2023/3/8

【東芝×キャディ】製造業が「サービス化」を遂げるために必要な思考変革とは

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 製造業サプライチェーンの変革に挑むスタートアップ、キャディが主催する「Manufacturing DX Summit2023」。登録者数約2.5万人という、高い注目度を集めたカンファレンスが1月末日に行われた。
 中でも2500名以上が視聴した「製造業のサービス化への変革」についての人気セッションをダイジェストしてお届けする。
経営学者の宇田川元一氏のファシリテートのもと、東芝代表の島田氏を迎え、 後半はキャディ代表の加藤勇志郎氏も登壇した白熱した議論が行われた
INDEX
  • 「DE・DX・QX」が着実に進む、東芝変革の最前線
  • デジタル化で一番重要なのは事業のサービス化
  • 職人の“暗黙知”をデータ化すること
  • 何も変えない感覚を提供しながら、裏側でDXを徐々に推進していく
  • モノからコトへシフトするポイント

「DE・DX・QX」が着実に進む、東芝変革の最前線

前半はまず宇田川元一氏が、東芝再生の最前線について、島田太郎氏に聞いた。島田氏は、2018年、シーメンスの要職から、東芝の再建に取り組むキャリアを選んだ。2019年4月からCDOとしてデジタル改革を推進した後、2022年3月トップに就任した。東芝再生の鍵はいかなるものだろうか。
宇田川 CEOに就任してからそろそろ1年になります。
 2018年に東芝に加わってからも含めた、島田さんが取り組まれている東芝改革の状況を、まずは聞かせてください。
1977年東京生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師・准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より現職。対話的なアプローチを基盤に、企業変革について研究している。
また、大手企業やスタートアップ企業で、イノベーション推進や企業変革のためのアドバイザーをつとめている。専門は経営戦略論、組織論。
島田 シーメンスで経験した、ハードとソフトウェアをデジタルでつなぎ、価値を出していくことを、CDO時代から変わらず継続しています。トップになったからといって、特段意識の変化はありません。
 あえて挙げるとすれば、トップになったことで今まで取り組んできた改革を、アクセル全開、フルスピードで進められている、とは感じていますね。
1966年生まれ、大阪府出身。甲南大学理工学部卒業、90年新明和工業入社、2015年9月独シーメンス日本法人専務などを経て18年10月東芝入社、コーポレートデジタル事業責任者、19年4月執行役常務、20年4月執行役上席常務を経て22年3月から現職。
 現在の状況を申し上げれば、改革のコンセプトやDX実現の考え方などが浸透した状況で、実行段階のフェーズに移ったと考えています。
宇田川 島田さんが東芝入社後から取り組まれている改革案、「DE/DX/QX」ですね。改めて、それぞれのトランスフォーメーションを簡単にご説明いただけますか。
島田 DE(Digital Evolution)は、いわゆるデジタル化と同時に、モノ売りからコト売り、事業のサービス化やリカーリング化(継続)も意味します。
 そうしてデジタル化されたサービスを、単一企業だけでなく他の企業や業界にも使ってもらう。
 サービスをプラットフォーム化するのが次のDX(Digital Transformation)フェーズであり、昨今注目されている量子技術による改革、QX(Quantum Transformation)を重ねることで、さらなる価値創造を実現していきます。

