2023/2/14

【磯田道史】日本は「走り者」の国になる? 歴史からみる現代日本

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 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

 世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

 大好評だった昨年につづき、今年も全9回(予定)の放送を通して、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

磯田道史×波頭亮「日本史」で現代日本をRethinkせよ

 Rethink Japan3、第9回のテーマは、「日本史」から学ぶ現代日本。今回は特別編として、京都の仁和寺近くの邸宅からお届け。歴史学者の磯田道史氏をゲストに迎え、激動の2022年を振り返りながら、私たちが現在抱える様々な問題をRethinkします。モデレーターは経営コンサルタントの波頭亮さんです。

激動の2022年を振り返る

波頭 2022年は激動の1年だったように感じますが、磯田さんはどのようにご覧になっていますか?
磯田 確かに、今年の漢字が「戦」に決まった時、真っ先に思い立ったのがロシアのウクライナ侵攻でしたよね。また、コロナとの戦いも相変わらずで、今後どうなっていくのかまだまだ予断を許しません。その他、景気の行方も心配ですし、元首相が射殺されてしまうなんて大事件もありました。
 そういう激動の時代の中で、僕らはどこへ向かっているんだろうという不安の声が、巷で多く聞かれましたのは事実ですよね。
波頭 大きな歴史の流れの中で、2022年は何か新しいステージに向かい始めた、1つの転換点に私は感じられました。新自由主義的な政治と経済が行き詰まり、これまでの体制がいろんな意味で限界を迎え、それが様々な事件として形に表れた、という。
磯田 同感です。1945年に第二次世界大戦が終わってから77年が経ち、いわゆる戦後とは異なる時代に入ったのが2022年だと思います。ロシアが掲げている「Z」の文字は、実は「7」と「7」を組み合わせた戦後77年を意味するもので、奇しくもロシアのあの行動によって世界が新しいステージに進んだと言えます。
波頭 そのウクライナでの戦争については、どうお考えですか?
磯田 歴史家として感じるのは、“戦”の形態が新しい段階に入ったということです。用いられている兵器や戦術は明らかにこれまでより進化しています。
 だからこそ日本の国会に言いたいのは、防衛費の額の問題ばかりを論じるのではなく、議論すべきはその中身だということですよ。
波頭 ちょうど防衛費倍増がさしたる議論もなく成立してしまいそうなタイミングだけに、いろいろ考えさせられますよね。
磯田 このウクライナ戦争で、僕らは多くの気づきを得ました。その1つは無人の飛行機やミサイルといった、極めてコスパの良い兵器が大きな戦果をあげてしまう点です。戦車や装甲車のような非常に高価な兵器が、精密誘導弾のような安い兵器で破壊されるケースも多く見られました。
 それから、ウクライナのマリウポリの様子を見てもわかるように、地下要塞というものが実は敵の侵攻を遅らせるのに非常に有効であるというのも発見でした。
波頭 そうですね。侵攻に踏み切ったロシアの悪をただただ断じるだけでは、あまりにも外交として幼稚で、そこからどのような気づきを得るかが大切なわけです。

