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佐渡島庸平氏が語る

スーパー編集者がマンガアプリに抱く“危機感”

2015/2/13
マンガアプリの登場でコンテンツはどのように変わるのか。連載最終日は『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』などの大ヒット作を手がけ、現在はクリエイターのエージェント会社コルクの代表を務める佐渡島庸平氏が特別寄稿。
第1回:IT企業と出版社が火花。マンガアプリを制するのは誰だ
第2回:“編集未経験チーム”が発掘した「comico」という金脈
第3回:ベテラン編集者とIT企業のコラボが生んだ「マンガボックス」
第4回:目指すワンピース超え、『ジャンプ+』はマンガの王道を行く

マンガアプリの登場の背景には、スマートフォン(スマホ)によってもたらされたコンテンツビジネスの大きな変化が二つある。それは「価値観の変化」と「可処分時間の奪い合い」だ。

「価値観の変化」とはユーザーが納得のいく課金のタイミングが「所有」から「満足」へと移ったということ。かつて書籍は書店から読者へ「所有権が移る時点」で課金が発生していた。だが、電子化によって、所有の移転という概念は消えた。スマホ時代に「コンテンツに金を払う」ということは、突き詰めれば、パスワードを入力して閲覧権を得るということに過ぎなくなったからだ。

必然的に、価値の本質は「満足」そのものへと移った。だが、エンタメや娯楽要素が強いマンガは現在のスマホの課金のシステムには向いていない。読む前には満足するかどうか分かりにくいからだ。どうせ金を払うなら、マンガよりも実益的で、役に立つことが予想できる情報に金を払いたいというのは、消費者心理として当然だろう。

もう一つの変化「可処分時間の奪い合い」とはユーザーの時間をどれだけスマホに向けることができるか、ということ。この点において、マンガだけでなく、すべてのエンタメは「スマホに時間を奪われた」と言っても過言ではない。ソーシャルゲームを筆頭に、開発者たちはいかにユーザーをスマホに没頭させるかということに工夫を凝らしてきた。この土俵で、手軽さで劣るリアルなコミック誌が大きく後塵(こうじん)を拝しているのも必然だ。

その反省を生かし、マンガアプリは上手に作られている。それは、ユーザーの使い勝手やマンガの読みやすさ、というアプリの設計だけでない。コンテンツも短時間で誰もが理解でき、1話で読者を惹きつけることができる作品が並んでいる。

だが、僕はここに一抹の危機感を覚える。

コンテンツビジネスに必要な「我慢」と「ヒイキ」

僕が抱く危機感、それは今のマンガアプリには、作り手側に「我慢」と「ヒイキ」が足りないことだ。それぞれ言い換えれば、「我慢」とはすぐに売れなくても編集者が打ち切らずに長い目で見ること、「ヒイキ」とはたとえ読者から不評でも編集部が「面白い」と信じてプッシュし続けること。いいコンテンツづくりにはこの二つの要素が不可欠だと思っている。

「我慢」と「ヒイキ」がないと読者目線のコンテンツ運営にならざるを得ない。するとどうなるか。結局、エロ・グロや陳腐な恋愛など「読者ウケのいいもの」に走ってしまう。こうしたコンテンツは料理でいえば、“刺激物”。とにかく一口目の刺激が強ければいい、という発想だ。その上、日常生活の隙間時間で使われることの多いスマホではコンテンツを味わう時間も十分にない。刺激物ばかりがいい作品として、ランキング上位に来てしまう。

だが、大ヒットマンガの作り方は“コース料理”だ。編集者やマンガ家はもっと長いスパンでマンガを作っている。コンテンツの出し方や伏線の張り方、山場の見せ方、すべてを考えぬく。僕が担当していた『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』も1巻からメガヒットだったわけではない。ドラゴン桜は4、5巻から人気になったし、宇宙兄弟も同じだ。長時間の“仕込み”を経て、じわじわと火がつくのが大ヒット作なのだ。もし、今から僕がマンガアプリで『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』を仕掛けたとしても、正直どこまで成功させることができるか分からない。相当の我慢が必要になることだけは確かだろう。

「我慢」と「ヒイキ」が欠けているゆえに、量も次々に投入しなければならなくなる。長いスパンのマンガ作りができないから、読者の反応を見ながら次から次へと作品を投入しなければならないからだ。個人的な印象でいえば、おなかいっぱい。刺激的な料理ばかりが並ぶ“バイキング料理”みたいなものだ。
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繰り返しになるが、コンテンツを深く楽しむためには、 “コース料理”。編集者がキュレーションして、ベストなコンテンツをベストなタイミングで出すようなサービスでなければ長期的に「深いコンテンツ」は生まれないだろう。それを、スマホの中で、快適に見せるにはどうすればいいのか? まだ誰も答えを見つけていない。

『ジャンプ+』はさすがのコンテンツ力。だが、まだ紙の雑誌の手法をスマホに移植した、という印象が拭えない。アプリ運営はコンテンツ力だけでは突破できず、スマホについて精通していないと、どれだけいいコンテンツがあっても、そのコンテンツ力を最大化するのは難しいかもしれない。

やはり注目はIT企業が運営しているマンガアプリだ。『マンガボックス』はコンテンツの責任者が樹林氏ということもあり、作品の質は非常にいい。スマホビジネスの運営に一日の長があるディー・エヌ・エーならではで、増えているトラフィックを確実にマネタイズしてくるだろう。ビジネスとして大きく変化する気がする。

一方の『comico』はマンガアプリのコミュニティづくりに成功している点が強みだ。comico内で、単行本化した作品が40万部売れたことが好例だ。読者と著者のコミュニケーションによって、単行本化されたことが口コミで広まり、その話題はコミュニティの外にまで広がった。単行本はいわば、コミュニティで居場所を確保するための “入場券”のような役割を果たしていると僕は思う。「無料で公開されているからリアルでは売れない」という言説を覆したいい例だ。

運営母体も読者もビジネスモデルも異なる三つのアプリが食い合わずに競合関係を築いているのはマーケットとして非常に健全だ。スマホ初の大ヒットマンガを生み出すのは誰か、注目している。
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(終わり)

(撮影:福田俊介)