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4日で50万ダウンロード、脅威の爆発力の秘訣

目指すワンピース超え、『ジャンプ+』はマンガの王道を行く

2015/2/12
右肩下がりが続くコミック誌。それに取って代わるようにしてシェアを伸ばしてきたのが電子コミックだ。すでにサービスは乱立し、市場は過熱感を帯びている。そんな中、シェアを急激に伸ばす3つのマンガアプリがある。本連載では各サービスを取材、5日連続でアプリマンガの最前線を追う。comico、マンガボックスに続いて『少年ジャンプ+』が登場。
第1回:IT企業と出版社が火花。マンガアプリを制するのは誰だ
第2回:“編集未経験チーム”が発掘した「comico」という金脈
第3回:ベテラン編集者とIT企業のコラボが生んだ「マンガボックス」

マンガアプリ市場のプレーヤーはIT企業だけではない。comico、マンガボックスから遅れること約1年。最後発ながらダウンロード数を急激に伸ばしているのが、集英社が運営する『少年ジャンプ+(以下、ジャンププラス)』だ。現在のダウンロード数は260万(1月中旬時点)。週刊少年ジャンプブランドを引っさげ、先行する2媒体(comicoが800万、マンガボックスは700万)を猛追する。

ジャンププラスの編集部は4人。いずれもジャンプ本体との兼務だ。そのチームを率いるのが『週刊少年ジャンプ』本体でも副編集長を務める細野修平氏、過去には『テガミバチ』『るろうに剣心-特筆版-』など人気作を担当してきた生粋のマンガ編集者だ。
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年間目標は1カ月で達成

ジャンププラスがサービスをスタートさせたのは2014年9月。それから4カ月でたたき出した260万ダウンロードという成果は、細野氏にとっても望外の結果だったようだ。「年間目標は開始1カ月で達成できた」と明かす。そのけん引役となったのは集英社ならではのコンテンツの強さだ。

アプリ内では『DRAGON BALL』や『ろくでなしBLUES』など“ジャンプ黄金期”を彩った過去の名作が順次、無料で公開されている。他にも「こちら葛飾区亀有公園前派出所の100巻100時間限定、無料公開」や『NARUTO』最終回記念として『NARUTO』が初めて掲載されたジャンプを無料配信するといった施策も起爆剤となり、サービス開始から4日間で50万ダウンロードとロケットスタートを切った。

過去作品の他に、オリジナルの作品も充実している。週に25本公開されるアプリ内作品は少年ジャンプ本体(週に20本)をしのぐ量だ。さらに、「ルーキー」と呼ばれる新人作家からの作品が週に5〜10作品投稿され、時には『少年ジャンプ』本体に掲載されることもある。投稿型の連載がある点はcomicoの「チャレンジ作品」、マンガボックスの「インディーズ作品」と同様だ。

(C)SHUEISHA Inc. All rights reserved.

(C)SHUEISHA Inc. All rights reserved.

だが、同じマンガアプリでもcomicoとは読者層が明確に異なる。comicoの読者が10代、20代であるのに対し、ジャンププラスの読者層は20〜30代前半の「ジャンプ卒業組」も多い。「30代以上の人には、まず過去作品を懐かしんでアプリを利用してもらううちに、オリジナル作品に触れてもらおうと考えている」と細野氏は語る。

それに伴い、作風も雑誌とは少々異なっている。アプリ発の人気作『カラダ探し』では無惨な死を迎える女子高生が、『神様、キサマを殺したい。』では殺人を行う中学生が描かれる。少年誌では避けられがちな生々しい描写だ。「もちろん、ショッキングなマンガばかりではないが、一歩踏み込んだ描写をすることもある」と編集方針を語る。

『DRAGON BALL』 (C)バードスタジオ/集英社 『カラダ探し』(C)ウェルザード・村瀬克俊/集英社

ジャンププラスのコンテンツは、過去の名作と、アプリオリジナル作品の2本立てだ。『DRAGON BALL』 (C)バードスタジオ/集英社『カラダ探し』(C)ウェルザード・村瀬克俊/集英社