なぜリーダーは間違った選択をするのか

磯田 現実問題として、ウクライナが完全に領土を取り戻さなければ停戦は難しいと思うんです。ウクライナの後ろにはNATOがいるわけで、彼らは少なくともロシアが得をする形では停戦に持っていかないでしょう。
そこで私が最も不思議に感じているのは、ロシアはあの戦い方をすればNATOやアメリカが利するのは明らかだったはずなのに、なぜこんな戦争を始めたのかということです。
 私自身、30代の頃まではここを誤解していて、政治家が理解に苦しむような選択をするはずがないと思い込んでいました。歴史上の人物は誰もが正しい判断を行なうものだという前提で歴史を読み解いていたんです。
 でも、そうじゃないんですよね。愚にもつかないことをやるのが政治家であり歴史なんですよ。
波頭 それは面白い視点ですね(笑)。
磯田 経済だってそうでしょう。愚にもつかない判断をする経営者って、今も昔も少なくないじゃないですか? でも、その積み重ねが歴史なのだと、今は思い知っています。
波頭 本当におっしゃる通りですよね。日本でもその時の空気に突き動かされ、誰も反対できないまま第二次世界大戦に突き進んだ過去がありますし。
磯田 なぜそういうことが起こるのかというと、一国のリーダーにしても経営者にしても、若い頃に頭にこびりついたものから離れられないからだと思うんです。ロシアにしても、昔から「西側諸国はいつか攻め入ってくる」と刷り込まれていたからこうなったとしか思えません。
 だから自分が50代になってあらためて思うのは、高齢者ほど若い頃にこびりついた考え方を常に総点検して洗い流し、今のものに合わせていく習慣を身につけなければならないということです。多数の運命を握る政治家や経営者であれば尚更です。
波頭 それでいうと、日本の失われた30年もそうですよね。経済成長率を見ても、30年間継続してデータが取れる国が世界に170カ国強ほどあって、日本はなんとワースト3に入っています。下にいるのはリビアやシリアという、ずっと内戦をやっている国だけなんです。そしてこれらの国に共通するのが、経済が伸びていないだけでなく、格差がどんどん拡大しているということですよ。
 日本がこの30年間にやった財政政策といえば、国民から消費税を集めて、富裕層と政治家にごっそり配っただけ。それで黒塗りの公文書を見せられても政権が倒れないなんて、ちょっと異様でしょう?
磯田 普通の先進国は、知る権利が補償された上で経済成長があるのに、日本だけが少しおかしいですよね。

このままでは日本は「走り者」の国になる

波頭 OECD(経済協力開発機構)に加盟する38カ国の、GDPに占める教育投資の割合を比べてみると、日本はずっと最下位なんですね。いかに教育に金を使っていないかの表れで、これでは発展するはずがないですよ。
磯田 そうですね、絶対に発展しません。人間は脳を耕さなければ豊かにはなれませんから。教育もしない、投資もしない、リスクも取らないでは、経済成長なんてあり得ないですよ。
波頭 それでも日本はこの30年に、何度か最高益を更新していますが、それが国内の投資ではなく海外への配当に回っている現実があります。お金の流れだけを見れば、完全に植民地状態ですよ。一体どうすればいいんですかね、日本は。
磯田 本当に難しいですけど、1つにはこれまで参加していなかった力を参加させることでしょうね。明治維新だって、それまで一部の武士だけがやっていたことを開放した背景があるわけで、若い世代や女性に参加してもらわない手はありません。労働力の質としては、日本は間違いなく高いですから。
 だから、若手や女性の声が通りやすい環境を整備しなければならないのに、地方の議会なんかを見ていると、顔ぶれが普通の日本社会と明らかにずれているじゃないですか(笑)。建設会社や労働組合、宗教関係者などはいるけど、主婦や若者の代表はまずいない。これで何の意見を反映させようというのか、ということですよ。
波頭 本当にそうですよね。育児にしても消費にしても、もっと生活者一人ひとりの声を通さなければいけません。昔の農民などは一揆や強訴で声を上げたわけですが、これではたいてい力で潰されてしまいます。
 さらに昔の平安や室町の頃には、政治に賛同できない場合は“浮浪”や“逃亡”という手に出る人が少なくありませんでした。こんなに税金を取られるのならやってられんと、割り当てられた土地を捨てて逃げてしまうんですね。
磯田 いわゆる走り者(故郷を捨てて出奔する人)ですよね。今の円安を見ているととくに、日本はこのままいくと走り者の国になってしまうのではないかと、真剣に不安になります。教育投資もしてもらえないなら、通貨の高い海外へ行って稼いだほうがいいですから。
波頭 そのほうが効率がいいことに、優秀な人ほど気づいてしまうでしょうね。