デジタル化で一番重要なのは事業のサービス化

宇田川 一連の変革の中で最も重要なポイントはなんでしょうか。
島田 やはりあらゆる事業をサービス化するために「ソフトウェア・ディファインド(Software-Defined)」という考え方、プロセスを踏むことです。
 図で表すとイメージしやすいですが、ソフトとハードを分離すると同時に、ソフトウェアがプラットフォームの役割をすることで、さまざまなアプリケーション機能の追加やデータの出し入れが容易になります。
 ソフトウェアでハードウェアを包みこんで、拡張・制御していくような、製品ならびにサービスを開発していきます。
宇田川 旧来のモノづくりではハードウェアの中に、ソフトウェアが埋め込まれていた、その逆ということですね。
島田 そのとおりです。これまでのように単体の製品で完結するとアップデートも追加もされなかったんです。
 しかしこれからは、製品開発の考え方を根本から変えないといけません。いわゆるコト売りへのシフトです。当然、事業部もクロスオーバーしていきます。
宇田川 島田さんが進める先進的なデジタル起点の戦略が、伝わってきました。一方で、世間の東芝に対するイメージは、いまだに家電や重電メーカーとの印象も強い。
 先ほど、意識改革フェーズは終了したとおっしゃいましたが、泥臭くやらねばならない側面も多いと思います。どのように組織の意識改革を行ったのでしょうか。
島田 東芝に入社して以来、色々なところでDEとDXについて繰り返し説明して、じゃあこれを自分の事業で考えて実践してみましょうということをやってきました。
 CEOになってからも、各地の工場などの現場に足しげく通ったり、社内のコミュニケーションツールYammerを使うなどして、とにかく現場メンバーとのフラットな対話や関係構築に努めましたね。その上で、先ほど紹介したDEとDXの違いを繰り返し説明しました。
 繰り返しになりますが、DE・DXを推進する上で一番重要なのは、製品をサービス化すること。つまり単にソフトウェアを使えばいいのではなく、お客さまが真に必要とするサービスを生み出していく、という姿勢です。
 そのためには、我々が製品を販売するお客さまだけでなく、お客さまのお客さまである最終的なエンドユーザーに直接会い、どのような困りごとや要望があるのかまで知らなければいけません。顧客ヒアリングの大切さを徹底的に拡散・浸透させようと努めてきました。
 また、私が東芝の課題として挙げている「内部・外部硬直性」に関連しますが、どうしても大きな組織では、それぞれの部署の役割がサイロ化して柔軟性が失われ、「本当にお客さまが求めているものは何なのか」が見えづらくなりがちです。
 そうならないよう、部署はもちろん企業の垣根も超えて、徹底的にお客さまのニーズをくみ取っていこうと。その上で、東芝が長い年月をかけて積み重ねてきた、ノーベル賞ものの技術をかけ合わせ、真の価値あるサービスを生み出していきます。
宇田川 実現するには苦労もありそうです。気をつけている点はありますか。
島田 ポイントは「せこくならないこと」です(笑)。目指しているサービスは、一つの事業部でも、一社でも実現できないものです。
 例えば、「Q-STAR(量子技術による新産業創出協議会)」を設立しました。65の企業が集まり(2023年2月1日時点)、量子技術に関する新たな産業・ビジネスの創出を目指した、コンソーシアムです。 
また、2020年からオープンイノベーションプログラムも実施しています。東芝のもつ先端技術を活用し、スタートアップも含めよりよいユースケース・協業アイデアを幅広く募集し、新規事業を創出することを目指しています。
宇田川 つまり製品のソフトウェア・ディファインド化と、組織改革の二軸で改革を進めてこられたと。そして今まさに、次のフェーズに飛び立とうとしている状況だということですね。
島田 ええ。この約4年間、DE/DX/QXの定義、そして信じる未来について色々なところで話し続けてきました。布教活動に尽力したこともあり、花が開いてきていて東芝の全メンバーが、変革、これから進むべき方向について理解しており、実際にアクションを起こしています。
 そのためにまだお披露目できてないものも含め、すでに百以上の規模で、ソフトウェア・ディファインド的なサービスが生まれてきています。
宇田川 なにか、話せる範囲で事例はありますか。
島田 郵便番号や住所を自動で判別し、仕分けする郵便区分機という製品があります。以前は製品を納品したらそれで終わり、でした。しかし先ほど説明したように、お客さまのもとに足しげく通い困りごとを聞いていくと、機械だけでは判別が難しい場合があり、OCRや人力に一部頼っている、との声が聞かれました。
 そこで我々は、最終的な区分け作業まで請け負うサービスも提供することにしたんです。お客さまは負担が減ったと喜んでくれていますし、我々にとっても収益性の高い新たなビジネスにつながった。
 Win-Winな状況となっています。こういった事例がこれから花咲くような、シーズ段階のアイデアも無数にあり、改革の手応えをかなり感じている状況です。
宇田川 島田さんのお話を聞いていると、なんだか私まで元気をいただけますね。東芝が今着実に変わってきてるのだなと。

