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大前研一ビジネスジャーナル No.2

イオニストは“低欲望社会”の被害者

2015/2/23
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第二弾である「大前研一ビジネスジャーナル No.2」(初版:2014年11月28日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。今回も前回に引き続き、国内消費者のリアルな姿、そしていかに日本からイノベーションを生み出すかについて大前研一氏に聞く。(2014/10/17取材 文責:good.book編集部)

シニアニーズのキーワードは“ユニークな経験”

私は、シニア層の消費スタイルを“やけっぱち消費”と呼んでいるんですが、シニアに人気があるJR九州の豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」は、3泊4日で高いプランは130万円もします。お決まりのパッケージで30人一緒に旅するのに100万円以上払うと。しかも、帰る時に次の予約をしていく人が10組に1組いるっていうんですから驚きです。

要するに、ためたお金は天国までは持っていけないので、たとえ100万円でも、2回でも3回でも行こう、と思うわけです。この、ななつ星の利用者は非常に象徴的で、あのセグメントというのはお金を持っていて、しかも使い方が思い切っている。

でも私は、それはちょっと投げやりじゃないかなと思います。それだったら、自分でオリジナルの旅でも計画して、仲のいい2ペアくらいで行ったほうが面白いんじゃないの、と思いますよ。

JR九州には悪いけれど、そう思いますね。私は「バイクでも乗って、ジェットスキーでもやって、もっといろいろ自分なりの遊びを見つけろ」と言うんですが、皆「もう今さらなあ…」という感じです。全部パッケージで用意されて、ゴージャス、ラグジュアリーって言われると、いい気持ちになっちゃうんでしょうね。

けれど私は、ななつ星のようなものはまだ本物の消費者ニーズではないと思います。つまり、これは彼らが本当に求めているものではなくて、彼らが求めているのは、心から「本当にいい思い出になった」というものだと思うんです。

もうちょっとアクティブで、他の人が行かないような、自分なりのユニークな経験を皆求めている。それが、シニア消費というものの中心で、ここのところにバチッとヒットした商品やサービスを提供している会社はまだないと思う。そのあたりのユーザーやニーズに関するきちんとした統計もないので、そこに刺さるものを提供しているところがないんです。

大前研一(おおまえ・けんいち) ビジネス・ブレークスルー大学学長 、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長。マサチューセッツ工科大学(MIT)にて工学博士号を取得。経営コンサルタント。1994年までマッキンゼー・アンド・カンパニーで日本支社長アジア太平洋地区会長、本社ディレクター歴任。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。現在、UCLA教授、ボンド大学客員教授、(株)ビジネス・ブレークスルー代表取締役をはじめ、グローバル企業の取締役など多数。

大前研一(おおまえ・けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長 、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長。マサチューセッツ工科大学(MIT)にて工学博士号を取得。経営コンサルタント。1994年までマッキンゼー・アンド・カンパニーで日本支社長アジア太平洋地区会長、本社ディレクター歴任。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。現在、UCLA教授、ボンド大学客員教授、(株)ビジネス・ブレークスルー代表取締役をはじめ、グローバル企業の取締役など多数。

“イントロダクション”と“仲間”の重要性

私が運営に携わっているシニアのコミュニティ施設「スマートコミュニティ稲毛」というところがあります。そこに居る人たちを見ていて思うのは、彼らのニーズを上手く引き出してあげるには“イントロダクション”、つまり導入が必要だということです。

例えば、いきなり「船で沖釣りに行きましょう」と言うと、あまり反応が良くないんです。ところが、「岸からタコでも釣りましょうか」と言うと、参加者がいっぱいになってしまう。

ほとんど全員が1匹以上釣れて、何回も行くうちに、みんなだんだん楽しくなってくるんです。それで、自分たちの釣ったタコを施設で調理してもらって、その晩みんなで食べるわけです。これはみんなハマりますね。だんだんとハマってきて、「じゃあ次は別の所へ行って、もっと他のものを捕ろうよ!」ということになってくる。

このように、イントロダクトリー・トレーニング・プログラムというような、良き主導者が居てイントロダクション(導入)をきちんとしてあげて、ちょっとずつ段階を踏んでやっていくということが効果的です。

楽器のレッスンでも、みんなで少しずつ合奏なんかやっていると、だんだんと欲が出てくるし楽しくなってくるじゃないですか。習い事でも、本当に親身になって教えてくれるインストラクターと、一緒にやって楽しめる仲間がいること、これがとても重要なんです。

それから、多摩丘陵のような通勤ベッドタウン、こういう感じの所で定年を迎えてしまうと、周りに何かを一緒に楽しむ仲間が居ない。これは、シニアにとって非常に深刻な問題ですよ。やはり人間最後は、遊んでくれる仲間と一緒に居たいんです。これは世界的な傾向ですね。

英国人のシニアは、ポルトガルの田舎町で群れています。クロアチアあたりに行く英国人も居ますが、とにかく引退したら、もうイギリスには住まない。ドイツ人のシニアも、トルコに行って群れています。私はそういう世界中のアクティブ・シニア・タウンを見てきていますが、世界的に共通して言えるのは、やはり「シニアは仲間が居ないとダメだ」ということです。