崩壊する「1660年体制」

磯田 私は今壊れようとしているのは、「1660年体制」だと考えています。1660年というのは江戸時代の寛文期に相当するのですが、この時代に走り者が止まったんです。幕府は何をやったのかというと、治水工事をするなど社会のセーフティネットを造り始めたんですね。
 庶民に家や牛も持たせて、結婚もさせる。米蔵も開けて食い扶持も与えるから、走らない(逃げない)でくれ、と。それまでは結婚なんて普通の人はしませんでしたから、これは画期的でした。ところが現代は、1660年以前と同じように、誰もが結婚をする時代ではなくなっています。
波頭 なるほど、400年維持された体制に変化が起こりつつあると。
磯田 幕府はこの時、福祉面を整備することで、要は「一揆なんて起こすんじゃないぞ」と庶民に迫ったんです。3人以上集まって政治の話をするのは徒党と言って、良からぬ企みをする集団と見なされ、処刑されました。
 これによる大きな変化は、結婚して家を持ち始めた百姓たちが、自分たちの墓域を得たことです。要は永続する家系を得たわけで、これが日本人に刷り込まれていくことになります。近代、経営不審に陥った企業でも、どうにか続けようと頑張ってしまうのはこの1660年体制のエートスによるものですから、うまくいくはずがないんですよ。
波頭 苦境に直面してもどうにか頑張ろうと努力するのは、良し悪しなんでしょうけどね。
磯田 そうなんです。永続を求める気持ちはわかりますし、必ずしも悪いことではないでしょう。ただ、これまでの歴史を途絶えさせることに過剰な恐れを抱くのは世界でも稀なエートスで、それがこの変化のスピードの早い社会においてどう作用するか、ということですね。
波頭 あれほど強かったチンギス・ハーンの帝国があっという間に滅んだことと、東ローマ帝国が1000年近くも安定して続いた事実を比べてみると、社会保障とまではいかなくても、多様性を認めて多人種が共存し、持続的な政治を行なったことが大きいと思います。
 それでいうと、今の日本は国民を養分にどうにか生きながらえようとしているようで、これでは長続きするわけがないですよね。

2023年を生きるヒントとは?

波頭 それにしても、こうして磯田さんのお話を聞いていてあらためて思うのは、“公”を一刻も早く回復させなければいけない、ということです。ただし、滅私奉公に巻き取られるのは危険ですけど。
磯田 そうですね。巻き取られるのではなく、本人が楽しみながら社会に参加するのが理想でしょう。たとえば街の子供の世話を焼いたり、隣の老人の面倒を見たりといったことを、負担にならないようにやれるのがベストで、そのための工夫を考えなければならないですよね。「2030年体制」みたいなものを目指して。
波頭 歴史的な意義として、ユニバーサルベーシックインカムを人類で初めて導入するのもいいかもしれませんね。
磯田 同感です。自助も地域の助けもないのであれば、ベーシックインカムに頼らざるを得ないですよ。
波頭 ベーシックインカムがあれば、個性を生かしたり新たな挑戦をしたりといったことも可能になるはずです。幸い、AIなどの登場で生産性は上がっていますから、少し工夫すれば国民全員に分配することは可能でしょう。
磯田 江戸時代には「分」という考え方があって、「武士は武士らしく」が求められ、副業も厳しく制限されていました。ところが百姓だけはこの時代も比較的自由な働き方が許されていて、これこそが21世紀半ばにあるべき人の姿ではないかと思うんです。より多様な顔を持って生きていく、という。
 それは多様な収入源を持つことに等しくて、ベーシックインカムで餓死するリスクだけは排除された状態を作り、今日はあの仕事を、明日はこの仕事をと、その人が楽しくやれることで収入源がいくつもあればいい。趣味を兼ねた5万円の小口収入が4つ持てれば、ベーシックインカムと合わせて十分豊かに生きていけますから。
波頭 それでは最後に、磯田さんにRethinkするキーワードをお願いしたいと思います。
磯田 「自然へ。そして、つながろう」でお願いします。実は今日この収録をさせていただいている京都の双ヶ丘は、『徒然草』の吉田兼好が過ごした地域なんです。兼好はこの地域で桜を見ながら、「来年も会おう」と語りかけていたそうです。
 このコロナ禍を機に、子供の名前に自然由来の文字を入れるケースが急増しているという話があるのですが、これは政治や経済、テクノロジーに限界を感じた人々が、無意識に自然への回帰を求め始めたからこそ、のように思えます。
 諦めの境地と言うと印象が悪いかもしれませんが、そこに幸せの所在を見出すのは悪いことではありません。自然と繋がり、地域と繋がり、人々と繋がることの価値を再認識することで、これからの生き方のヒントが見えてくるのではないでしょうか。
波頭 実に心に染みるお言葉ですね。本日はありがとうございました。
Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp

視点を変えれば、世の中は変わる。

私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、

パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために社会課題と向き合うプロジェクトです。

「Rethink」は2022年4月より全9話シリーズ(予定)毎月1回配信。

世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

NewsPicksアプリにて無料配信中。

視聴はこちらから。