2023/6/25

【MBA直伝】AIにはできない「共感型リーダー」になる3条件

NewsPicks コミュニティチーム
AI技術の進歩とともに、人間にしかできない仕事に注目が集まっている。
何をAIに任せ、人間は何に時間を費やすべきなのかは、いまだ答えのない問いだ。
そんななか、「共感力」に焦点を当ててチームマネジメントのあり方を提唱する人物がいる。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のニール・ローズ教授だ。
ニール氏は今年5月31日、Kellogg Club of JapanとNewsPicksコミュニティチームが共催した講演で来日。
心理学者として「反実思考(事実とは異なる結果を想起する心理プロセス)」や「後悔」などの研究をするかたわら、マーケティングの教授としてMBAコースの生徒たちにも教える彼は、共感力についてこう語った。
「最初に理解すべきポイントは『共感がどれだけ難しいかを知ること』です」
他者への共感は、AIに限らず人間にとっても難しい課題だ。
日頃から意思決定に関する研究に取り組むニール氏に、さまざまな研究結果を用いながら「共感力を高める3つのポイント」を解説してもらった。
INDEX
  • ❓なぜリーダーには共感力が必要か
  • 1️⃣ 思うよりも、他人の理解は難しい
  • 2️⃣「直接質問する」のが最強の手段
  • 3️⃣ 知らないことには、共感できない
  • 💡 共感の定義づくりから始めよう

❓なぜリーダーには共感力が必要か

大前提として、リーダーの目指すゴールは「より良いチームをつくること」です。この目的のためには、共感型リーダーシップが重要だと私は考えています。
もちろん、共感を大切にすべき程度は働く組織のタイプによって異なります。民主的なプロセスで意思決定が行われる水平型の組織では、共感は絶対的に必要な要素です。
一方、軍隊のような垂直的な組織では、あまり重んじられていません。
ただ、程度の差はあれど、どんな組織においても共感力は重要です。社員のアイデアがたとえ良いものではなかったとしても、耳を傾けることに価値があるのです。
なぜなら、感じている業務上の困難やそれを解決する策を丁寧に聞くことで、社員の持っている潜在的な問題解決能力に気付くことができるからです。
加えて、社員自身が「自分の意見が求められている」と自己肯定感を持つようにもなります。
リーダーによる共感は、効果的なビジネス環境をつくり出す重要な手段なのです。
とはいえ、共感しすぎることが、かえって悪い結果を招くこともあります。私が学科長として働き始めた頃の話をしましょう。
大学やケロッグ経営大学院の組織では、コンセンサスによる意思決定が重んじられていたため、私もすべての決定においてみんなの意見を聞く必要があると考えていました。
Photo:iStock / Enis Aksoy
その結果、共感型リーダーであろうとしすぎるあまり、自分の判断や直感、専門性を犠牲にしてしまっていたことに気付いたのです。他者への傾聴と自身のバランスが大事だと知った経験でした。
なぜ、傾聴や共感をしすぎてはいけないのでしょうか。
それは「実際に他人の感情を感じることは不可能である」からです。共感とは、あくまで「相手の目的、優先順位、そして感情を認識する」ことであって、完璧に理解することではありません。
そのため、共感スキルを高めてより良いリーダーになるにはさまざまな経験が必要であり、一人一人が数カ月、数年にわたる長いジャーニーに出ていくほかありません。
皆さんが共感への理解をより明確にする一助となれることを願い、私が共感力を高めるジャーニーのなかで知った3つのポイントをお伝えします。

