記者クラブの外から見る

芦屋学園リポート第1回

絶対に甲子園に出場できない高校の挑戦

2015/1/30
あえて高校野球連盟に所属しない――。そんな規格外の挑戦をしているのが兵庫県の芦屋学園だ。彼らは絶対に甲子園に出場することができない。だが目標のひとつはプロ選手を生み出すことだ。いったい芦屋学園は何を目指しているのか?
「うちでは基礎からしっかり教えるので、ほかの高校より確実に伸びる」と語る永山英成育成軍監督(撮影:山本仁志)

「うちでは基礎からしっかり教えるので、ほかの高校より確実に伸びる」と語る永山英成育成軍監督。(撮影:山本仁志)

元プロ野球選手に指導を受けられる

高級邸宅が並ぶ芦屋市六麓荘町の高台に、中学から大学まで一貫教育を行う芦屋学園はある。2014年4月、彼らは高校野球の常識から大きく外れるチームを発足させた。

芦屋学園ベースボールクラブ――。

あえて野球部と名乗らないこのチームは、絶対に甲子園に出場することができない。なぜなら、日本高等学校野球連盟に所属していないからだ。球児の憧れである甲子園を放棄した代わりに、学生の頃から元プロ野球選手に指導を受けられることが最大の特徴として挙げられる。

既存の枠組みを自ら外れるというチャレンジングな取り組みを立ち上げたのが、元ラグビー日本代表で芦屋学園中学・高校の校長を務める大八木淳史だ。

「高野連ともめるつもりはありません(苦笑)。現在は多様な時代になっているので、子どもたちにさまざまな選択肢があることを提示したい」

サッカーにあって日本野球にないもの

Jリーガーを夢見る高校生にはユース、街クラブ、高校の部活動と複数の道があるのに対し、プロ野球選手を目指す少年はまず甲子園を目標とするのが既定路線だ。だが芦屋学園は、違うルートからプロ野球選手やメジャーリーガー輩出を見据えている。その取り組みを行っているのが、伏見工業高校ラグビー部時代にドラマ「スクールウォーズ」のモデルとなった山口良治から指導を受けた大八木というのが興味深い。

「甲子園を目指す野球部、花園を目指すラグビー部の一部では、プロフェッショナル以上の勝利至上主義がある。そうした今までの部活動と違う発想で何かできないかと考えました。私が高校でラグビーをした70年代と現在では、明らかに時間軸が違う。スポーツのサイエンス化やビジネス化など、時代に応じて変化していくのがスポーツ本来の特徴だと思います」

誰もが年齢の枠を超えて上のカテゴリーに進める

芦屋学園ベースボールクラブは独立リーグの兵庫ブルーサンダーズと提携し、その育成軍(3軍)という位置付けだ。中学生と高校生がここに所属する。芦屋大学の選手は2軍でプレーし、実力があれば誰もが年齢の枠を超えて上位チームで出場できる。

GMを務めるのが、PL学園出身で日本ハム、阪神で活躍した片岡篤史だ。現役時代に阪神などで16年間プレーし、オリックスや中日で投手コーチの経験を持つ池内豊が2軍監督を務め、同時に育成軍の投手コーチも兼任している。育成軍の監督は、県立広島工業高校を率いていた永山英成だ。

芦屋学園ではプロから指導を受けられるメリットがある反面、チーム発足前は「果たして部員が集まるのか」と不安視されていた。だが杞憂(きゆう)に終わり、高校生16人、中学生4人が門をたたいてきた。

現地取材で見えた「高校野球」との違い

間もなく新年を迎えようとしていた2014年末、西宮市にあるビーコンパークスタジアムを訪れると、13人の選手が元気に体を動かしていた。7名は補習のため、欠席しているという。

練習が始まると、いわゆる高校野球のイメージとは異なる光景が広がっていた。コーチの怒鳴り声がなければ、選手が気合を張り上げることもない。むしろ、和気あいあいとしたムードで練習が進められていく。

シートノックが始まると、さらに驚かされた。左中間を抜けた当たりを外野手が追いかけるものの、内野手がうまく中継のポジションをとれない。挙げ句、イージーゴロでもポロポロこぼす始末だ。果たして、試合が成り立つのだろうか。

対戦相手の確保に苦戦

芦屋学園ベースボールクラブが発足する前、大きな懸念材料と見られていたのが実戦機会の確保だった。高野連に所属しないため、ほかの高校と練習試合をすることが認められていない。芦屋学園は社会人やクラブチームとの試合を模索したが、アマチュアを束ねる全日本野球協会は「高野連に入らず、ほかのアマチュアの組織と試合をさせてくれというのはおかしい」と、要望をはねのけたのだ。

芦屋学園はチーム発足からこれまで、4試合しか行っていない。2014年11月に芦屋大学、12月に中学生の氷上ボーイズと練習試合で対戦し、2015年1月には宮崎で合宿を張っていた韓国の名門・ソウル培明(ペミョウン)高校と2試合を実施した。中学生には僅差で勝利を収めたものの、韓国の強豪には大敗だった。

