スタートアップのExit戦略といえば、多くの起業家がイメージするのはIPO(新規株式公開)でしょう。スタートアップを資金面で支えるVC(ベンチャーキャピタル)も、基本的に投資先のIPO時にリターンを得ることを想定しています。
しかし、昨今は株式市況の冷え込みにより、IPO時に大型の資金調達をしづらい状況が続いており、一部、ダウンラウンド(前回の資金調達時より株価が下がること)でのIPOとなる事例も見られるようになりました。
そんな中、スイングバイIPO(一度M&Aで企業傘下にジョインをしたうえで、ジョイン先のアセットを活用したIPO)を狙ったM&Aを選択するスタートアップが増えるなど、Exit戦略の多様化が進んでいます。
そこで今回は、「漠然とIPOを思い描いてきたけれど、他の可能性も検討するべき…?」と気になっている起業家の皆さんに、IPOとM&Aに至るステップとコスト感をおおまかにつかんでいただけるよう、ポイントをご紹介。投資銀行出身の当社M&Aアドバイザー、岸が解説します。
M&A Cloud Advisory Partners(MACAP)ディレクター 岸 貴大

慶應義塾大学経済学部卒。新卒でみずほ証券株式会社に入社。投資銀行部門にて、PEファンドをクライアントとした法人営業を行い、M&A及びIPOのオリジネーションを担当。その後、M&Aアドバイザリー部に異動し、化学、自動車・機械業界、その他中小型案件に対するM&Aアドバイザリー業務に従事。M&Aクラウド入社後は、スタートアップに対してM&A及び資金調達のアドバイザリー業務を提供。現在はMACAP2部でチームマネージャー兼アドバイザーとして従事。

IPOの準備コストは数億円。専門人材の採用が必要なケースも

Q これからExit戦略について考えたい起業家向けに、IPOかM&Aかを検討する際の観点をざっくり教えてください。
最初にお話ししたいのは、起業家にとって、M&AはまさにExit手段である一方で、IPOは必ずしもExitの機会とは言えないということです。その理由は、下記の記事(該当部分を抜粋)でも触れられている通りです。
IPOした場合、IPO時またはIPO後も経営者が持ち株の大部分を売るということは通常はありません。経営者が売れば、一番のインサイダー情報を持っている経営者自ら「会社をこれ以上成長させるのが難しい」と市場に発信しているようなものですから。一方で、株式を保有したまま株価が上がっていけば、それだけ含み益は積み上がりますが、経営者である以上、市場で一気に現金化できる機会はほぼないと言えます。
実際にIPO後、「市場で一気に現金化できる機会はほぼない」状況になり、持ち株を市場を介すことなく、直接譲渡できる先を探している起業家は少なくありません。当社でもそうした相談をお受けすることがあります。
この点も踏まえ、IPOかM&Aかで迷っている起業家にとって重要な観点としては、主に以下の4つが挙げられます。
①株価(バリュエーション)の最大化
②IPO/M&Aのプロセスにかかる費用
③起業家自身の株のExitと会社の成長の両立
④起業家として何を重視するタイプか
ただし、③④に関しては変数も多く、議論が複雑になってしまいます。今回は基礎編として、①と②の概略をお話ししたいと思います。
Q 分かりました。では、①から伺っていきます。株価がより高くなりやすいのは、IPO/M&Aのどちらですか?
IPO時の株価は、基本的に将来目線で算定されます。「1、2期先にはこれくらいの財務数値になる」という予測のもと、類似企業の株価から判断する「マルチプル法」がベースになります。
一方、M&A時の企業価値算定の考え方は、どちらかというと実績重視であり、将来の業績はより堅めに見積もられるケースが多くなります。特にITスタートアップの株価が高騰していた時期などは、「(将来のIPOを前提にした)資金調達によるバリュエーションに比べて、M&Aの交渉では高値が付きにくい」と感じるスタートアップも多かったようです。
ポイント①
M&A時のバリュエーションでは、将来の業績が堅めに見積もられる
もちろん、予実管理をしっかりしているスタートアップであれば、自社の立てた将来計画の確実性も増し、その結果、M&Aをする際のバリュエーションもIPO価格に近づいていくと考えられます。
なお、IPOを見据えながらも価格次第ではM&Aでの売却をする手法として、先ほど引用した記事でもご紹介したデュアル・トラック・プロセス(IPO準備とM&A交渉を並行して進める)があります。
デュアル・トラック・プロセスは米国ではすでに一般化している手法で、日本でも、2021年にPaidyが米国のPalpalにジョインする際に活用した例などがあります。昨年、当社がサポートしたDFA RoboticsのM&Aも、デュアル・トラック・プロセスで進められました。
ここで注意が必要なのは、デュアル・トラックでIPO直前までプロセスを進めるためには、膨大なコストがかかることです。納得の行く企業価値評価を得ることと引き換えに、金額面でもリソースの面でも大きな負担が生じることは、覚悟しておかなくてはなりません。
Q 先ほどの②の論点ですね。IPOとM&A、それぞれにかかる費用はだいたいどのくらいですか?
IPO準備では、N-3期(IPOする3年前)からN-1期までは年間数千万円、N期には数億円レベルの費用が発生します。
IPO準備コストのイメージ
対監査法人:
・監査費用 数百万~1,000万円

