2023/5/22

変わりゆく働く人の価値観と「選ばれる」企業に必要なこと

News Picks Brand Design Senior Editor
 働く人々が、企業に対して求めるものが大きく変わりつつある。
 金銭的な報酬よりも幸福度を優先するZ世代が社会に進出し、働き盛り世代も以前に増して「幸福に働く」ということを意識するようになってきた。
 こうした変化は、企業側にも大きな変化を迫っている。
 社員に「人として幸福に生きること=ウェルビーイング」を提供できるか否かが、人的資本経営や人材獲得の面でも重要になってきているからだ。
「幸せに働くとはどのような状態か」「どうしたら幸せに働くことができるのか」について、三井不動産が主催したイベント「WORK STYLING Well-Being Week 2023」のトークセッションを基にレポートする。
パーパス経営によって、企業と社員はどう変わるのか。ソニーと三井不動産の組織変革を例にした対談形式のトークセッション。パーパスをどのように策定し、どう運用すべきか。パーパスを軸に組織変革が成功するまでのプロセスが、具体的なエピソードを交えて語られた。

ソニーを復活させた"KANDO"という理念

岡村 佐宗さんが代表をされているBIOTOPEは、さまざまな企業に対して、パーパスや従業員が心がけるべき信条や行動指針を示す「Credo(クレド)」の策定を手伝っていますよね。
 そもそも、なぜ、企業のパーパスに関心を持たれたのでしょうか。
佐宗 きっかけは、前職のソニーでの経験です。
 ソニーは2009年から業績の低迷が続き、2014年頃には株価が現在の10分の1くらいにまで落ち込みました。
 業績悪化の影響として深刻だったのが、当時の一社員目線から見た時に会社がアイデンティティを失っていたことと、社員が会社の未来に希望を持てなくなっていたことです。
多摩美術大学特任准教授。東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノア等のヒット商品マーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンターの新規事業創出プログラムの立ち上げ等に携わった後独立。BtoC消費財のブランドデザイン、ハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザイン等を得意としている。著書、『模倣と創造 13歳からのクリエイティブの教科書』『直感と論理をつなぐ思考法』等。
 当時のソニーは祖業のエレクトロニクス事業が不調な一方、金融事業やエンターテインメント事業などが成長してきたこともあり、社員たちは“ソニーが何の会社なのか”“自社がこれからどこに向かっていくのか”がわからない状態に陥っていました。
 また、「社内で新規の事業提案や商品企画を提出してもどうせ通らないだろう」と諦めてしまう若手社員も多く、社外活動に勤しむ社員も散見されました。
岡村 状況が改善に向かったきっかけはあるのでしょうか。
2001年に三井不動産に入社し、オフィス営業を経て、三井デザインテック㈱ワークスタイル戦略室にてオフィスを活用した働き方改革のコンサルティング業務に従事し、これまでに刷新したオフィスは約30社5万坪。22年4月より現職。人的資本経営・Well-beingをテーマに、日本企業の働き方を変えたいという想いで、三井不動産のシェアオフィス・WORKSTYLINGの事業戦略を担当。
佐宗 個人的に大きい変化点だなと感じたのが、2019年に平井一夫社長が、ソニーの目指す方向性を“KANDO(感動)”と定めたことです。
“ソニーはユーザーに感動という価値を提供していく”というパーパスができたことで、社員全員が“感動”という方向性に向かって自由な発想、提案ができるようになりました。
 それと同時に、30代の社員が新規企画を出す仕組みを平井社長が応援してくださり、トップダウンでのリストラと並行して、ボトムアップでの価値創造の風土を作る改革が進んでいきました。
岡村 なぜ、パーパスによって、社員の動きが変わったのでしょうか。
佐宗 誤解を恐れずに言うと、パーパスを定義することは、企業に人格を与えるうえで一番効果があると思います。
 KANDOを例に言うと、社員一人一人がソニーでの事業活動を通じて感動させる人にならなければいけない、と言うメッセージなんですよね。
 企業改革には、自社が何者なのかというアイデンティティと、どこを目指すのかというビジョンが必要になります。
 この2つが社内に浸透したことで、利益が出るかという近視眼的な視点から、社員の視座が上がりました。
 自社が何を目指しているのかが明確になると、社員も頑張るベクトルや努力の手応えを感じやすくなる。きっと仕事自体が楽しく感じられるはずです。
 こうした改革をきっかけに、30代のエンジニアが中心となって、新商品を提案する動きが生まれ、徐々に社内が良いサイクルに変わっていったと思います。