1️⃣ 思うよりも、他人の理解は難しい

最初に理解すべきポイントは、先ほども述べた通り「限界を認識すること」、そして「共感がどれだけ難しいかを知ること」です。他人の問題に自分を投影することには限界があります。
近年、心理学においても、視点移動の限界は研究によって明確に示されています。
心理学では、数年前から、ごく短時間のヒアリングや調査によって、簡単にその場にいるような視点を持てるようになると考えられてきました。
しかし、実際に研究を深めてみると、そうではありませんでした。
完璧な共感に限界があると認識したうえで、少しでも共感力を高めるためにすべきは、相手のことを考える時間を取ることです。
その人はいつもどんな1日を過ごしているのか、生活のなかで心配なことは何かなど、真摯に状況、心境を拾い上げるのです。いわば「他人の靴の履き心地を想像する」のです。実際に靴を履くことはできないですから。
これを実践すれば、相手に対するステレオタイプやネガティブな思い込みに思考が左右されるのを防ぐことができます。
「他者の視点をどれぐらい理解できているか」の定量化に取り組んだ研究もあります。5年ほど前に、友人であるシカゴ大学のニコラス・エプリー教授の研究チームが行った調査です。
この実験結果から、自分のパートナーが一番好きなことを知りたい時も、視点の取得は役に立たないと分かります。「相手の視点をじっくり考えても、必ずしも正しく理解できるわけではない」と認識することが必要です。
50年以上前にさかのぼると、他人に対する認識がいかに間違えられやすいかを示す「基本的な帰属エラー」に関する代表的な研究もあります。
私たちは他人の行動の背景にある外的要因を考えることなく、本人の性格や気質から肯定的な判断をしてしまうのです。
反対に、ある行動をもとに、その人の道徳心そのものを疑ってしまうこともあります。
体系的なバイアスの存在による共感の限界は、改めて知っておく必要があります。

2️⃣「直接質問する」のが最強の手段

2つ目のポイントは、「とにかく聞いてみること」です。
最初に述べた通り、共感力は組織内のあらゆるリーダーシップで重要です。
私は大学で管理職を務める一方、マーケティングの研究者でもあるため、ここではマーケティングの観点から共感力の重要性をお伝えしたいと思います。
具体的には、マーケティングの調査「エスノグラフィックリサーチ」において求められる共感力についてです。
人々の行動から無意識を類推する、いわば人々への共感力を利用した調査方法です。
マーケティングの調査では大きく分けて定量調査と定性調査が行われますが、エスノグラフィックリサーチは定性調査の一つの手法です。
一般的に、定性調査は漠然とした結果が出るため、調査の初期段階で行われる傾向にあります。
「仮説を証明する」ことはできませんが、「新しい仮説を生み出す」ことができるため、第二段階の定量調査につながる重要なステップとされています。
ただし、必ずしも順序立てて行うのではなく、反復的に定量調査と定性調査を繰り返すことで、効果的な調査を行うことができた例もあります。
アメリカの文化の象徴の一つとも言える、オートバイブランド「ハーレーダビッドソン」の上級幹部が行っていたという数日間のドライブです。
第三者の実施した定性調査の結果を読むだけではなく、直接会話し、共感することで、顧客理解をより深めることができたのです。
実は先ほど紹介したシカゴ大学のニコラス・エプリー教授の研究でも、会話の効果が実証されています。
彼のチームが行った調査では、他人の答えを予測する際、「相手の思考に介入しない」「相手の考え方を理解しようと努力する」の2つの条件のいずれも、解答の精度はそれほど高くないという結果が出たと言いました。
しかし、3つ目に「直接会話をする」ことを条件としたところ、最も解答の精度が高くなったのです。
当たり前だと思う人もいるかもしれませんが、この結果は「他人から特定の情報を得たければ直接聞いてみれば良い」ことを表しています。
コロナ禍で直接的なコミュニケーションが減り、形式的でぎこちないコミュニケーションが増えてしまいがちですが、「とにかく聞いてみる」「チームメンバーや顧客とフラットに会話する機会をつくる」ことは私自身も肝に銘じています。

