印象はあります。

中竹:そういう人たちの役割を考えると、組織におけるステータスが上がっている感じはしますか?

馬場:評価やステータスは相対的なもので、彼らを理解する人間と理解しない人間がいますからね。マクロで見れば10年前よりは報われる時代になっていると思いますけど、人生の絶頂期みたいにグイグイ来ているかと言うと、まだまだ。それは日本だけでなく、アメリカでもどこでも、理解は少ないのかなと思いますね。それでも、サッカーではサイエンティスト的な人たちが増えてきています。以前より報われはしてきているけど、まだまだこれからでしょうね。

中竹「サイエンティストの発言権は大きくなっている」

中竹:チームにもよりますが、そういった方の発言権は確実に大きくなっていると思います。成果を挙げているほど、大きくなっている。

馬場:相対的には絶対そうでしょうね。多分かつては、フィジカルやスポーツそのものに長けた人が、発言権が一番強かった。次の波として、10年前か、もっと前に来たのがビジネス。「ビジネスに長けていて、スポーツも多少知っていますよ」という人がワサーっとスポーツ業界に入ってきて、リーグ運営やクラブ運営をするようになった。そして今、第三の波としてテクノロジーの人が入ってきている。

中竹:その波は始まったばかりでしょうか。それともすでに波は結構来ていますか?

馬場:始まったばかりだと思いますよ、国内外ともに。これから一気に来るんだと思います。

(対談進行:中島大輔、撮影:福田俊介)

※本連載は連載『マネジメントシフト』と連載『スポーツ・イノベーション』の特別編として、毎週水曜日と金曜日に掲載する予定です。