改革派を16%まで増やせ

岡村 会社の文化や考え方を変える際に、抵抗勢力は出てこないのでしょうか。
佐宗 おっしゃるとおり、一筋縄ではいきません。
 改革を成功させるには、改革派の割合を16%まで増やすことが重要ではないかと思っています。
 ロジャースが提唱したイノベーションの普及理論では、新しい概念に積極的に飛びつく、イノベーター、アーリーアダプターはだいたい16%の人と言われています。
 まずは、潜在的に変化志向のある人にしっかりと火をつけ、動き始めることが、その後のマス層を動かす上で大事な施策なのです。
 変革の取り組みには当然反発も出てきます。しかし、この反発というのは必ずしも悪いことではないんです。
 反発している人は、その人なりのこだわりがあって反発しているケースが多いんです。
「改革によって、出世の面で不利益を被るのではないか」
「改革するのは総論賛成だが、自分の部署の仕事がやりづらくなるかもしれない」
「異動の予定があるから、面倒なことはしたくない」
 それぞれの主張には、彼らなりの理屈があります。
 それらに耳を傾けながら、特に、反発している層と対話をし、彼らが守りたい大事なところを守りながら変化させていく、ということに納得してくれれば組織は動きます。
 また、パーパスを軸に社内改革を進める上で大事なことは、役員会議が変わることだと思います。
 パーパス経営がうまくいっている会社は、役員クラスの人たちが“なぜ自分たちはこういう事業をやっているのか”という自分たちの哲学を考える機会を持っています。
 役員会議が、このような答えがない議論をできる風土があるんです。
 目先の事業戦略よりも、WHYから問いを立てて一段階抽象度を上げた課題設定で話し合うことで、会社の未来像をより広い視野かつ、より長い目線で考えられるようになります。
 経営があまり上手くいっていない企業の場合、役員会議が意思決定の場ではなく、事前の根回しの結果を承認する場になっている。
 でも、上手くいっている会社の役員会議を見せていただくと「なんでうちの会社はこの事業をしているんだっけ」「社会に貢献する視点から言うと、こういう事業展開も可能性があるんじゃないか」と議論の場になっているんです。
 つまり、事業戦略とかWHATではなく、WHYのレイヤーで話しているんですよね。
 自社の未来について、少し青臭いくらいの議論ができる雰囲気があるかによって、これからの時代の企業生存に差が出るかもしれません。

新しいパーパスを備えた”働く場所”

岡村 三井不動産が運営するシェアオフィス「WORK STYLING」でも、佐宗さんの視点を取り入れて改革を進めています。
 WORK STYLINGが新規事業としてスタートして、5年が経ちました。
 当初はリモートワークがまだ一般的ではなく、“働く場所の選択肢を提供する”という目的でスタートした事業でした。
 今回新たに、パーパスを策定し“すべてのワーカーに幸せな働き方を”と定め、「学び」や「つながり」を通して“幸せな働き方”の「きっかけ」を提供していきたいと考えています。
「学び」や「つながり」をさまざまなレイヤーで設計し、提供していきます。
 特に企業や組織の枠を超えて、共通の社会的な課題を解決するために、持続的な相互交流を通じてナレッジ等を共有し、実践していくコミュニティ「実践コミュニティ」の組成をサポートし、会員様のビジネスにも活かしていただく機能をご用意する予定です。
 WORK STYLINGは現在約25万人の会員がいらっしゃいます。企業や社員の方々が横断的に交流の場を提供できるインフラとなっていけたら嬉しいですね。
佐宗 「共通のキーワードや課題を持っているけれど、同じ部署じゃない」くらいの距離感との交流が一番刺激になるんですよね。
 WORK STYLINGという、職場でも、自宅でもないサードプレイスが刺激になって、新しいビジョン、他社との協業のきっかけが得られると、働くことがもっと楽しくなるはずです。
本テーマに関わる登壇者佐宗邦威氏の新著「理念経営2.0〜会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ」https://amazon.co.jp/dp/4478114501/
海外の事例、国内の先進事例を踏まえたウェルビーイング最前線についてのトークセッション。Z世代が抱く働くことへの価値観とは。AIの台頭で私たちの働き方はどう変わるのか。人事制度や仕事とプライベートの関係の変化にも話題は広がった。

