東南アジア実況中継_150316

浮かんでは消えた幻の運河は建設できるのか?

タイ:中国の懐を狙うクラ運河計画

2015/3/16
タイのプラユット暫定政権は昨年11月、同国南北に走る鉄道を中国政府と共同開発することを決めた。ラオス国境付近ノンカイ県からタイの首都バンコク、マプタプット港へ。地図上でその路線をたどった後、泰中文化経済協会経済部門のパクデー・タナプラ副主任の指はさらにタイ湾から細長いタイ南部を突っ切って、インド洋へ向かった。

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壮大なクラ運河建設計画とは

マレー半島で最も狭い、このクラ地峡で運河建設構想がある。タナプラ副主任は、30年以上にわたってこの壮大なクラ運河建設を推進してきた。深さ26メートル、長さ100キロ近くのこのプロジェクトの総費用は200億ドル。完成すれば、アジアとヨーロッパをつなぐルートが少なくとも2日短縮されるという。

この計画自体は200年以上前から浮かんでは消えてきた。1947年に結ばれた英タイ平和条約の第7条は「タイ政府は、英国政府の事前の同意なしにタイ湾の領土を横断し、運河によりインド洋とタイ湾を結んではならないことを約束する」とあり、当時、大英帝国がどれだけハブとしての植民地シンガポールを重視していたかがうかがわれる。

1970年代には米、仏、日、タイの4カ国が原子爆弾を使った運河掘削を模索した時期もあった。タナプラ氏はその時期からフランス側の関係者としてプロジェクトの推進を進めてきた。

現在亡命中のタクシン前タイ首相とも2回ほど直接、プロジェクトについての話をした。だが、一度は実現を示唆したものの、2回目に会ったときは色よい返事がなかった。2000年代の初めにアジア開発銀行の担当者が調査に来たこともあったが、以後話は進まなかったという。

中国による「海のシルクロード」展開への期待

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一方、中国の習近平国家主席はアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を唱え始めた。また、「一路一帯」と呼ばれる2つのシルクロード構想も口にしている。その「陸」のルートは中央アジアから欧州へ伸び、「海」のルートは東南アジアと中東、アフリカ、欧州を結ぶ。この構想を実現するために、中国は「シルクロード基金」をつくって400億ドルを拠出する意向を明らかにしている。

中国は内陸からインド洋へ、マラッカ海峡を経ずに縦断するルートを戦略的に重視している。ナプラ氏はこれらの構想に、クラ運河がぴったり当てはまると考えている。

例えば、中国が推進しているミャンマールートでは、雲南省昆明からミャンマー西部チャウピュ港を結ぶ石油・ガスパイプライン、高速鉄道、高速道路の建設が予定されている(天然ガス用のパイプラインはすでに完成したが、ミャンマー政府は高速鉄道の断念を発表)。他にも、中国は昆明からラオス、タイ、マレーシア、シンガポールに至る高速鉄道整備を推し進めようとしている(だが、2013年に要となるタイでその計画が頓挫した)。

クラ運河計画の国家研究委員会メンバーでもあるナプラ氏は、クラ運河がそんな海上シルクロードの一部として実行される可能性があると話す。現在、同委員会は北京対外経済貿易大学と共同でフィージビリティスタディに入っている。

マラッカ海峡の代替ルートに

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だが、どうしてクラ運河をつくる必要があるのか。

同氏によると、まず、タイ国内の経済改革を進めるために、運河近くに経済特区をつくり工業を興すべきだという。タイでは就業人口の4割を農業が占めているが、国内総生産(GDP)は10%程度にすぎない。

また、東南アジアの交通要所であるマラッカ・シンガポール海峡は狭くて浅い。そこは年間12万隻以上の船が通航するが、大型タンカーで混雑しているし、一度何かの事故が起きると通航が止まってしまう可能性があるため、整備が必要だと語る。また、運河の建設によってタイ海軍が直接、インド洋へ進出できるようになることも利点の一つだという。

ただ、タイ南部ではイスラム教徒による分離独立運動が展開されており、国内の反対派はクラ運河が国の分断を助長すると懸念する。

また、シーレーンの要衝となっているシンガポールもこの運河計画に消極的だ。タナプラ氏は、そのためにシンガポールがタイ政治家に賄賂を渡していると言う。彼自身のところにもシンガポール人が金銭と交換に、研究をやめるように求めてきたそうだ。ただ、それがシンガポール政府関係者なのか、それとも企業関係者なのかといった詳細については明言しなかった。

あるシンガポールの土木工学関係の教授は、シンガポール政府に対してクラ運河ができても心配する必要はないとアドバイスしたという。独自にコンテナ港を持ち、貨物の取り出し・置き換えなどの機能を有するシンガポールは積み替え港だからだ。「(クラ運河がシンガポールを抑えこんで成功するには)クリティカル・マスや技術力が必要」と、同教授は語る。

投資プロジェクトへの慎重さが求められる中国、運河計画の勝算は…

去年5月にクーデターを起こした、タイの軍事政権は中国との急接近をはかっているが、計画実現のめどは全くたっていない。タナプラ氏によると、軍事政権は計画に理解を示しているものの、今は建設の時期でないと考えている。

一方、中国国内でも前述のAIIBやインフラ基金において、投資プロジェクトの選定は慎重の上に慎重を重ねなければならないという声が根強くある。例えば、北京大学の黃益平教授(経済学専門)は最近のコラムでこう書いている。「中国による対外投資の半分以上が利益を出せていない。このような状況で『一路一帯』プロジェクトがむやみに国営企業の海外投資を推進するならば、引き起こされる結果が不安だ」

アジア太平洋地域の地政学に詳しい、ウェブ誌『ディプロマット』のアンキット・パンダ記者は、「建設されれば、アジア太平洋地域の戦略的、経済的な風景を変えるだろう」というクラ運河建設計画。すぐに実現の可能性はないが、頭の片隅に入れておくことは重要かもしれない。

※本連載は毎週月曜日に掲載する予定です。