2023/7/1
夢をスペースXに載せて…世界が注目する九大発「衛星ビジネス」
人工衛星で地球を準リアルタイムに観測する──。そんなビジョンを掲げる会社が、九州大学発ベンチャーのQPS研究所(福岡市)です。大学の小型衛星研究を土台に、世界トップクラスの小型・軽量かつローコストのレーダー衛星を開発しています。
もともと研究室の学生だった大西俊輔社長(37)。70代だった恩師からバトンを引き継ぎ、会社を世界的に注目される宇宙ベンチャーに成長させました。衛星の開発・製造には地元の中小企業の技術も結集。九州に宇宙産業を根付かせるため、奮闘してきた歴史と今後の可能性を探ります。(全3回)
もともと研究室の学生だった大西俊輔社長(37)。70代だった恩師からバトンを引き継ぎ、会社を世界的に注目される宇宙ベンチャーに成長させました。衛星の開発・製造には地元の中小企業の技術も結集。九州に宇宙産業を根付かせるため、奮闘してきた歴史と今後の可能性を探ります。(全3回)
INDEX
- 6号機の衛星打ち上げに成功
- 地球を丸ごと見える化する「衛星データ」
- 衛星データが“災害大国”日本を救う
- 世界の宇宙ビジネスとの「差」
大西俊輔(おおにし・しゅんすけ) 1986年佐賀県生まれ、九州大学大学院工学府航空宇宙工学専攻博士課程修了。学生時代から数多くの小型人工衛星のプロジェクトで開発や打ち上げにかかわり、2013年10月にQPS研究所に入社。2014年4月に社長就任
6号機の衛星打ち上げに成功
2023年6月13日午前6時35分(日本時間)、米カリフォルニア州のバンデンバーグ宇宙軍基地から、米国の宇宙企業スペースⅩのロケットが打ち上げられました。搭載されているのは、QPS研究所の小型レーダー衛星の6号機「AMATERU-Ⅲ」(アマテルスリー)。79分後に高度約540キロで軌道に投入され、午前9時30分ごろには初交信にも成功しました。
「開発のなかで大変なことはいっぱいあるのですが、(衛星を)たくさん上げていくことで九州の宇宙産業がより発展していくと思います。そこに向けてひとつずつ歩みを進められたらと思います」
打ち上げ後、大西社長は安どの表情を見せながらこう語りました。2019年に初号機を打ち上げて以降、紆余曲折を経てやっと6号機の打ち上げに成功しました。「2025年以降に36機体制で観測する」という目標達成に向かって、今回の打ち上げが本格的なスタートといえます。
打ち上げに成功した米スペースXの「ファルコン9」ロケット(提供:SpaceX)
いま地球のまわりにはたくさんの人工衛星が回っています。飛行機や船の運航を助けたり、インターネットやテレビなどの通信網を提供したりと、いろいろな役割を担っています。
一口に人工衛星といっても飛んでいる位置はさまざまです。気象観測をする日本の人工衛星「ひまわり」は、高度約3万6000キロという地球から遠く離れた場所を飛んでいます。国際宇宙ステーションはそれよりもかなり地球に近い、400キロの上空を飛んでいます。
QPS研究所が手がけるのは小型の観測衛星で、高度は500キロ台と国際宇宙ステーションよりも高い位置を飛びます。
この衛星の役割は、レーダーを使って、地上の状況を知るためのデータを集めることです。衛星から電波を地上に向けて照射し、その反射波を再度、衛星で受信して処理することによって、地面の状況を確認したり、ビルなどの構造物の変化を知ったりすることができます。
地球を丸ごと見える化する「衛星データ」
黒板のような黒い背景に、キラキラ光る白い線。まるでアート作品のように見える画像には、東京のビル群がしっかり写されています。レーダーの特性で、東京ドームは屋根を透過して電光掲示板の形まで判別できます。
東京ドーム周辺の画像(提供:QPS研究所)
この画像は、QPS研究所が2021年に打ち上げた2号機の人工衛星が撮影したものです。夜間の撮影にもかかわらず地表が観測でき、ビルの階層までわかる精細な画像は、世界の宇宙業界に衝撃を与えました。