3️⃣ 知らないことには、共感できない

3つ目のポイントは「旅」です。
ある研究によると、海外旅行でなじみのない文化圏を訪れる経験の多い人は、そうでない人よりも発散的思考をする傾向にあるそうです。
例えば、料理や食事などの文化的習慣は地域によって千差万別ですが、私たちは無意識に自分の育った環境や母の教えてくれた方法が正しいと思い込んでしまいます。
一方で、他の文化を訪れる機会が多ければ、考え得る可能性の範囲を広げてくれます。さまざまな習慣や幸せになる方法を知ることができると、共感力も高まります。
旅の数が多ければいいというわけではありません。どちらかと言うと、深さのほうが重要です。
一つの場所で長い時間を過ごし、現地の人々と会話することで、発散的思考や共感力が高まっていくのです。
旅というアイデアが共感力に有効だと気付いている人は、そう多くないのかもしれません。
しかし、私の出会ったことのあるマネジャーの多くは、出張の際に1日延泊したり、立ち寄る場所を増やしたり、柔軟に旅を満喫しています。これは、自分の視野を広げるためです。
今日、私がこうして日本で講演しているのも、そのうちの一つ。日本の多くの人と話し、日本のビジネスについて学ぶのが目的です。
共感力の高いリーダーになるため、ぜひ皆さんも3つのポイントを実践してみてください。

💡 共感の定義づくりから始めよう

ニール氏が本講演「The Empathy Journey for Leaders」の目的として日本人との対話を挙げていた通り、講演の最後には、ケロッグ経営⼤学院でMBAを修了しているみずほフィナンシャルグループの執行役秋田夏実さんのほか、会場の参加者と対話する時間が設けられた。

そのなかで挙がった「日本のリーダー像の変化」に関するディスカッションも紹介しよう。
秋田:私がケロッグに在学していた25年前は、カリスマ性のあるリーダーが注目されていましたが、現在は共感型リーダーが注目されています。この変化の背景には何があるのでしょうか?
問いに答えるために、リーダーシップに関するとある研究結果を紹介しましょう。
その研究では、リーダーのタイプを2種類に分けて調査しました。
  • 独裁型リーダー:命令を下すだけでメンバーの感情などまったく気に留めない人
  • 共感型リーダー:褒め言葉などにより、メンバーのポジティブな感情を強化する人
どちらのほうがメンバーのパフォーマンスを向上させるのかを、定性・定量の両方で調査したところ、共感型リーダーのほうが、メンバーのパフォーマンス向上に寄与することが分かったのです。
過去から現在にかけて、企業や組織がメリットの高いリーダーシップを追求してきた結果、共感型リーダーにたどり着いたのではないでしょうか。
秋田:では、独裁型リーダーは淘汰されるべきなのでしょうか?
一概にそうとは言えません。実際、共感型リーダーと独裁型リーダーのどちらか一方に極端に偏っている組織はほとんどありません。
大事なのは、「どうバランスを取るか」なのです。自分の身を置く業界や会社、ビジネス環境の状況によっても、最適なバランスは変化します。
例えば最先端のテクノロジー産業では、素早く技術革新を生み出すために、時として長時間労働が求められます。
そのため、シリコンバレーの成長企業で働く人や、長時間集中してコーディング作業をするエンジニアは、夜通し働く代わりに無料で提供される社食を求めているかもしれません。
つまり、毎朝定時に出社して退社しなければならない伝統的企業よりも、ワークスタイルの違いを認識して柔軟に対応する企業のほうが、社員のハイパフォーマンスを引き出すのです。
このような例と同様に、リーダーシップもそれぞれの業界や職種の状況によってバランスを取ることが重要です。
秋田:そもそも日本の管理職の人々は、共感する方法を知らないように感じます。長年の間、日本企業において共感力が重視されてこなかったからです。日本の管理職の方々がはじめに取り組むべきことは何でしょうか?
いきなり共感型リーダーシップが重要だと言われても、共感型リーダーの本当の意味について悩む人はきっと少なくないでしょう。
まずは、共感型リーダーとは、単に「話をよく聞いてくれるリーダー」「ミスをフォローしてくれるリーダー」ではないと気付き、改めて共感の定義から始めることが重要です。
何度も繰り返し述べてきましたが、共感とは、他人を完璧に理解することではありません。
自分よりも社会的地位が低い人、会社での立場が弱い人に対しても敬意を払い、相手の話を聞いて検討するための「質問マインド」を持つことです。
ただ、私のように共感しすぎて失敗しないように、他者への傾聴と自分の専門性への信頼との間で、適切なバランスを見つけなければなりません。
これは時間のかかる大変な作業で、その必要性に気付いた瞬間からあなたのジャーニーが始まるのです。