ウェルビーイングの市場規模は750兆円以上

奥本 私は普段は米国シリコンバレーに在住しており、ウェルビーイング分野のスタートアップに投資する企業で活動しています。
 米国では近年、ウェルビーイングに高い関心を払うようになりました。
米国Yahoo!のバイス・プレジデントを経て、ウェルビーイング・テック特化ベンチャー・キャピタル「ニレミア・コレクティブ」を設立、マネージング・パートナーを務める。日米ビジネスの投資&事業開発会社、アンバー・ブリッジ・パートナーズ代表。米国シリコンバレー在住。
 こうした傾向の背景には、3つの要因があります。
 1つ目はウェルビーイングの計測技術の発展です。
 以前は人のウェルビーイングを客観的に計測することが難しく、社会も企業も課題として設定することができませんでした。
 しかし、Apple WatchやFitbitなどに内蔵されているウェアラブルセンサーの発達により、装着者の運動不足や睡眠不足といった健康状態や自律調節活動を表す指標(HRV)を計測できるようになりました。
 こうしたデータから幸福度を間接的に計測可能になったことが、ウェルビーイングへの関心を高めています。
 2つ目は投資環境の変化です。
 ESG投資の文脈の中にウェルビーイングが位置付けられ、社員のウェルビーイングに注力していない企業は投資を受けにくくなりました。
 こうした環境変化が、企業がウェルビーイングに取り組む後押しになっています。
 3つ目は市場規模の拡大です。
 コロナ禍で外出規制による運動不足の解消、メンタルケア、フードテックといった健康や生活の質を向上させるようなサービスや製品が数多く世に出ました。
 こうした私たちの生きていく上での幸福度を直接向上させるサービスの市場は、現在750兆円規模と推計され、2026年には880兆円まで伸びるといわれています。

