女性イノベーター対談_夏野x玉城 (1)

人の手をハッキングする装置を開発

リアル”攻殻機動隊”を実現した女性イノベーター

2015/2/4
iモードの生みの親でありドワンゴ取締役の夏野剛氏が、既存のビジネスや価値観に新風を吹き込んだ女性イノベーターと、イノベーションを実行する上での難しさや面白さを余すところなく語りあう対談企画。第二弾は、 人の手をコンピュータで動かす世界初の装置「PossessedHand」を開発し、 米『TIME』誌が選んだ「The 50 Best Inventions(世界の発明50)」に選出された開発者、玉城絵美氏が登場。医療機関や大学、研究所を対象に製品版の販売を開始し、2014年に単年度黒字化を達成するなどビジネス面でも成功する玉城氏の“イノベーティブな仕事ぶり”とは?(全4回)
ポゼストハンドとは?

人間の手をコンピュータでハックする

夏野:玉城さんは、人の手をコンピュータで動かす世界初の装置「PossessedHand」を開発して販売しているそうですね。まさに『攻殻機動隊』、義体の世界だ。

玉城:ええ、よく言われます。コンピュータからの信号を電気刺激に変換し、電極を通して筋肉に伝えると、筋肉はその刺激を、脳からの指令であると勘違いして動かすメカニズムです。その仕組みを応用し、腕の筋肉に電気刺激を与えることで手や指を動かしてモノを掴んだり、楽器を弾かせることができます。つまり、“手のハッキング”に近いですね。

夏野:ハッキングと義体化って同じ意味だからね。やっていることは同じ。

――「PossessedHand」は医療機関や研究所などに販売されているということですが、どのように使われているのですか?

玉城:例えば、神経などの障害で脳からの指令信号が届かなくなってしまった人に、動いている感覚を何度も与え続ける。そして、刺激を与えたら手が動くということを何度も繰り返していくと、筋肉が増え、やがて神経がつながって自分の脳からの指令信号が来たときに動かせるようになる。いわゆる、リハビリテーション分野への応用研究があります。

あとは、手の構造や脳の構造、バーチャルリアリティの中に入った時に人がどういう反応をするかを調べたり。「PossessedHand」を外に販売することで、私の会社だけでは研究しきれない分野でも研究がすすみ、新規の論文やデータがどんどん集まってくる状態です。

夏野:まさに、好循環ですね。みんながいろいろな使い方をして、そのフィードバックをもとに研究が進んでいくんだね。

ピアノを弾けない僕がピアノを弾けるようになる?

夏野剛(なつの・たけし)  株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

夏野剛(なつの・たけし)
株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

夏野:手には神経が密集しているから、手をハッキングできるってことは、他の部分にも応用しやすい。(指が曲がる様子を見せながら)実は僕、親指がこれだけ曲がるんですよ。

玉城:あっ、すごい。

夏野:ね? 自分でもなんでなのかは、分かんない。うちの奥さんは全然曲がらないんだけど、うちの次女はもっと曲がる。つまり、人によって手の動き方は全然違う。

玉城:ええ。例えば、マジシャンの手は小指や薬指がとてもよく動きます。その次によく動くのがピアニスト。

夏野:僕はピアノが弾けないけど、「PossessedHand」に電子化したピアニストの動きを記憶させ、僕の手にその情報を送れば、僕もピアニスト体験ができるっていうことだよね。

玉城:理屈上はそうです。

夏野:同じ刺激を与えても、人によって動きは違うよね?

玉城:全然違いますね。一般的にピアニストの方は、与える刺激が小さくても、大きくて力強い動きをします。

それは多分、ピアニストが日頃から重たい鍵盤を弾いているので、握力が大きいから。だから彼ら彼女らは、かえって人の体に接する時、例えば握手をする時などには、意識して優しく接している傾向があります。

一方、例えば、日頃重たい鍵盤を扱ったことがなく、スポーツや趣味で手を頻繁に使わない方は、「PossessedHand」で電気刺激を与えても、手が滑らかには動かない傾向があります。それは、私も同じ人種だから分かるのですが、手を頻繁に使わない方はいわゆる“コミュ障”的な人が多いからかなと(笑)。握力が少ない分だけ、相手の手を握るのも大変だから、手を動かすのは物理的にものすごく頑張らないといけない。