「レーダー衛星の特徴として、夜でも昼でも悪天候のときでも、地表のデータを取ることができます。そんな衛星の小型化・ローコスト化に成功し、世界トップクラスの高分解能の画像取得を実現しているのがQPS研究所です」
観測衛星の多くは、光学レンズのカメラで地球の表面を観測しています。しかし、曇りの日や夜など条件が悪いときは、はっきり地表を写すことが難しいという課題があります。
そこでQPS研究所が目を付けたのが、合成開口レーダー(SAR)と呼ばれる電波による観測です。カメラ式と違って、夜でも、雲などがあっても、あるいは悪天候時でも、電波によって地上や海上の様子を調べることができます。
東京都の周辺画像(提供:QPS研究所)
東京・丸の内のビル群の画像(提供:QPS研究所)
しかし、レーダー衛星は大きな電力を必要とするため、従来のものはサイズや質量が大きく、開発・製造から打ち上げまで莫大なコストがかかっていました。QPS研究所は九州の地場産業の力を結集して、大型なのに軽くて収納できる小型衛星用のアンテナを開発。それまでのレーダー衛星に比べて、質量は約20分の1の100キロ台、製造コストは100分の1の数億円で製造することに成功しました。
衛星データが“災害大国”日本を救う
QPS研究所は、この小型レーダー衛星を36機打ち上げて、地球のまわりを取り囲むように飛ばすことを目指しています。そうすれば、地球のほぼどんな場所でも平均10分間隔で観測データを得られるようになるといいます。1つの衛星だけではなく、複数の衛星で地表のデータを取得する「衛星コンステレーション(星座)」と呼ばれる仕組みを作ろうという構想です。
「私たちの衛星は、地球を90~100分で1周します。しかし、地球も自転によって24時間ごとに回っているので、たとえば同じ衛星が福岡の上空に来るタイミングって、衛星の軌道にもよりますが、日に2回くらいしかないんですよ。せっかく昼夜、天候に関係なく、いつでも地表のデータを取ことができるのに、来る頻度が少ないと“いつでも”にならない。衛星の数を増やさないとその頻度が高まらないので、『数』はすごく重要なのです」
36機の衛星を打ち上げれば、リアルタイムに近いかたちで地表のデータが得られるようになります。それが実現すると、いったいどんなことが可能になるのでしょうか。大西社長が特に期待するのが災害時の活用です。
「災害はいつ、いかなる場所で起こるかわかりません。災害が起きたときにどのようにして状況を把握するかは難しい問題です。地震や豪雨が発生して、その現場に行けるかどうかもすぐにわかりません。小型レーダー衛星のコンステレーションで、いつでも現場の様子がわかるようになれば、災害の被害状況を迅速に知ることができます。復旧や救助などの計画もすばやく立てられるようになるのです」
現在、災害時の現状把握はヘリコプターやドローンなどで行っていますが、夜間や雨のときには限界があります。それをいつでも可能にするのが、小型レーダー衛星のコンステレーションからの衛星データなのです。
日本は地震、津波、台風、土砂災害など、さまざまな種類の自然災害リスクがある“災害大国”です。その日本で開発・製造された衛星に、企業も熱い視線を向けています。2021年末には災害時などでの衛星データの活用などに向けて、衛星放送を中心に宇宙事業を手がける「スカパーJSAT」や、国内最大手の建設コンサルタント「日本工営」と業務提携しました。
「災害時のデータをいち早く収集できるようになれば、暮らしている方々の不安を取り除き、安心して生活できるようになります。高頻度での観測データは、まずはそういった活用方法が出てくると思います」
衛星データの活用法は、将来的には防災や災害対応だけにとどまりません。リアルタイムに道路の状況を知ることができれば、交通量や車の動きなどを詳細に把握して、完全な自動運転の実現に生かせそうです。
海の流氷などの状況がわかれば、船を安全に運航させるサービスが提供できます。もっと身近なところでは、レジャー施設や人気ラーメン店にどれくらい行列が続いているかがわかり、「ランチの時間をずらそう」という判断ができるようになります。