Z世代の優先度は「幸福度>お金」

山本 社員の幸福度を考えないと、企業側も人材確保や採用が難しいという時代になりつつありますよね。
ニューヨーク州立大学大学院を修了後、新卒でP&Gジャパン人事部に入社。工場人事責任者や日本/韓国の人材開発責任者などを担う。その後、J&JとGEにて日本やアジア太平洋地区の事業部人事責任者を務める。2021年7月にメルカリJPのHRディレクターとしてメルカリに入社、22年7月より現職。
奥本 そうですね。
 若い世代の価値観の変化は、かなり急速に起こっているという印象を受けていますが、それに対して社会や企業の価値観のアップデートが追いついていない状況です。
 総合コンサルティング企業のデロイトが、全世界にいる自社のZ世代社員に対して、価値観の調査をしたそうです。
 そのなかで、「あなたにとって一番大事なものは何ですか?」と聞いたところ、過半数が「ウェルビーイング」と答えました。
 出世やお金が働くモチベーションだった前の世代に比べると、価値観の差は大きいですね。
山本 10年ほど前に比べると、隔世の感がありますね。
 自分は2000年代後半から2010年代にP&Gで働いていたのですが、“社員はコーポレートアスリートであれ”という職場環境でした。
 アスリートがスポーツに臨むときのように、社員は仕事のアスリートとして毎日コンディションを整えて、最高のパフォーマンスを出しましょうというものでした。
 振り返るとあの頃は、「キャリアの実現=幸福」という時代だったと思います。
 当時受けたライフとキャリアに関する研修で印象的だったのが、人間のキャパシティには限界があるから、自分の役割を5つまでに絞りましょうという話でした。
 5つと聞くと結構選べそうな気がしますが、自分の役割を指折り数えていくと、「父」「夫」「人事のプロ」「フィットネス愛好家」「地域の一員」とあっという間に5つを超えてしまうんです。
 趣味のサーフィンや大好きな文学などを入れる余裕はありませんでした。
奥本 働く上ではプライベートを諦めるのが、当たり前でしたよね。
「仕事優先が当たり前」という時代が長く続いた背景にあるのは、“従業員は企業に従属するもの”という考え方が支配的だったからでしょう。
 しかしながら、Z世代をはじめとする若い世代は“企業はライフステージのプラットフォーム”と捉えています。
 彼らは家庭や趣味も含めた人生の全体像を考え、”企業は理想の人生を実現するための一つの手段”に過ぎません。
 企業が明確なパーパスを持っているか、社会貢献意識を持っているか、従業員の心身の健康に配慮してくれるか、プライベートなライフサイクルの変化に対してサポートしてくれるかといった点を注視していますね。
山本 そういった視点は、人的資本経営という観点からも重要になってきていますね。
 私は現在、メルカリで人事制度の設計や組織構築に関わっています。
 企業としての成長を実現するためにも、社員のパフォーマンスや会社の掲げるバリューに沿った行動発揮が高まるように、柔軟な働き方を提供したいと考えています。
 メルカリで思いっきり働いていただく上での障害を、できるだけ取り除けるような福利厚生も充実させたいですね。
 やはり、社員が楽しく働けないと、最高のパフォーマンスは発揮されませんし、中長期的に見れば優秀な社員を採用できなくなるという危機感を持っています。
 ただ、“従業員のウェルビーイング向上を目指す”と言っても、社員が企業に求めるサポートって人によって異なるんですよね。
 メルカリは外国籍や若い世代の社員も多いため、多様な価値観を反映しつつ、どう制度をデザインすべきか試行錯誤を繰り返しています。

幸福に成長できる場所の作り方

奥本 社員が企業に求めることが変わる一方で、企業も社員に求める要素が変わってきています。
 近年はAIの進歩が著しく、自然言語で質問をすると、的確な回答を瞬時に出してくれることで話題となったChat GPTをはじめ、画像作成や文章生成といったクリエイティブな分野でも、AIが従業員の仕事を代替できるようになりつつあります。
 こうした変化を受けて、私たちはテーマや目標を持って仕事に向かうことが重要になるでしょう。
 願望や希望が個人を動かし、企業や社会を変えていくようになる。
 こうした課題意識を持って取り組むような仕事は、AIにはできません。
 AIの進歩を不安に思う人も多いかもしれませんが、これって非常に楽しい変化だと思うんです。
 高度経済成長期であれば、多くの企業はパーパスを持っていなかったし、従業員の仕事もマニュアル化されていました。
 企業は利益追求、社員は企業への従属と役割が固定化されていた。
 それで社会が良くなると信じられていたから、企業のパーパスや社員の課題意識は重視されなかったのです。
 しかし、現在は企業も社会にどう貢献できるか、従業員も自分が人生で何をしたいかという視点で仕事ができるようになりました。
山本 今後、個人がテーマや目標を持って仕事をするうえでは、多種多様な人との交流が大事になってくると思います。
 異業種や世代間の交流を通じて刺激を得ることが、新しい仕事へのモチベーションになったり、今の仕事へのヒントになったりしますよね。
 こうしたシェアオフィスって、快適で集中できる反面、黙々と仕事をするだけの場所になってしまっている。
 そこが時代に合わせてアップデートしてくれたら嬉しいですね。
奥本 私の場合、仕事で20代の人と接する機会が多いのですが、ゲームのこととかを聞くと丁寧に教えてくれてとても楽しいし、刺激になっています。
 そういう自分のアンテナにかからない、情報に触れる場所があったら良いなと思います。
山本 良い化学反応が生まれる場所が、幸せな働き方の一つの起点になるかもしれませんね。