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Weekly Briefing(メディア・コンテンツ編)

「アメリカン・スナイパー」大ヒット。イーストウッド映画の稼ぎ方

2015/2/24
Weekly Briefingでは毎日、ビジネス・経済、メディア・コンテンツ、ワークスタイル、デザイン、スポーツ、中国・アジアなど分野別に、この1週間の注目ニュースをピックアップ。火曜日は、世界と日本のメディア・コンテンツ・マーケティング関連のニュースをコメントとともに紹介します。

2月23日、毎年恒例の米アカデミー賞が発表された。今回のWeekly Briefingでは、ハリウッドの話題について、『アメリカン・スナイパー』を軸にしながら取り上げたい。

Pick 1:イーストウッドの、大当たりしないが、効率的な映画づくり

アメリカン・スナイパー、広がる反響 受賞逃したが戦争映画では過去最高の売り上げ 産経新聞(2015年2月24日)

クリント・イーストウッド、“84歳にして生み出したキャリア最高ヒット作が語るもの” 『CUT』(2015年3月号)

Eric Chemi, Eastwood’s biggest film ever? The bar started low CNBC.com(2015年1月27日)

今年のアカデミー賞の候補作は、『バードマン』『6才のボクが、大人になるまで。』など、通好みなインディーズ系作品が中心だった。その中で、数少ないメジャー作品としてノミネート(作品賞など5部門)されたのが、クリント・イーストウッド監督の「アメリカン・スナイパー」だ。

本作は、イラク戦争に従軍した伝説のスナイパー、クリス・カイルの人生を描いた実話だ。世界での興行収入は、2月22日時点で4296万ドルに到達。戦争映画としては、『プライベート・ライアン』を抜き、歴代トップの興行収入となった。

2月21日には日本デビューを飾ったが、公開当日に観に行ったところ、席は満席。イーストウッド映画の中では、『グラン・トリノ』にはかなわないものの、ベスト3に入る名作だと感じた(私の評価は、5段階評価で4)。

平均収入は低いが、作品数はダントツ

イーストウッド作品の特徴は、(私のような)熱狂的なファンはいるが、大当たりしないことだ。以下に過去のイーストウッド作品興行収入トップ10(インフレ調整後)を記した。
図1_イーストウッド映画興行収入歴代トップ10

これまでの最大のヒットは1992年に公開した『許されざる者』(約2億ドル)。その後、23年間破れなかった記録を、『アメリカン・スナイパー』は大幅に更新した。今の勢いが続けば、興行収入は確実に5億ドルを超えるだろう。

イーストウッド監督のもうひとつの特徴は、とにかく多作であることだ。84歳までに創った映画は33本に上る。大当たりはないものの、限られた予算で安定した成績を残してきた。

イーストウッド流の映画創りの独自性は、ほかの監督と比べるとより際立つ。

イーストウッド監督が手がけた全33作品の平均興行収入は4670万ドルで、全作品合計の興行収入は15.4億ドルに上る。それと対照的なのが、ジョージ・ルーカスだ。たった6作品で合計17.4億ドルを稼ぎ出している。平均興行収入は2.9億ドルとイーストウッド監督の約6倍だ。
図2_監督別・合計興行収入ランキング_1

イーストウッド監督が多くの作品を創れる理由

なぜイーストウッド監督はこんなに多くの名作を創ることができているのか。言い換えれば、なぜ次々と監督のオファーが舞い込むのか。その理由のひとつは、彼のスマートで効率的な仕事のスタイルにある。

・映画のコストを必ず予算以内に収める

・映画をスケジュールより前倒しして終わる

・リハーサルは行わず、本番一本勝負

・脚本から逸脱しない

これらの流儀に付け加えると、イーストウッド監督は時流におもねることなく、自分の流儀で、自分の創りたい作品を創っているから、こんなにも長寿で多作なのではないだろうか。