夏野:それは、甘えだと思いますけどね。手を頻繁に使わない人だって、たまには、女性の手くらい握るでしょう、ねえ?(笑)

ものづくりに携わる者は『攻殻機動隊』を見よ

夏野:義体化や電脳化した人間が当たり前に存在する世界を描いたのがアニメ『攻殻機動隊』です。僕は、日本のすべてのモノづくりの経営者は『攻殻機動隊』を全編見たほうがいいと言っています。

玉城:私も見せられました。アメリカで研究者に、すすめられて。

夏野:研究者はもちろんだけど、むしろモノづくり企業の経営者が見たほうがいい。というのも、僕が「iモード」でいろいろな携帯電話のサービスを作ったとき、参考にしていたのは、アーサー・C・クラークが描いた近未来の世界なんですよ。

例えば、他人の視線をリアルタイムに可視化できる世界って、スマホで撮った動画やGoProの動画をそのまま生放送しているのと変わらないじゃないですか。そんなことが当たり前になった社会における人間の心理を緻密に描いている作品があるんです。

玉城:新しい技術が社会に受け入れられるプロセスですね。

夏野:それが進んでいくと、映画『サロゲート』の世界になる。本人は自宅からサロゲートと呼ばれるアンドロイドを遠隔操作するだけで、すべての社会生活を営めるという物語。夫婦でも本人同士が合うことはなく、希望通りに作ったアンドロイドだから美男美女ばっかりで。あれも間違いなく『攻殻機動隊』から影響を受けている。

玉城絵美(たまき・えみ) H2L株式会社代表取締役。1984年沖縄県生まれ。2006年琉球大学工学部情報工学科卒業。2008年筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程修了。2010年に米国ピッツバーグのディズニー研究所でインターン。2011年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、同年東京大学総長賞を受賞。東大大学院総合文化研究科特任研究員。2012年、東大の研究室の後輩だった岩崎健一郎氏らとH2L設立。2013年から早稲田大学人間科学学術院助教。

玉城絵美(たまき・えみ)
H2L株式会社代表取締役。1984年沖縄県生まれ。2006年琉球大学工学部情報工学科卒業。2008年筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程修了。2010年に米国ピッツバーグのディズニー研究所でインターン。2011年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、同年東京大学総長賞を受賞。東大大学院総合文化研究科特任研究員。2012年、東大の研究室の後輩だった岩崎健一郎氏らとH2L設立。2013年から早稲田大学人間科学学術院助教。

SFとリアルな世界の関係とは?

玉城:私が実現させたいと思っていることのひとつに、「ヒトと体験の共有」があるんです。例えば、「PossessedHand」は他人と自分の触覚を共有することが可能です。あるモノに触れると手にかすかな跳ね返りの運動が伝わりますが、その情報を電気信号として送ることで、実際にモノに触れたような感覚を他人に伝えることが出来るのです。

視覚や聴覚の情報は、ネット環境で動画の生放送などを用いれば世界中で共有ができる。そこに触覚が加わることで、より『サロゲート』の世界に近づけるはずです。

夏野:それにしても、科学の流れはSFの流れと全く同じだね。20世紀は『スタートレック』型のテレポーテーション、つまり物理的に物体を動かすことに注力していた時代でしたが、21世紀になったら「物体が移動する必要なんかない」という方向に行っている。むしろ、マインドや体験だけを憑依させればいい。疑似体験がリアルな体験とイコールでもいいんじゃないか、と。その流れに伴い、SF映画にテレポーテーションが出てこなくなっちゃった。

玉城:確かにテレポーテーションものって、最近見なくなりましたね。

夏野:『サロゲート』も『インセプション』も、『マトリックス』もすべて『攻殻機動隊』的な発想をもとに、インターネット技術が発展したことによって生まれ、共感を得てきた映画です。

今でもテレポーテーション分野の研究者はいるにはいますが、すでに時代遅れになってしまった。SFも、トランスポーテーションの世界を、追っかけなくなりましたよね。ところで、玉城さんはなぜ、こんな面白い「手をコンピュータ化する装置」を作ろうと思ったの?(次回に続く)
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※本連載は毎週水曜日に掲載する予定です。

(取材:佐々木紀彦、佐藤留美、構成:朝倉真弓、撮影:遠藤素子)