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【第5回】ビッグクラブのすべて

欧州4大リーグと日本、それぞれのスタジアムを比較する

2015/3/1
2020年東京五輪開催が決定し、国立競技場はいよいよ取り壊しが始まろうとしている。新国立競技場としてどんなスタジアムに生まれ変わるのかに大きな期待が寄せられている。しかし、2002年W杯開催を機に日本には4万人以上の規模を誇るスタジアムが多数建設されたが、現在その機能を最大限に活用できている施設は決して多くない。一体、日本のスタジアムには何が足りないのか? 欧州4大リーグの各2スタジアムとJリーグ最大の2スタジアムを比較することで、その課題を明らかにしていきたい。
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今回選出した10スタジアムは、建築プロセスに注目すると、3つのタイプに分類することができる。巨額の建設費を投資して最新式のスタジアムを建設したタイプと、大小の改修を繰り返しながら既存のスタジアムを使い続けているタイプ、そして今後の大規模改修を計画しているタイプだ。

「最新式スタジアム」の例がアリアンツ・アレーナ(バイエルン・ミュンヘン)とユヴェントス・スタジアム(ユヴェントス)で、「改修の繰り返し」がジグナル・イドゥナ・パルク(ドルトムント)、オールド・トラッフォード(マンチェスター・ユナイテッド)、スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ(ACミランおよびインテル)。

そして「大規模改修を行う予定」なのがアンフィールド(リバプール)とカンプ・ノウ(バルセロナ)、エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウ(レアル・マドリー)である。日本の埼玉スタジアム2002(浦和レッズ)と日産スタジアム(横浜F・マリノス)は1つ目のタイプだ。

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まず、スタジアムのアクセスについて見て行きたい。平日のスタジアムツアーへの参加も考慮して、あえて試合日以外にも利用できる交通手段に限ることにした。つまり、試合日のみにしか動かない特別電車は考えないことにする。

その条件の下、計測にGoogle Mapsを使用して、最寄駅からスタジアムまでの所要時間をランキング化した(最寄り駅の細かい定義は文末の注1と注2を参照)。

日本の2スタジアムの中で健闘しているのが日産スタジアムだ。アクセスが良く、3位に入っている(小机駅から9分)。ちなみに新横浜駅も徒歩12〜14分と十分に徒歩圏内だ。だが、横浜線の本数が限られているため、試合後はホームへの入場規制がかかるほど混むことも。試合前も帰宅ラッシュと重なると電車は超満員となる。これは日本特有の問題だろう。

一方、欧州特有の問題もある。アンフィールドのような住宅街にあるスタジアムは周囲に交通規制が引かれるため、試合後はしばらくスタジアムから出られないこともある。

埼玉スタジアムは浦和美園駅から遠いというイメージがあるが、実はミュンヘンのアリアンツ・アレーナとそう変わらない。前者は19分、後者は15分。4分しか違わないのだ。ただし、アリアンツ・アレーナの場合それほど遠く感じないのは、駅を出た瞬間からスタジアムが見え、そこから緩やかな1本の坂道でつながっているからだろう。

そこを上がって行くこと自体が特別な体験になっている。埼玉スタジアムも駅からの道にクラブフラッグを出すなど、特別な空間にしようとする努力が見られるが、もっと特別な空間にするための雰囲気作りに投資をしてもいいのかもしれない。

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スタジアム建設費は新しいものほど高額になる傾向にある。規模の問題と物価の影響だ。とはいえ、その後改修を重ねていけば、当然建設費はかさんでいく。これ以上の拡張に限界があるアンフィールドは数年前まで新スタジアム構想があったが、結局はメインスタンドの改修を選択した(注3)。

日本の2スタジアムもこのランキングでは上位に入るが、これはスタジアム周辺の整備にも資金を投じなければならなかったためだ(埼玉スタジアムは公園の整備費、日産スタジアムは周辺の治水事業)。同様の理由でアリアンツ・アレーナも高額になっている。

参考までに、昨年オープンしたばかりのシンガポールの複合スポーツ施設「スポーツ・ハブ」には総額1800億円近くもの建設費が投入された。メイン会場であるシンガポール国立競技場の建設費がその半分以上を占めている。それもそのはず、開閉式のドーム屋根や各座席の下にクーラーが設置されているなど、その設備は世界最先端となっている。

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欧州のスタジアムは、クラブが自ら所有するのが主流だ。今回取り上げたヨーロッパの8スタジアムの中で、例外はジュゼッペ・メアッツァ(ミラノ市が所有)だけである。