イオニストは“低欲望社会”の被害者

一方、若者層の現状はどうか、ですが、ららぽーとで買い物をする“ららぽーたー”とか“イオニスト”(イオンなどのショッピングモールを中心に、買い物・食事から冠婚葬祭までの多くの消費行動を賄う若者層)と言われている人たちは、自分たちはそれでいいと思っているんです。

一方、企業にとっては、大量の消費者を三井不動産とイオンに取られてしまっていますから、深刻な問題ですね。でも、イオンで群れている人たちを変えていくというのは至難の業だと思いますよ。イオニストの行動範囲は半径5キロ以内なんですが、今、イオニストに限らず「遠くに行きたくない」「できるだけ動きたくない」という人が増えているようです。

これは私の知人から聞いた話ですが、彼の会社でアルバイトを募集する時、面接に来た人に「趣味は?」と訊くと、「別に」と答える人が多いと。それから「最近、どこかに旅行した?」と訊いても、ほとんどの人が「別に」と答えるそうです。つまり、やりたいことも行きたい所もないと。イオニストと同じように、近所の友達と集まって何をやるかということ以外に興味がないんです。

私は学校もやっていますが、私のところに来る人の半分は「起業したい」という野心を持った人たちです。ですから、世の中には、そういう上昇志向の人たちも居るということはよく分かっています。しかし、今の日本全体の流れから見ると、やはりイオニストの圧勝でしょうね。

私は、彼らに対してアンビションを持ちなさいと言うつもりはないです。この人たちは、そういうことを聞く耳を持っていませんから。でも、消費意欲はあって消費者としては優良ですから、ABCマートやユニクロは、どんどんイオンで商売したらいいと思いますよ。

こうしたイオニストのような人々は、打ち続く20年の低成長時代の日本が生み出した“低欲望社会の、最も不幸な被害者”です。この人たちがあそこを抜け出して、韓国や中国、フィリピンやインドネシアに居るような、あのアグレッシブな若者たちと闘っていけるとは思えないですよ。

これは非常に憂慮すべきことですが、仕方ありません。この20年間、日本の国はこのような流れに対して、何もしてなかったんです。日本という資源も何もない国を、世界第2位の工業国家までもってこられたのは、高い志、アンビションがあったからです。政治家は今のような時代こそ、若者に「大志を持て」と言わないといけないのに、この20年間の首相の演説で、そういうスピーチを一度も聞いたことがありません。

安倍さんも3本の矢なんて言っていますが、ダメだよねと。4本目の矢で靖国参拝とか、そっちのほうで名を上げていますから。隣の国からも嫌われるようなことを平気で言うような首相だから、開放経済には向いていないですよ。どんな世界でもリーダーたる人は、若い人をアンビシャスにするということが非常に重要だと思いますね。

若者の“アンビション”を育てるのがリーダーの責任

私は韓国・ソウルで二つの大学の教授をやっています。一つは高麗大学校、もう一つは梨花女子大学。高麗大学校はビジネススクールなんですが、そこの学生たちは、「君たちはこれから多国籍企業に入ってアジア本部長になるかもしれない。そのために経営の勉強をするんだ。そのために英語の勉強をするんだ」と教えられています。

多国籍企業のアジア本部長になれば、その下に日本人も中国人もオーストラリア人も居るわけです。私も実際にマッキンゼーでアジア本部長をやっていたので、そのあたりはよく分かります。大学時代に、将来のポジションまで限定して人を育てるというのはすごいと思いますよ。日本の大学でそんな教育をしているところはなかなかありません。

一方、女子大学としては世界最大規模の梨花女子大学では、教授たちはまた全然違うことを言っています。すなわち「全てのエスタブリッシュメントは男社会です。本学に来た優秀な女子が、普通の会社に行って出世の機会がないのはもったいない。

だから偏見のない国際機関、国連や世界銀行、WTOなどに入って、アジア本部長になってほしい。そういう人間をわれわれは育てているんです」と。大学のほうでそこまで言ってくれると、自分は何のために勉強するのか、非常に明確になります。

そういう教育をしてきたから、韓国からは最近、語学も非常にできて、国際社会で活躍できる人間が多く育ったわけです。こうした風潮は、金大中大統領以降です。だから、まだ15年の歴史しかありませんが、二度とIMF管理の屈辱を味わわないぞ、ということを言って始まった社会改革が、今そういうところで結実しているわけです。

リーダーは、若い人に「こういうものに自分はなりたい」と思わせるものを見つけるよう、アンビションを持つよう、語り続けないとダメなんです。日本にはそういうリーダーがいないから、イオニストのような人々が繁栄してしまう国になってしまった。人々にアンビションを抱かせること、これはやはりリーダーの大きな責任です。

(2014/10/17取材 文責:good.book編集部)

※本連載は毎週月曜日と木曜日に掲載予定です。

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