イノベーションはノンコアから生まれる
サッカーにおける「ベストプラクティス」革命
2015/2/27
2月23日、FC今治の岡田武史オーナーが会見を開き、同クラブの新プロジェクトの全貌を発表した。その場に本連載の著者、馬場渉も出席した。SAP社が同クラブのビジネスパートナーとなる旨が発表されたからである。はたしてサッカーにおける「型」、そして「ベストプラクティス」とは。
SAPとFC今治とのビジネスパートナーシップ
元サッカー日本代表監督の岡田武史さんが今週会見を開きました。岡田さんがオーナーとなった愛媛県今治市にあるサッカークラブ、FC今治の新体制を発表したものです。
我々(SAP社)とFC今治のビジネスパートナーとしての取り組みも公にするということになり、私も現地に赴きました。
実は今週、FCバイエルン・ミュンヘンとも共同で、プレス発表が行われます。
発表場所は、ボストンで開催される『MIT Sloan Sports Analytics Conference』。多くの球団のコミッショナーやGMらが集結する世界最大のスポーツ・アナリティクス・カンファレンスです。
その場で、これまでドイツ代表、バイエルン、ホッフェンハイムなどと共同で進めてきたプロジェクトを統合した製品を告知します。試合分析や選手育成に関するものです。
さて、今週月曜日、初めて訪れた愛媛で車を運転しながら、ふと不思議な気持ちになりました。
かたや世界一のFCバイエルン。かたや世界で1000番に入らないだろうFC今治。
これ、なかなか通常起こりません。
何がって、グローバル企業ってときに面倒くさくて、いくら国内で話題だろうがなんだろうが、「協業パートナー選び」はグローバル基準で判断します。
「元日本代表の……」と言ったとしましょう。おそらく「で、日本ってFIFAランキング何位だったっけ?」と返ってきます。
日本は55位。返す言葉がありませんよね。
とりわけブランドイメージに関しては、とても特別な配慮を要します。
「せっかくペップのバイエルンと仕事をしているのに何でわざわざ……」と言う人だって社内にいるでしょう。
「何で今治?」と。
日本サッカーの「型」を作る
控室で岡田さんにお会いすると、ちょうど会見内容の最終確認をされていました。そこで改めて「あ、ホントに言っちゃうんだ(笑)」という気持ちになりました。
岡田さんは会見が始まり登壇すると、「今日はわれわれの新体制、それ以上に私が今回のプロジェクトを始めた想いをお話します」と冒頭でおっしゃられました。
このプロジェクトの目的は「日本サッカーの『型』を作る」ことで、そのきっかけは昨年のW杯における日本代表の早期敗退だったと。
取り組みの狙いを、岡田さんは明快に説明しました。
チャレンジとして「日本サッカーの『型』を作る」ことがまず先にあり、それを「岡田メソッド」として呼び、それを開発して全ての年代に一貫して実装していくことに決めたと。
で、それをやるにはどこでやるか? と考え、既存を踏襲したり一度それを破壊したりという手間を考えなくてもいい、ゼロからやるにふさわしいところを選び、またベストな指導者も集めたと。
そして今治でやると決めたら、日本サッカーの型を作るというチャレンジに加え、地方創生や夢や豊かさにまでどんどん夢が広がっていく……そんなご説明でした。
論理も明解で、それでいて夢も大きく、聞いているだけで気持ちがいい、大変心躍る話でした。
型があるから型破りがある
W杯終了後、あるスペイン人のコーチに「日本のサッカーには型がないのか?」と聞かれてハッとしたとのことです。スペインにはシチュエーションごとに標準化されたプレーのモデルが共通の原則として存在すると。
ある場所でボールを持った時、ファーストエリアの人間(ボールに一番近い人間)は何をする、セカンドエリアの人間は何をする、サードエリアでは何をする、そういうことが決まっているそうです。
日本サッカーにもないわけじゃないだろう? と私は思いましたが、岡田さんが言うんですから、あったとしてもきっとそれはないに等しいんでしょう。
岡田さんはさらに続けます。
「日本では型にはめちゃダメだとか、自分で考えさせるとか、そういう指導をしてきた。でも日本よりうまくやっているスペインが型を持っている。創造的なプレーもしている。型があるから驚くような型破りが出るんじゃないか? 自由なところから自由なものというのは生まれにくいのではないか?」
私はここでハッとしました。いろんなことが湧いて出てきて、いろんなことが繋がりました。
この話を聞くのは初めてではありません。この連載の以前の対談でも、「守破離」の話と共に聞いているのです。でも人間不思議なもので、状況が変わると聞こえ方が違うんですよね。
