ビジネスはJリーグを救えるか?

東南アジアでビジネスを生み出せ

東南アジアの権力者は、日本サッカーの育成ノウハウを欲しがっている

2015/3/4
サッカーは世界最大のグローバルスポーツだ。潜在的に企業が投資する土壌があり、アイデア次第では大爆発する可能性もある。そのときに鍵になるのがビジネスだ。Jリーグのアジア室・プロジェクトリーダー、山下修作氏へのインタビューを2回にわたって掲載。後編となる今回は、サッカーによるビジネスマッチングの成功例を紹介する。
前編:Jリーグのキーマンがアジア戦略の全貌を語る
山下修作 / 1975年埼玉県生まれ。北海道大学卒業後、リクルートに入社。2004年にJリーグのプロモーションを行なう会社に転職し、2012年にJリーグアジア戦略室室長に就任した。(写真:福田俊介)

山下修作 / 1975年埼玉県生まれ。北海道大学卒業後、リクルートに入社。2004年にJリーグのプロモーションを行なう会社に転職し、2012年にJリーグアジア戦略室室長に就任した。(写真:福田俊介)

遠藤保仁がインドネシアでパナソニックの売上に大貢献

――JリーグやJクラブのビジネスマッチングの具体例を教えてください。

山下「正直、どれを話していいかと思うぐらいたくさんありますよ(笑)。例えば去年の10月の25、26日にガンバ大阪が、経済産業省と一緒にサッカー教室をやった案件があります」

――経産省?

山下「実は経産省のクールジャパン戦略の一環で、初めてサッカーが採用されたんです。今まではアニメとかファッション、あるいは伝統芸能だったのですが。そこで、ベトナムでは川崎フロンターレが、インドネシアでガンバ大阪が、タイでは横浜F・マリノスがサッカー教室を開きました。

ガンバ大阪がインドネシアでサッカー教室を開いた時は、ジャカルタ市内のショッピングモールにパナソニックがブースを設けました。そこでガンバ大阪を全面に出したんです(編集部注:パナソニックはガンバ大阪のメインスポンサー)」

――遠藤保仁選手の等身大パネルを飾ったそうですね。

山下「そうです。あのパネルは経産省のイベントのために作りました。通常、パナソニックさんがインドネシアでイベントブースを設けて販売する時より、約2倍の売上がありました」

パナソニックがジャカルタ市内のショッピングモールにブースを設け、ガンバ大阪の遠藤保仁のパネルを展示。売上が通常の約2倍になった(写真:Jリーグ提供)

パナソニックがジャカルタ市内のショッピングモールにブースを設け、ガンバ大阪の遠藤保仁のパネルを展示。売上が通常の約2倍になった(写真:Jリーグ提供)

――それほどの影響があるんですね。

山下「やはりサッカーコンテンツを絡めると、集客が格段に上がります。パナソニックの製品を置くだけですと、サムスンやLG電子の製品と競争しなければならない。しかし、サッカーのイベントを絡めると、東南アジアではこういう結果になるのだな、と私も驚きました。遠藤保仁選手の知名度も売上に貢献したと言えると思います」

マッチングの成果で株式上場が視野に入ったベンチャー企業も

山下「ビジネスマッチングを契機に新たにクラブスポンサーになっていただく。あるいは元々のスポンサーがマッチングによって利益が増額する。そういう事例は結構あります。例えば横浜F・マリノスのオフィシャルスポンサーにVISOR(バイザー)という会社があります」

――メール配信システムの会社で、名古屋のベンチャー企業ですね。

山下「はい。そのVISORがタイ進出を考えていました。横浜F・マリノスはタイのスパンブリーというチームと提携しています。そこで横浜F・マリノスは、育成のノウハウをスパンブリーに教えるから、ビジネスアドバイザーを紹介してほしいと依頼しました。VISORはタイ進出のカウンターパートナーを求めていたんです。するとtrueという、日本でいえばdocomoやauクラスの通信会社を紹介してくれました。実際VISORのサービス導入が決まって、去年10月下旬、タイで会見を開きました。今ではVISORは上場を目指す企業に成長しています」