イーストウッド監督は、インタビューでこう答えている。

「戦争映画は一定の期間でブームがやってくるよね。1作か2作ヒットすると、誰もが作りたがるようになる。ただ、わたしにとってはそうした時代性は無関係だ。ある時代に合わせて特定のジャンルの映画を作ろうとは思わない。企画をオファーされ、それが興味深い話であれば、伝えるだけの話だ。

(中略)わたしはいろんなジャンルの映画が好きだ。この映画をやる直前は『ジャージー・ボーイズ』をやっていて、毎日当時の音楽を聴くのを楽しんでいた。ところがこの映画では突然、戦車とかと一緒に仕事をすることになった(笑)」(『CUT』〈2015年3月号〉より)

Pick 2:ストーリー・イズ・キング。映画のヒットで原作本もバカ売れ

Andy Lewis、‘American Sniper’ Book Sales See Continued Bump From Movie’s Success The Hollywood Reporter(2015年2月6日)

日本では、映画の原作として小説が用いられることが多いが、それはアメリカも同じ。今回の『アメリカン・スナイパー』の大ヒットにより、原作本もバカ売れしている。

紙と電子を合わせて、今年に入ってすでに70万部を販売。現時点で今年一番のベストセラーになっている。同作は2012年の発売以来、昨年までに120万部売れているので、今年の売上を足すと累計200万部突破は確実だ。

紙、本というメディア自体は衰退トレンドにある。しかし、ストーリーそのものはどんなフォーマットでも普遍の価値がある。むしろ、フォーマットが増えることによって、ストーリーの価値は高まっているとすら言える。この記事によると、一流の脚本家の年収は、数年前の800万円から1億円にまで跳ね上がっているという。

「ピクサー流 創造するちから」の中で、ピクサー・アニメーション・スタジオの共同創業者のエド・キャットムルは、「ストーリー・イズ・キング(ストーリーが一番偉い)」というピクサーの原則を紹介している。

「スト―リー・イズ・キング」は業界や国境を超えた、大きなトレンド。日本でも今後は、ストーリーテラー、クリエーターの価値が、跳ね上がるのではないだろうか。

Pick 3:スター俳優の出世キャリアを考える

ブラッドリー・クーパー“亡きカイルとその家族へ捧げた思いを語る” 『CUT』(2015年3月号)

『アメリカン・スナイパー』に主演したブラッドリー・クーパー。アカデミー主演男優賞候補にもノミネートされるなど、近年の活躍は目覚ましい。

ただ、彼が今回の映画で務めたのは“主演”だけでない。本作は彼にとって、プロデューサー・デビュー作ともなった。クーパー自身が、強く映画化を望み、主人公のカイルへアプローチ。憧れのイーストウッドに監督を依頼したのも彼だ。

クーパーのように、スター俳優からプロデューサーに上り詰めるキャリアはハリウッドでは珍しくない。レオナルド・ディカプリオも、2004年の「アビエーター」以来、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」など複数の作品でプロデュースを担当。ブラッド・ピットも、プロデュース作品の「それでも夜は明ける」が昨年アカデミー賞を受賞した。

こうした現場からマネジメントへ駆け上がるキャリアパスは、俳優一本やりで生きていくことが多い日本とは異なる点だ。もちろん、役者とプロデューサーの才能は違うだろうが、もう少し日本でも、スター俳優兼プロデューサーが増えたら面白いと思う。

今の時代は、ドラマや映画の存在感・責任感において、主演俳優の占めるウェイトが高い。作品がコケた際、まずたたかれるのは主演俳優だ。ただ、作品のクオリティ全体を決め、責任を持つべきは、やはり映画の“経営者”たるプロデューサーだと思う。

おそらく主演俳優の中には、「これはプロデューサー・監督・脚本が悪いから外れたわけで、私の責任は少ない」と愚痴りたくなることもあるのではないか。ぜひそんなクリエイティビティを持て余しているスター俳優に、プロデューサー業へ進出してもらいたいものである。きっと、スター俳優にしかできない、絶妙なプロデュースがありうるはずなので。

※Weekly Briefing(メディア・コンテンツ編)は毎週火曜日に掲載する予定です。