短期の黒字化を可能にした2つのビジネスモデル

10代の読者に比べて経済的に余裕のある層をメインターゲットに据えたことで、マネタイズもうまくいっている。現在の収支状況について「詳細には明らかにできない」としつつも「安心して事業を前に進められるくらいには黒字」と明かす。

短期間での黒字を可能にしたビジネスモデルは明確に2つに絞られている。1つがジャンプ本体の電子版の購入だ。ジャンプの最新号を発売日と同時に購入することができる。1冊300円と雑誌本体(1冊255円)より割高だが、1カ月まとめて定期購読すれば月額900円と雑誌を買うより安い。「紙の読者に損をしたと思わせたくない」ための“絶妙な”値段設定だ。

もう1つは連載を単行本化することで回収する“王道”のビジネスモデルだ。2月4日には前出の2作品に加えて、新たに6作品を単行本化した。ジャンプ本体と同じ営業チームが独自の強固な販売ルートに乗せ、アプリを利用していない読者にも作品をリーチさせる。この2本立てのビジネスモデルで、紙とアプリを相互に行き来する仕組みをつくりあげる。

だが、ここまでの成果を出すまでは順風満帆ではなかった。「僕たちはネットやアプリ運営については素人ですから。最初はAPIと言われても“なにそれ?”という感じ。もちろん一朝一夕にはいかなかった」と振り返る。

過去のサービスで見つかった課題

細野氏は、ジャンププラスの前身である「ジャンプLIVE」の運営に携わっていた。当時は、KindleやiBooksなどのサービスが本格化、ちまたでは“電子書籍元年”と言われていた。そこでオリジナルコンテンツの配信、課金に挑戦するが、多くの課題が見つかる。そもそも、コンテンツが多すぎたのだ。その量、月に3000ページ。およそジャンプ6冊分だ。その上、動画やアニメも盛り込んだ。「とにかく面白いものをやろうとしてすべてに手を出していた。多分、編集部も読み切れていなかったほどの分量です」

課金についても模索が続いていた。有料コンテンツと無料コンテンツがはっきりせず、分かりにくかったのが問題点だ。「配信されるパッケージの中に無料と有料が混在しているのは不自然。1冊の雑誌なのに、部分的に墨で塗りつぶされているようなもの」。紙の編集では経験したことのない難しさを痛感した。

『週刊少年ジャンプ』の購入画面 (C)SHUEISHA Inc. All rights reserved.

『週刊少年ジャンプ』の購入画面 (C)SHUEISHA Inc. All rights reserved.

こうした反省を生かし、ジャンププラスではコンテンツを精選、すべて無料で開放し、アプリ内の課金はジャンプ本誌の購読に絞った。“分かりやすいアプリ”を作ることで、現在、WAU(1週間に1度アプリを利用するユーザー数)は100万人、約4割と高いWAU率を誇る。

スマホから“お化けマンガ”を生み出したい

自ら「アプリ運営は素人だった」と細野氏は語る。だからこそ、細かいアプリ設計は外部に任せ、編集者は大まかな設計図とコンテンツ制作に集中する。「アプリであろうと雑誌であろうと、僕たちはジャンプらしい“王道”マンガを作るだけ。僕たちがマンガ家の創造性を最も理解しているという自負がある」。comicoの編集部が“サポーター”に徹するのとは対照的に、ジャンププラスでは編集者の役割は変わらない。

編集者が編集者としての本分を貫くからこそ、意図的に省いた機能がある。それが「コメント機能」に代表される、読者とマンガ家とのコミュニケーション機能だ。「読者とのコミュニケーション機能が、著者の創作にプラスにならない場合もあります。読者とのコミュニケーション機能はこれからの検討課題」と語る。

短期間でのサービス拡大と黒字化を達成したジャンプアプリ。細野氏の目標はこんなものではない。「僕たちはジャンプに産んでもらった“子ども”みたいなもの。いつかは親を超えなければならない。『ONE PIECE』を超えるような“お化けマンガ”を作りますよ」。ジャンププラスが貫く“王道”コンテンツはさらなる飛躍を遂げそうだ。
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(撮影:齋藤誠一)