――その接着剤になったのが横浜F・マリノスだと。

山下「まさにそうです。日本のベンチャー企業が、タイに進出しようと思ったら、事務所を持って、人を雇って、営業して…と時間もコストも想像以上にかかる。失敗するケースも多い。今回の場合、まず仕事をつくってから進出できたというのが最大のメリットでしょう。

スポンサーさんにメリットがあると、『横浜F・マリノスにはお世話になったから』と今度はスポンサーからクラブへ還元されます。一方、タイのクラブは育成ノウハウを教えてもらって強化できる。みんなが幸せになれるモデルです。サッカーを絡めると、こういうことが実現できるんです」

――タイのクラブの育成で選手が育って、後に横浜F・マリノスでプレーしたら面白いですね。

山下「いいですね、それ! 大きなスポンサーだけではなく、新たにアジアでビジネスチャンスをつかみたい会社に対して、クラブがサポートするといった事例も出ていますね」

――東南アジアはチームのオーナーが政財界のVIPが多い。その人脈からビッグビジネスでも即決される場合が多いのでしょうか。

山下「オーナーはサッカーが大好きで、しかも政財界の幹部であることも多いです。そこがキーポイントです。しかも彼らはサッカーが分かっており、『育成が大事だ』と認識している。トップレベルの選手をお金で連れてくるだけだと継続的に強くならない、きちんと下から育てなければならないと。日本のようにしなければと思っています。その日本の育成を教えますよ、とこちらが言うと、『ホントなのか!? だったら、私たちのビジネスネットワークを是非活用してください』という展開になるんです。僕みたいな立場の者でも財閥のトップに会えてしまうんです」

経団連からも認められたアジア戦略

――日本サッカーとJリーグの底力を感じますね。

山下「特にASEANに対して、サッカーは立派なコンテンツになり得ます。そういった流れもあってか、昨年11月18日に経団連が内閣総理大臣に建議してくださったんです」

*参考資料:『国家ブランド構築に向けた提言—ジャパン・ブランドを強化し世界とともに成長する—』(経団連が内閣総理大臣に提出した建議書)

『成長著しいアジアの富裕層・中間層とのコミュニケーションをターゲットに応じてカスタマイズしたきめ細やかな方法で進める必要がある。こうした取り組みの中では、対象となる国・地域・機関における知日派や日系人とのネットワークの涵養(かんよう)と活用や、アジア地域への協力により影響力を強めている公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の積極的な活用なども考えられる』

山下「経団連に、Jリーグが日本の企業やサービスを海外に広める時に使用できる立派なコンテンツだと思ってもらえたんです。それを総理大臣へ提言していただいたんです」

――山下さんはじめアジア室のひたむきな取り組みの成果ですね。

山下「いろいろ実績が重なって、このような展開になりました。今回の評価は本当に有難いですね」

インドというネクストフロンティア

――今季の東南アジア選手のJリーグへの新加入にはどのような動きがありますか。

山下「今のところ札幌に移籍したイルファン選手だけです。ただ、交渉している選手はいます。基本的に日本とシーズンが同じなので、移籍のタイミングも同じです。実は今年ちょっと特殊な事情がありまして…。シンガポールでサウスイーストアジアゲームス(東南アジア競技大会)という大会があり、各国のU-23代表が出場するんです。

東南アジアのオリンピックのような大会で、今年は例年より早く5月下旬~6月中旬に開幕するため、向こうのチーム編成が早かったんです。そのあたりに難しさを感じました。ただ、我々としては、選手が来る、現地で露出することで双方のメリットがあります。移籍に関しても、来季あるいは夏のウインドーで継続的にサポートしていきます」