職人の“暗黙知”をデータ化すること

セッション後半ではキャディ代表の加藤勇志郎氏が加わり、前半でも出たキーワードDXについて、製造業における課題や実践的な取り組みなど、より踏み込んだ議論が展開された。
宇田川 まずは製造業DXの課題についてそれぞれ聞かせてください。
加藤 DXというとデジタル化に着目されがちですが、DXはあくまで全社改革。ビジネスの変革が経営層の課題解決に結びついているかどうかが、まずは課題と言えます。
東京大学卒業後、2014年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに新卒入社。2016年にマネージャーに就任。日本・アメリカ・オランダ・中国などで製造業の全社調達改革領域及びIoT/AI領域をリードするほか、グローバルでの戦略構築、新規事業策定などに従事。大手メーカー15社程度の調達改革に従事した結果、同分野への課題意識から、2017年11月にキャディ株式会社を創業。2022年6月には新たに、製造業のDXの実現を支援する、図面データ活用クラウド『CADDi DRAWER』の提供を開始。さらに、アメリカ・イリノイ州、ベトナム・ホーチミン市、タイ・バンコク市に拠点を設立し、グローバルなサプライチェーンの構築と事業を推進している。
 そして、現場。これはまさに我々が展開しているサプライチェーンにおけるビジネスに直結しますが、アナログと属人化が常態化している現場でいかにデータを取得するかという課題です。
 製造業は往々にして、大手メーカーが中小サプライヤーに発注を行う、いわゆる下請け構造で成り立っている業界。長年の関係が築けているがゆえに、局所的にはスムーズに仕事が流れていました。
 例えば図面に細かく記載をしなくても、これまでのやり取りや技術者の力量で、依頼者が求めるレベルをくみ取れてしまう。しかしそれゆえに、発注先を広げられない、サプライチェーンが硬直してしまう課題を生んでいます。
 その原因を突き詰めれば、設計段階の“暗黙知”にたどり着きます。阿吽の呼吸と言われるものですね。DXはまずはデータ化するところから始まりますが、職人さんの頭の中やプロセスといった暗黙知を、データ化することは非常に困難です。

何も変えない感覚を提供しながら、裏側でDXを徐々に推進していく

宇田川 内部の職人さんのスキルと外部へ伝わる図面情報を切り分ける。まさに前半のセッションで挙がった、内部硬直性、外部硬直性の変革の話につながってきますね。実際キャディさんでは、どのように課題解決に取り組まれているのでしょう。
加藤 サプライヤーと発注者のどちらも、製作工程の暗黙知が何なのかわかっていません。そこで我々がプラットフォームサービスとしてあいだに入り、まずは上流の設計・製図の暗黙知を形式知化・標準化しています。
 ここでポイントなのは、お客さまは以前と変わらず業務を進めることができる点です。
 インダストリー4.0など、業界の標準化の必要性を訴えることは難しくありません。一方で、現場サイドからすると、これまでのやり方を変えるのは手間。なぜ、余計な手間をかけて変える必要があるのか。これが、本音でしょう。
 しかしビジネスを複利で成長させるためにはDX、つまり、標準化を進めることは必須です。
 そこで表面上はこれまでどおりの業務を遂行している感覚だけれども、我々のサービスを利用してもらうことで、キャディが裏で暗黙知を誰もが読み解ける情報に翻訳し、標準化 を推進しているのです。
島田 製造業のロボットプロセスオートメーションのようなもの、RPAですよね。
加藤 その上で、お客さまにメリットになると感じたデータや気づきなどは適時フィードバックをしています。例えば図面の書きかたや品質基準などですね。
 結果としてお客さまの製品の品質は向上する。一般的には対立しがちな、製造と品質保証部の関係もよくなりますし、不良が少なくなるわけですから、当然、業績もアップします。
 社員みんながハッピーになることで標準化の価値を少しずつ実感いただく。そうやって内部硬直性、サイロ化の解消に寄与しながら、現場のDXを推進しています。