それに対し、日本の2スタジアムは自治体が所有。指定管理者がスタジアムを運営している。

ビジネスを考えた場合、当然ながらクラブ所有の方が有利だ。スタジアム関連の収入を見込むことができるからだ。アリアンツ・アレーナは当初、バイエルンと1860ミュンヘンの共同所有だったが、その後バイエルンが約14億円程度で1860ミュンヘンから所有権を買い取った。所有権を得たことでバイエルンはスタジアムの改修を次々と敢行。今年から収容人数が4000人増え、75000席に拡張された。

ドイツではスタジアム命名権の販売も進んでおり、ブンデスリーガ18チーム中15クラブがスタジアム命名権を販売している。アリアンツ・アレーナは年間800ユーロ(約10億8000万円)、ジグナル・イドゥナ・パルクは年間500ユーロ(約6億7500万円)だ。

今回取り上げたスタジアムの中で、ドイツ勢の他に命名権を販売しているのは日産スタジアムのみ。金額は年間1億5000万円だ。ドイツ勢には及ばない。

だが、上には上がいる。スタジアム命名権の販売が盛んなアメリカでは、メジャーリーグのニューヨーク・メッツがシティ・グループと20年間で4億ドル(年間約24億円)という巨額のスタジアム命名権契約を締結している。

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欧州では対戦相手や試合の重要度に応じて、チケットの値段が変わるのが一般的。さらに、食事代と観戦チケットがセットになったVIPチケットとなるとさらに高値となる。VIPチケットの人気は高く、入手は困難になっている。庶民の味方である「最低価格」に関しては、チケット代高騰が叫ばれるプレミアが最も高く、ブンデスリーガが良心的な価格設定になっている。

ブンデスリーガはあえてゴール裏の席を安くすることで、熱狂的なサポーターを集めて盛り上がりを高め、その分メインスタンドとバックスタンドにVIP席を増やして平均単価を上げる戦略を取っている。

日本の場合、スタジアムの所有者が自治体のため、自由にVIP席を増やすことはできないが、盛り上がっている雰囲気を生み出すために、思い切って格安のエリアを作るのはひとつの手だろう。

ちなみにテニスのウィンブルドンのセンターコートにおける最終日のチケットは160ポンド(約28080円)。ACミランの最高額のチケットとほぼ同額である。全席がこの値段なのだから、会場が上品な雰囲気に包まれるわけだ。

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ブンデスリーガとプレミアの4クラブは、ほぼ100%の高い稼働率を記録している。特にバイエルンはシーズン開幕前に全試合のチケットが完売してしまう。その人気ゆえチケットが一般向けに販売されることはなく、クラブ会員も20万人を越えているため入手は非常に困難だ。

ただ単に収容人数が多ければ良いわけではなく、適正なキャパシティーで完売させ、渇望感を出すことも重要だ。人気低下のセリエAの2クラブの稼働率は同様に低いが、ユヴェントスのように新スタジアム建設によってキャパシティーを減らし、相対的なチケット人気を上げたケースもある。

アメリカではカレッジリーグの人気が非常に高く、最多動員を誇るオハイオ州大学は何と平均観客動員数が10万6千人を越え、稼働率は100%オーバーとなっている。これはNFL最多動員のダラス・カウボーイズ(9万人)を凌ぐ数字となっている。

以上、様々な面から日本のスタジアムと欧州のスタジアムを比較してきた。スポーツ文化の根付き方や法的な優遇も関係しており、彼らの水準に追いつくのは簡単ではない。だが、日本にも2020年東京五輪という大きなチャンスが巡ってきた。ジュゼッペ・メアッツァのように改修を繰り返して、スタジアムを育てていく手もある。まずはスタジアムへの既成概念を捨てることが改革への第一歩になるはずだ。

注1:ジュゼッペ・メアッツァは、ロット駅を最寄り駅とした。試合日のみ市内からトラムがスタジアム敷地内まで走っている。

注2:ユヴェントス・スタジアムへのアクセスは、クラブ公式HPに「試合当日のみベルニーニ駅から9番のトラムがスタジアムへ運行される」と書かれている。実際には試合日以外にも9番トラムは動いているのだが、スタジアムから徒歩10分ほどの位置を通る別ラインとなる。だが、その情報は公式HPに記載されていない。十分にアナウンスされてないと考え、ここでは9番ラインは除外。地下鉄のベルニーニ駅からスタジアムへのバスが出ているため、同駅を最寄り駅とした。

注3:アンフィールドは開場が1884年と古いため建設費に関する情報が残されておらず、便宜的に2016年夏から始まる予定の改修費用を建設費とした。

(ライター:山口裕平/インフォグラフィック編集:櫻田潤)

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