岡田さんが人生の次のチャレンジを大勢に披露する場で強調するのですから、教育者、指導者としてきっと何かを確信したのだろうと感じました。
私は個人的に、この「型」というのが大好きです。
連載の第1回でも「型」について触れています。先天的なものなのか、職業病なのか、今となってはわかりませんが、日々この「型」のことばかり考えていると言っても過言ではありません。
例えばSAPの収入の多くを占めるサプライチェーン・マネジメントの領域では、やはり「型」が定義され、それが共有され、ITの仕組みとしてアプリケーションに実装されており、今ではこれらがクラウドで利用できるようになっています。
Make to Stock(見込生産方式)、Assemble to Order(受注組立方式)、Built to Order(受注加工組立方式)、Engineer to Order(受注設計方式)。
それぞれのモデルごとに「設計」はどう、「原材料調達」はどう、「部品加工」はどう、「製品組立」はこう、「物流」はこう、と連動して動作するプロセスが事前定義されています。
誰でも流れがわかるようにプロセスがフローやツリーで可視化され、それぞれごとの管理ポイント、主要指標も定義され、ITに実装されています。
これがサプライチェーン業務の事実上のスタンダードとして世界共通言語となっています。
「原子力発電所」の保全管理や「医療機器」の保守なども、プロセスが定義されています。「軍」のコマンドコントロールも標準があります。
「販売」の業務にも商材やチャネルによって型が定義されており、「人事」の業務にも評価や報酬や後継者開発などに、やはり業界スタンダードと言われる型が存在しそれが実装されています。
これらをベストプラクティスと言います。
日本人は型を作るのが苦手なのではないか? という疑問をずっと持っています。
複雑なパターンや、一見異なる事象を抽象化しモデル化できない。
したがって標準を作れない、その標準を普及させられない。
上記にあげた「型」は、全て欧米で作られたものです。スポーツの分野でも、日本からルール開発を行って競技として成立させたスポーツがどれだけあるでしょうか?
欧州はEUを作っただけあって、複数の異なる個に共通する型を定義し実装することには本当に長けています。米国はこれが型であるというものをすり合わせることなく作って、それを強引にでも普及させる能力に長けています。
日本は誰かが作ったルールの中で精度を高め、誰よりもうまく実行することに長けており、また誰かが作ったルールを微調整することは得意です。
型と型の入れ替えや組み合わせでさらなるイノベーションが起こる
先日「Internet of Players」として紹介したような新しいテクノロジーによって、今では「型」をプレーモデルとしてITに実装することも、実際のプレーを「型」との比較で計測し評価することも可能になりました。
日本とアジアの子どもたちが横並びで、自分の能力開発の状況をベンチマークすることも可能になりました。
ポジショニングが上手い選手がいたら、その動き方のモデル、距離感の取り方のモデルを計測し、評価することが可能になりました。
同様の技術が使われている自動車の「テレマティックス」では、車間距離を計測可能です。
相手の車との相対的な距離感で保険料金が変動する「Pay How You Drive」などの保険も、海外では急成長しています。
接近し過ぎの事故リスクの計測モデルと、選手間のポジショニングにおける効果的なパス成功率モデルは類似性があるでしょう。
10分間のミニゲームの練習で、「常に2人以上の選手がパスコースに顔を出していたイベント数」を自動計測可能になります。受け手のポジショニングの良し悪しを、データで計測・評価できます。
型通りのパスに対してタイミングよく次のポジショニングをとれない選手に、データと映像で説明し、動機付けできるようになります。
オフェンスだけではありません。ディフェンス時も、相手選手のパス回数や成功率ではなく位置情報に基づいて、マークした選手がボールを受けた数、封じた数、自由にプレーされてしまった数、これらが計算可能になります。
同様のシステムを導入しているNBAなどでは、これらの計測と評価がすでに始まってきています。キーパーがシュート時に取ったポジショニングの適正さも、モデルとなる型との比較で検証可能になります。
モデル化されたものに対し、実際の個々の実績が数字で計測可能になり、評価可能になり、データと映像で検証可能になる。人間の歴史上、この手法によって効果を出さなかった事例があるでしょうか?
サッカーをもう一度シンプルに――。楽しみですね。
馬場 渉
Chief Innovation Officer, SAP