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Weekly Briefing(メディア・コンテンツ編)

後藤さんの勇気と、朝日新聞記者有志への違和感

2015/2/3
Weekly Briefingでは毎日、ビジネス・経済、メディア・コンテンツ、ワークスタイル、デザイン、スポーツ、中国・アジアなど分野別に、この1週間の注目ニュースをピックアップ。火曜日は、世界と日本のメディア・コンテンツ・マーケティング関連のニュースをコメントとともに紹介します。

Pick 1:後藤さんの思い

池上彰、I AM KENJI『週刊文春』(2月5日号)

ヘンリー・トリックス、英誌論客が語る後藤健二さんの“記者魂”「東洋経済オンライン」(2015年1月28日)

私は、後藤さんと直接の面識があるわけではない。

ただ、後藤さんについてつづった池上彰さん、ヘンリー・トリックス・エコノミスト誌メキシコ・中南米支局長のコラムを読んで、きっと素晴らしいジャーナリストのだろうと感じた。そして、信頼する複数の仕事上のパートナーが後藤さんと親しいと知り、素晴らしいジャーナリストなのだと確信した。

以下の池上さんの言葉がとくに心に響いた。

なぜ危険な場所に取材に入るのか。それは、「誰かが伝えなければならないから」という使命感に突き動かされているからです。

戦争取材、戦場取材が危険だからかといって、誰ものその場所に取材に行かなければ、その戦争は、「忘れられた戦争」になってしまいます。「報道されないこと」は、「存在しないこと」なのです。(中略)

誰かが現場に行かないと、現場の様子はわからない。誰かが取材しないと、戦争は終わらない。これが後藤さんの思いです。

私には戦場に行くほどの勇気はないし、ジャーナリストとしても未熟極まりない。ただ、せめて後藤さんの100分の1の勇気ぐらいは持ち合わせたメディア人でありたいと思う。

後藤さんのご冥福を心からお祈りします。

Pick 2:朝日新聞記者有志への違和感

朝日新聞記者有志『朝日新聞 日本型組織の崩壊』(文春新書)

後藤さん報道一色の中、ふと手にしたのが、朝日新聞記者有志による内部告発の書。後藤さんのような勇敢なジャーナリストとはほど遠い、“官僚化したサラリーマン記者”の姿が克明に描かれている。

内容は、さすがプロの記者だけあって詳細だ。私がこれまで朝日新聞の人たちから聞いたことと話が一致しており、信ぴょう性は高いと思う。興味深い指摘も多くあったが、そのほとんどは、組織カルチャーや社内政治など極めて“内向き”なものだ。以下、いくつか抜粋してみよう。

・朝日記者の誇りの源泉は、45歳平均で約1300万円とされる高給

・「大阪モンロー主義」と呼ばれるほど、大阪本社は独自の文化を持つ。東京本社との対抗意識もあり、大阪本社は東京本社との人事交流を避けてきた。

・朝日の気質を表すジョーク。「読売の記者が3人集まれば、事件の話をする。毎日の記者が3人集まれば、給料の話をする。朝日の記者が3人集まれば、人事の話をする」

・記事の訂正は、人事評価上、決定的なマイナスになる。記事の訂正を出すには、記者とデスクの連名で始末書を出さなければならない。加えて、校閲部が出している『訂正週報』に名前が載る。それゆえ、誤報をもみ消すインセンティブが高まる。

・記者の人気は、政治部・経済部・社会部に集中。学芸部、科学部、運動部、写真部、地域報道部はワンランク格下。販売、広告、企画はさらに格下。

・敵対的なメディアを使ってでも、社内のライバルを叩いて、自分の立場を有利にしようとする経営幹部がつねに現れる。池上コラム事件を含めて、しかるべき立場にいる経営幹部が、ある思惑をもって情報を意図的に流しているとしか思えない。

・「社会部」と「特別報道部」との間では根深い対立があった。木村前社長に厚遇された「特別報道部」と、権力闘争に敗れた「社会部」の間には根深い対立があった。

・現金・預金の総額は約600億円に上り、実質無借金。自己資本比率は56%に達しており、財務は盤石。

・売上高は過去10年で22%減(2004年3月期:6023億円→2014年3月期:4695億円)

・営業利益は過去10年で64%減(2004年3月期:272億円→2014年3月期:98億円)

・不動産事業は、売上高は全体の4%程度だが、利益に占める比率は27%に上る(2014年3月期)。

最初の50ページ程度はするっと読めたが、徐々にページをめくるのがおっくうになってきた。内向きな話ばかりで、陰鬱になってきたからだ。

そして私が何より違和感を抱いたのが、匿名で自社を批判する筆者たちのスタンスである。(文藝春秋の編集者が付けた著者名だとしても)よく自分のことを記者有志と言えたものだと思う。世界のどこに、“匿名”の有志がいるのだろうか。

ジャーナリストとは、言葉を武器にする仕事である。そして、朝日新聞の記者というのは、社会的な影響力も強い、社会的な強者である。

社会的な立場の弱い、一般人が、匿名で内部告発をするのであればまだ理解できる。しかし、強い立場にあるジャーナリストが、匿名で自社を糾弾するのは、あまりにプロフェッショナリズムとフェアネスに欠けるのではないだろうか。日本的な組織として朝日新聞を糾弾するこの著者たちこそが、実は、もっとも朝日的なのではないだろうか。

ただ、すべての筆者が匿名だったわけではない。153ページ目に突如「私」という一人称が登場する。

実は私自身、今回の検証対象となった従軍慰安婦の記事を書いている。

執筆の依頼を受けたとき、正直、躊躇した。名を明かさずに自分の書いた第三者的に語ることは無責任だ。なにより、かつて一緒に仕事をした仲間を匿名で切り捨てることに、どうにも心の置きどころが安定しない。

編集者にこんなメールを送った。

「生き様が試されているようです」

ゲラが上がった直後、編集者と話し合って、名前を明かすことを了承してもらった。

辰濃哲郎。私立大学医学部の補助金不正流用事件の取材で、疑惑教授の取材を無断録音し、解析のために第三者に渡したテープが、怪文書として出回ってしまった責任を取って〇四年に朝日を退社している。

辰濃氏は、慰安婦記事でミスを犯しており、その点での責任は重い。しかし、潔く、実名でミスを認める姿勢にフェアネスを感じた。

ジャーナリストのせめてもの倫理とは、「偉そうなことを言っているが、お前はどうなんだ」と自分に問い続けることだと思う。他者を批判することも多いだけに、自分が過ちを犯したときは、しっかり謝ることだと思う。自分の弱さと未熟さを見つめながら、フェアネスとは何かを考えぬくことだと思う。

後藤さんの勇気と思いと優しさは、世界の人たちの心を動かした。しかし、匿名でもっともらしく自社を批判する朝日新聞記者有志の言葉は、誰の心も動かさないと思う。

※Weekly Briefing(メディア・コンテンツ編)は毎週火曜日に掲載する予定です。