――ちなみに東南アジアの選手に代理人はついていますか。

山下「最近つき始めましたね。2012年ごろは皆無でした。今は日本の代理人の人たちも、アジアマーケットが気になっているみたいで、かなり現地に行っているようです。日本の主だった代理人の方たちは、アジアに足を運んでいます」

――もう一つお聞きしたいのはインドという国。クリケットの大きな大会では視聴率が50%を上回り、サッカーの定着はまだまだです。ただ、2017年にU-17W杯が開催され、それによって変わる部分もあると見ています。

山下「インドは非常に興味があります。ただ、2年前のインドネシアと同じで、リーグが分裂している状態です。Iリーグ(インドリーグ)とISL(インド・スーパーリーグ)です。インドネシアもリーグが一つになってから、我々は提携しました。興味はあるし、マーケットも大きい。日本の企業もどんどん進出しているし、可能性を秘めています。ただ、リーグが落ち着かないことには、僕らとしても力を発揮できません。今のところは」

――あと、東南アジアとの取り引きで気をつけている点は。

山下「日本のやり方を押し付けるやり方は絶対にしないようにしています。その国にはその国のやり方があります。日本人から見るとルーズであったり、サプライズも多いかもしれません。しかし彼らにとってみたら、いつも通りなんです。『日本のやり方を見習え』と押しつけるのではなく、決して建前ではなく共に成長しようという姿勢を持ちます。向こうのやり方に我々が合わせて、向こうの良さを引き出す。そこでJリーグのノウハウを教えることが大事です。合わないことでイライラしたりせず、最後の一線は譲らないですけど、なるべく合わせるようにしています」

――なるほど。山下さんが東南アジアの関係者から信頼されているわけが垣間見えました。10年後、20年後の日本やアジアのサッカー界にどんなビジョンを持っています?

山下「アジアとともにJリーグが成長していることです。ヨーロッパ一極集中ではなくて、アジアもすごく大きなマーケットになっています。世界からスター選手も来るでしょう。実力としてもヨーロッパと並ぶ状態にもっていきたい。Jリーグのクラブが、ACLで何度も優勝して、クラブワールドカップでも優勝を遂げるようになってほしい。それがアジア全体の底上げになります。その先には、日本代表がワールドカップで優勝するというところまでいければよいですね」

Jクラブのミッションの一つは地域経済への還元

――本当に興味は尽きませんが、最後にひとつだけ。最近、外務省の方と一緒に講演をされたとか?

山下「先月行いました。経団連の関連団体である日本経済センター主催の講演会でした。一般にも公開されています。外務省の方やPHP研究所の方が来られていて、『パブリック・ディプロマシー』というテーマでパネルディスカッションをさせていただきました」

――パブリック・ディプロマシーとは文化交流などを通して外国に働きかけるという意味ですよね。つまりサッカーが外交の一環になると。

山下「『日本は良い国だよね』と日本のファンになる人を海外に増やしていく。外務省の外交的な政策なんです。Jリーグが取る手法と同じですね、と外務省の方から言われました。今までサッカーになかったイメージだと思いますが、実はこんなに役立ってるんだと感じました。サッカーが外国との橋渡し役になる、その結果サッカーの価値も上がります」

――同時にJクラブの存在価値も高まっていきますね。

山下「地域に根差してやっているJクラブだからこそ、地域経済にもっと還元できると思います。そうなればクラブが地域にとってなくてはならない存在となる。Jリーグのチームがあったからお客さんが増えた、ビジネスチャンスが増えた、このチームが地元にあってよかったねと。そのためにはアジアに出るというのも一つの手段です。アジアの各国と地域をダイレクトに結びつける役割をクラブが担っていくんです。

現在、外務省、経産省、総務省、日本政府観光局、経団連、国際交流基金などと連携しながら、海外に出ていろんなことをやっています。もっともっとビジネスチャンスもつくっていきたいですね」

※本連載は毎週水曜日に掲載する予定です。