「私たちの衛星データは、いまのGPSみたいにいろいろなアプリケーションの下支えをする役割を果たし、知らないうちに使われるようになると思います。現在、各地の状況をリアルタイムに知る情報ツールとして、SNS上の書き込みなどがその役割を担っていますが、視覚的な情報としては十分ではありません。レーダー衛星のデータは、その空白のレイヤーを埋めてくれます。日々の生活にどう組み込まれるかは今後、いろいろな可能性があります。そのデータをきちんとそろえて提供をすることが、私たちの大切な役割です」
(提供:QPS研究所)
世界の宇宙ビジネスとの「差」
世界には、小型レーダー衛星を開発・製造し、実際に打ち上げて画像取得した経験を持つ企業が6社あります。先行するのはフィンランドの「アイスアイ」で、すでに20機以上を打ち上げてトップを走っています。米国の宇宙スタートアップ「カペラスペース」も10機以上の打ち上げ実績があります。
「やっぱり先行する世界の会社は、打ち上げの数がぜんぜん違います。『まったくもって数が足りない』というのが弊社のいちばんの課題だと思います。いかに早く衛星を打ち上げていくかというところに注力して取り組んでいます」
取得できるデータの量は、衛星の数の多さに比例します。データ提供が高頻度であればあるほど価値も高まります。それが企業の競争力の源泉になるのです。
QPS研究所は、2023年3月に10億円の資金調達を発表しました。累計の調達額は92億円となり、2025年以降に36機体制という目標に向けて、量産化できるシステムを築きつつあります。
衛星開発を支える地元中小企業(提供:QPS研究所)
「現在は年間4機まで作れる体制ですが、これを年間10機以上にしていきます。やはり今後も資金は必要です。小型レーダー衛星は大型に比べてローコストとはいえ、打ち上げ費を含めるとやっぱり費用はかかる。宇宙業界のなかではローコストなのですが、一般的に見るとおカネがかかります。もっと資金を調達して、打ち上げ数を増やしていきたいと思います」
技術力では負けないQPS研究所ですが、資金面では宇宙へのリスクマネーの供給が盛んな欧米企業がリードしています。世界最大級のベンチャー企業データベース「クランチベース」によると、カペラスペースの累計調達額は300億円を優に超えており、QPS研究所とは3倍以上の開きがあります。
モルガン・スタンレーによると、5年前に37兆円だった宇宙ビジネス全体の市場規模は、2040年までに100兆円規模になる見込みです。スペースXのようなロケットを打ち上げる企業が注目されがちですが、国内でプレーヤーが多いのは衛星の製造や、衛星データを活用する分野です。QPS研究所はその一翼を担っています。
「資金調達の初期のころは金融投資家さんが多かったですが、シリーズBから事業会社さんも入ってくださいました。徐々にデータの活用ができて、実際にビジネスとして成り立ってくるなかで事業会社さんとの連携が進んでいます。また現在、私たちから積極的に働きかけていることはないですが、海外からも(連携や出資に)興味を持っていただいています」
九州発の世界的な宇宙ベンチャーとなったQPS研究所。そのルーツは九州大学の研究室にさかのぼります。宇宙好きの少年だった大西社長が、いかにして企業を成長させてきたのか――そこには、恩師と二人三脚で歩んできた成長ストーリーがありました。
※Vol.2に続く
取材・文:栗原健太
撮影:日高康智
編集:鈴木毅(POWER NEWS)
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
タイトルバナー:QPS研究所
撮影:日高康智
編集:鈴木毅(POWER NEWS)
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
タイトルバナー:QPS研究所
九州で宇宙産業を!
衛星ベンチャーQPS研究所の勝算
この連載について
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