選手は練習で腕を磨き、実戦を通じて課題や自信を積み上げ、また練習することで成長していくのはどのスポーツでも同じことだ。さらに言えば、試合がないのにどうやってモチベーションを維持していくのかという疑問もある。

試合をできないことにはメリットもある

しかし永山監督は、試合がないことをむしろメリットと考えている。選手たちのレベルがそこまで達していないからだ。

「この9カ月は基本練習ばかりで、グラブ使い、スイングのつくり方、投げることから始めています。強豪校でさえスキルの足りない指導者がいますが、選手は悪い練習を積み重ねると、次に『正しいことをやれ』と言ってもそこを除去するのに時間がかかる。今のうちから基礎をきっちり教えておくことで、将来の伸びしろが違ってくるんです。うちでは試合がない分、そこだけに専念できる」

守備練習ではグラブさばき、動き方から徹底。(撮影:山本仁志)

守備練習ではグラブさばき、動き方から徹底。(撮影:山本仁志)

夏の甲子園を頂点に、高校野球では冬のオフシーズンを除いて常に試合が行われているような状態だ。トーナメント形式のため、勝ち進まなければ次のラウンドに進めない。そうしたシステムが勝利至上主義を招き、選手の酷使に至っているという側面もある。

ちなみに高校サッカーでは、トーナメント戦よりリーグ戦を重視するようシフトチェンジされつつある。目の前の勝敗にとらわれすぎず、長期的視野で育成できるからだ。

永山監督の話を聞いていると、芦屋学園の取り組みにも通じるものがある。

「うちの取り組みで一番メリットを感じるのは、ゲームの結果にとらわれず、個々の成長に合わせて指導できることです。私も高校球界にいて感じましたが、甲子園を目指す強豪校ほど結果を求められるので、型にはめて、勝つための野球しかやらず、選手を潰してしまうこともある。うちにはそれがないので、長い目で見ることができます」

「着実に成長の跡が見える」

永山監督の論理は的を射ている一方、芦屋学園が直面する現実もある。

学園内には硬式野球を行うスペースを確保できず、練習場所を転々としているのだ。週に2度は校外の練習場を借り、残り3、4日は校内で素振り、バドミントンのシャトル打ち、キャッチボール、勉強会などを行う。基本の蓄積が必要な現状ならこのままでも問題ないが、選手たちがレベルアップしていったとき、練習場の確保は課題になる。

「春に入ってきた時点では、とてもじゃないけど県大会に出られるレベルではなかった。でも基礎練習をやってきたことで、今は県大会1回戦に上がれるくらいの力を持ち出したね」

2014年の暮れ、永山監督は選手たちにそう話した。兵庫県の高校野球部指導者から芦屋学園ベースボールクラブ顧問に転職した上野弘人は、「プロの舞台を経験された方が分かりやすく説明してくれるので、着実に成長の跡が見える」と感じている。

打撃のアドバイスを送る上野弘人顧問。(撮影:山本仁志)

打撃のアドバイスを送る上野弘人顧問。(撮影:山本仁志)

才能がなくてもプロになれる可能性はある

練習の合間に二人の高校生と一人の中学生に話を聞くと、芦屋学園に入学した理由は「プロになりたいから」と声をそろえた。少年が大きな夢を持つのは手放しに素晴らしいが、拙い守備練習を見た後だけに現実が頭をよぎる。ようやく県大会1回戦レベルになった彼らが、プロになれるのだろうか?

「才能はどうしても必要です」。そう前置きする永山監督は、「才能がなければ100%ダメかと言われたら、100%ではないですけどね」とも言う。その根拠は、プロで活躍する一人の選手にある。

「高校のときの教え子で、広島カープに入団した中東直己がいます。高校のときは170cmちょいのガリガリで、練習でも柵越えをしたことがなかった。『絶対にプロに入りたい』という向上心だけでやっていた子で、大学、社会人で力をつけ、プロでも努力を続けて1軍に入りました。やっぱり気持ちがあったんですね。中東が社会人のときにも、僕は『厳しいよ』って言いました。でも中東は『絶対にあきらめません』と言って、実際に行きよった。そういう例が身近にいるんです」

中学、高校で補欠だった選手が、プロで大成したという前例もある。例えば、黒田博樹(広島)や上原浩治(レッドソックス)は高校時代、控え投手だった。浅尾拓也(中日)が台頭したのも大学生の頃だ。

仮に芦屋学園の選手たちが実力に見合った県大会1回戦レベルの高校に入学していたら、「プロ」と口にするのははばかられたかもしれない。しかし彼らはプロの教えを日々受けながら、同じ場所を真剣な眼差しで見据えている。

果たして、「偏差値40からのプロ野球受験」は可能なのだろうか。次回以降で、芦屋学園が選手たちの夢をサポートできると考えている根拠と、将来への道のりや関門を描いていく。(敬称略)

※本連載は隔週で金曜日に掲載する予定です。