モノからコトへシフトするポイント

加藤 トランスフォーメーションを進めていく上でポイントとなるのが、前半のセッションで島田さんが話された、郵便区分機の事例。モノ売りからコト売りのサービスを提供する、事業のシフトですよね。
 我々の新規事業「CADDi DRAWER」が生まれた背景も、東芝さんの郵便区分機のビジネスと、感覚が近いと感じています。
 CADDi DRAWERには図面を判読し、類似図面を探したり素材や発注先に絞って検索できる機能があります。基本、設計の図面はAIが判読しますが、読めるのは99.9%。残りの0.1%は、人がチェックし確認しています。
 手法はアナログ、前時代的ですが、お客さまが求めているニーズを提供できている。なにも無理やり、デジタル技術を使う必要はない、よい事例と言えると思います。大切なことは、お客さまが喜ぶサービスを構築し、提供することだからです。
島田 実は我々の郵便区分機も、まさにキャディさんのサービスと同じく、最後は人で判読するケースもあります。デジタル技術を無理やり使う必要がないのもそうですが、もっと言えば、ソフトウェアを使わなくたっていい。
 これまでのハードを売るCAPEX的なビジネスから、継続するサービスを生み出し提供していく、OPEXへのシフトとも言えるでしょうね。
加藤 CAPEX/OPEXの考えは、まさにサービス化の本質だと私も捉えています。
 我々のお客さまで、半導体や液晶の製造に使う超純水を製造する装置の製造を行う、栗田工業さんという企業があります。以前は東芝さんのように、機械そのものを売っていました。しかし近年、超純水というきれいな水を供給するサービスを展開されています。
 市況が下がるとどうしても設備投資は控えられてしまう。でも、このサービスビジネスは設備投資が不要となるビジネスモデルであり、水は製造プロセス等の産業に欠かせないことから、このサービスは同社の業績の安定に寄与していると思います。
島田 栗田工業さんの設備の部品も、キャディさんが手がけたものだったんですね。実はうちの半導体工場でも、栗田工業さんの設備を導入しています。それだけではありません。水の製造に際し遠隔監視が必要となってきますが、そのシステムは我々が開発したものを、逆にサブスクで、栗田工業さんに提供しています。
宇田川 顧客からのフィードバックを明確にすること。そこからさらに価値を生み出すサービスを、業界の垣根を越えて、まさにサイロをまたぐように見つけていくことが重要だということがよくわかるお話ですね。
島田 自分たちでアセットを持っていれば、データの取得も容易ですしね。一方で、このようにOPEXにビジネスをシフトしていく際に考えなければいけないのが、どこまで自前でアセットを持つのか、という点です。
 私の考えとしては、アセットはなるべく最小限で、リカーリングとなるOPEXを付与する。このようなビジネスモデルこそ、製造業の未来だと考えています。
加藤 ひとつ難しいと思うのは、営業のインセンティブが大きく変わる点です。従来のように何億円もする機械を売っていたところから、100万円単位の売上になりますから。
島田 それは、外資系企業の考えです(笑)。私もアメリカのソフトウェア企業に勤めていたからわかりますが、海外でサブスクやリカーリングビジネスを導入するとき、どうしてもセールスのジョブディスクリプションの問題になる。
 でも、日本はジョブ型ではないところが多い。特に、私たち東芝の営業は、目先のインセンティブではなく、お客さまが喜んでくれることこそ仕事の喜びだと思い、動いていますから。
加藤 では、日本に意外と合っているということですね。
島田 めっちゃ合ってるんです。
加藤 目の前の顧客が本当に喜んでくれる価値を提供し続けられる仕組みをピュアに追求できると、自ずとOPEXへのシフトが生まれる。そしてOPEX的なビジネスは、情報を横断して共有し続けることが必要なために、“暗黙知”から脱する動きが加速するはずです。
 日本ではDXを推進しよう、ではなく、顧客の求めるビジネスを追求しよう、と出発点を変えると、大きく現状が変わるかもしれませんね。
宇田川 コト売りへのトランスフォーメーションは、日本企業のいいところが活きる。まだまだ話が尽きませんが、硬直を打ち破るような希望のあるお話を伺えたと思います。本日はありがとうございました。