対証券会社:
・コンサル料 月額50~100万円弱(N-2期以降)
・株式引受手数料(=成功報酬) 公募総額の約5~10%対信託銀行:
・株式事務代行 数百万円(N期)

対証券取引所:
・審査料 約200万円 ※グロース市場の場合
・新規上場料 約100万円 ※グロース市場の場合
上記は外部パートナーへの支払い分をまとめたものですが、社内にIPO準備に対応できる専門人材(財務担当者⦅CFO⦆、IR⦅投資家向け広報⦆担当者、コンプライアンス担当者等)がおらず、新たに採用する場合には、そのための採用費や人件費も考慮しなくてはなりません。取締役会や監査役会の設置にも、数千万~数億円規模のコストがかかります。さらに言うと、IPO後も、上場維持費や監査報酬、株主総会運営費、株主関連の書類作成費などで年間数千万円がかかってきます。
一方、M&Aを選択した場合には、必要な費用はかなり抑えられます。M&Aアドバイザーを起用する場合にはアドバイザリー手数料、その他必要に応じた専門家のアテンドによる費用を含め、規模にはよりますが合計で数千万円程度が目安になります。
ポイント②
費用の目安は、IPO準備は数億円、M&Aは数千万円

ショートレビューの結果次第で、M&Aに舵を切る手も

Q 費用面では、IPOの方が圧倒的に負担が大きいのですね。それでもデュアル・トラックで検討したい場合、IPOとM&A、それぞれいつ頃から準備が必要ですか?
IPO準備は、通常は3、4年、最短でも2年近くはかかる長期のプロジェクトになります。
M&Aの場合は、売却に動き始めてから、最終的にクロージングして着金するまでおおむね6カ月~1年程度。アドバイザーを決め、必要資料をそろえ、買い手候補を見つけて交渉……というプロセスを短期集中で進めることになり、IPO準備とは時間軸が大きく異なります。
Q 最終的にM&Aを選択するとなると、IPO準備プロセスを中断することになりますね。どのタイミングで方向性を決めるべきですか?
デロイトトーマツ「株式上場(IPO)までの流れ」より転載
IPO準備は、主幹事会社(IPO準備のスケジュール管理、公開価格の決定などで中心的な役割を担う証券会社)を選定するN-2期以降、金額面でもリソース面でもどんどん負荷が増していきます。もし、M&Aにも関心があるのであれば、N-3期に実施されるショートレビュー(IPO準備に本格的に取り組める会社かどうかを見極めるとともに、解決すべき課題を明らかにする)の結果次第で見極め、M&Aに舵を切る手もあります。
ポイント③
N-3期のショートレビューで、IPOへのハードルを見極める
一方、極論を言えばIPOに関しては、証券取引所へ上場申請を行うまでは撤回することは可能です。関係各所に迷惑をかけないよう、極力早い段階での意思決定は望まれますが、逆にいえば、そのタイミングまではIPOとM&Aで迷うことはできます。
以下、IPO準備の主な流れを紹介しますので、参考になれば幸いです。
N-3期:監査法人を選定し、ショートレビューを受ける時期。レビュー結果を受けて、コンプライアンス担当者の採用、システム整備などを進めるケースもあります。
N-2期:主幹事証券を選定する時期。ガバナンス体制の整備も、この時期には始めておく必要があります。
N-1期:約6カ月にわたる証券審査(N期の取引所審査の前段階として、主幹事会社が行う)が行われる時期。多数の書類提出などに対応するため、専門人材を採用し、上場準備室を設置するケースも多く見られます。
N期:上場申請を行い、証券取引所による取引所審査、監査法人による最終的な監査を受ける時期。上場前には、有価証券届出書や目論見書などIR資料の作成も必要です。
Q IPO/M&Aで迷っている起業家の皆さんに、一番伝えたいことは?
自社の成長戦略のスピード感や規模感に合わせる観点で、最適な道を選択することだと考えます。
もし、顧客基盤や販路、ネームバリュー、資金力など、他社のアセットを活用することが成長の起爆剤になりそうなのであれば、M&Aは効果的な戦略の一つと言えるでしょう。M&Aを選ぶとなると、過去の資金調達時に出資してもらった投資家に対するうしろめたさから、切り出しづらいと感じる方もいるかもしれませんが、投資家としても資金化できる機会が増えるということは決して悪いことではないと考えます。
なお、MACAP(M&A Cloud Advisory Partners)では、スタートアップM&Aの企業価値評価を最大化するという強い思いのもと、起業家に寄り添ってフェアバリュー実現の方策を考え、ときには事業計画の見直しなども含むサポートを行っています。まずは無料相談からお受けしていますので、随時ご連絡ください!

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