[チューリヒ 22日 ロイター] - クレディ・スイスの経営危機は、ウエルスマネジメント(富裕層向け資産総合管理サービス)分野で世界トップに君臨してきたスイスの地位と信頼に深刻なダメージを与えた――。専門家はこう警鐘を鳴らしている。金融システムの安定性や規制、企業統治の面で疑問符がついてしまったからだ。

クレディ・スイスの場合、当局の仲介でUBSによる救済合併が決まった19日までの数日間でもはや立ちゆかなくなることがはっきりしたわけだが、そのずっと以前から相次ぐ不祥事や損失計上に伴う信認の危機と悪戦苦闘してきた。

今回救い主となったUBSにしても、2008年には向こう見ずに米住宅ローン担保証券事業に進出した結果、政府が手を差し伸べざるを得なくなる事態を招いている。

いずれにしてもクレディ・スイスの挫折とその後の展開について、ローザンヌの国際経営開発研究所(IMD)のアルトゥーロ・ブリス教授(金融論)は、スイスにとって非常に大きな打撃となり、ライバルの金融センターに追い風が吹く可能性があるとの見方を示した。

デロイトが2021年にまとめた調査に基づくと、スイスが管理している海外資産は2兆6000億ドル(約340兆円)と、英国や米国をしのいで世界最大規模。しかし近年はルクセンブルクや、特にシンガポールが競合相手として急速に台頭してきた。

ブリス氏はロイターに「シンガポールのバンカーたちは(スイスのしくじりで)祝杯を挙げることになるだろう」と語った。

安定していて予測可能な国とみなされてきたスイスに対する信頼をひっくり返したのは、クレディ・スイスの「AT1債」を無価値化すると決定した措置などだ、とブリス氏は説明する。

UBSとの合併合意に際して、クレディ・スイスが発行したAT1債の価値はゼロになることが決まった半面、通常ならば債券保有者よりも先に損失を負担するはずのクレディ・スイス株主は32億3000万ドル相当のUBS株を受け取る。

確かにこのAT1債の目論見書に元本は保証されないと明記されていたものの、クレディ・スイスが事実上「消滅」すると想定した向きはほとんどいなかった。

スイス銀行協会は今般の危機においても強気の姿勢を維持し、政府や中央銀行、金融規制当局が尽力したクレディ・スイス救済はスイスの金融システムの強じんさの証しだと主張している。同協会会長でUBS元最高経営責任者(CEO)のマルセル・ローナー氏は21日、「私にはスイスの金融センターとしての明るい未来も見える。なぜなら資本が非常に充実した何百もの銀行と、ウエルスマネジメントと資産運用で大成功してきた銀行が存在するからだ」と述べた。

とはいえ02年に356行だったスイスの銀行数は21年には239行まで減少。従業員総数も11年以降で10万8000人から9万1000人に減っている。

スイスの将来には懐疑的な向きも少なくない。クレディ・スイスの過ちに正面から向き合ったり、事後の対応について責任を背負ったりするのをためらうムードがその理由だ。

ザンクト・ガレン大学のスイス銀行・金融研究所で税制と貿易政策部門の責任者を務めるステファン・レッゲ氏は、株主の意見もしくは債券保有者の扱いに関する従来の取り決めを覆す緊急立法の適用は「大いなる疑問の余地がある」と指摘する。

スイスではこれまで公的な流動性支援を正当化する法律がなかったため、クレディ・スイス向けにいざとなれば最大1000億スイスフラン(約14兆円)の流動性供給ができるようにするため緊急的な法的措置を講じた。

しかし最も論争を呼ぶのは、株主の承認なしで合併できるようにした法的措置だろう。

レッゲ氏は、クレディ・スイスを巡る今回の問題は人々の目を覚まさせ、企業統治改善につながる法整備が進む可能性があるとみている。

英国では経営に失敗した企業幹部陣は場合によって刑事罰を受けることもあるが、スイスではこうした幹部個人の責任を追及する仕組みはほとんど存在しない。

スイス政府がUBSの損失リスクをカバーする目的で最大90億フランの保証を提供することも、最終的には納税者の負担になる恐れがあるだけに、労組や政治家の間で怒りの声が高まっている。

<長期低落>

スイスの銀行業界は顧客の秘密を徹底的に守るという点で取り扱い資産を拡大してきた面がある。ところが各国政府が自国民の脱税取り締まりに力を入れる中で、この守秘性という強みは次第に薄れてきてしまった。

銀行セクターのスイス経済に対する寄与度も低下。02年に国内総生産(GDP)の9.9%だった同セクターの比率は22年に8.9%に下がり、最近は製薬などが経済にとってより重要な業種になっていることが国際通貨基金(IMF)のデータから分かる。

スイス連邦工科大学チューリヒ校スイス経済研究所のヤン・エグバート・シュトゥルム所長は、クレディ・スイスの問題は年間でGDPを約0.05%押し下げるとしつつも、スイスはこの先も銀行業と深く関係していくと見込んでいる。長い伝統やスイスフランの強さという要素のほかに、投資家がその経済金融の安定性ゆえに同国を資金の振り向け先として選び続けるからだという。

一方IMDのブリス氏は、金融センター間の国際競争は激しさを増しており、今回の出来事を機にやがてシンガポールがスイスを抜き去ると予想。「それは時間の問題だと思う」と言い切った。

(John Revill記者)