2022/12/22

10社80名のクリエイティブ組織の「ハリネズミ経営」がおもしろい

NewsPicks Brand Design Editor
クリエイターは今まさに「個」の時代。それゆえに、大勢のクリエイターを抱える「プロダクション」は、成長するにつれて、さまざまな組織課題と向き合わなければならない。

人数が増えることで仕組み化を余儀なくされクリエイティブに“エッジ”がなくなってしまう、クリエイターに組織に所属する価値を提供できず大量離職が起こってしまうなど。これらは業界の“あるある”と言える。

そんななか、小規模なクリエイティブコングロマリットを形成するという「ハリネズミ経営」で急成長を遂げているのが映像制作会社「エルロイ」だ。グループ10社で総勢80名弱。同社の異色の経営からクリエイティブ組織の今後のあり方を考える。

クリエイティブ版「ハリネズミ経営」

──エルロイは、10社から成るグループのなかの1社です。このような組織を形成している理由を教えてください。
 私たちのグループには本社機能を持つKOOENのほか、CGやWebのプロダクション、そして映像プロダクションだけでも5社あります。最近では年間に2社は増えていますね。
 35名が所属する映像プロダクションのエルロイは、グループの中でも中核になる会社。1つの会社としてこれらの組織を束ねることは可能ですが、それでは意味がない。
 クリエイティブと言ってもさまざまな種類があり、それぞれに対して適切なマネジメントの体制が必要です。今は1つの会社にするのではなく、グループでのシナジーを高めていきたいと考えています。
 カインズやワークマンを展開するベイシアグループが「ハリネズミ経営」を標榜しているのをご存じでしょうか。
 さまざまな個性を持つ小売ブランドがそれぞれのお客様に対して尖った価値を生み出す一方で、管理部門を一元化することでコストメリットも生み出す。
 私たちのグループもクリエイティブ版「ハリネズミ経営」と言えるかもしれません。
──小規模な会社組織をグループ化することで、それぞれの事業が個性を発揮できるのはわかりました。その一方で個性の究極系は個人のように思います。エルロイが「プロダクション」として活動することの意義はどこにあるのでしょうか。
 今は安価な機材で高画質な映像が撮影できますし、編集も簡単にできるようになりました。とはいえ、個人でできる映像の領域や質には限界があります。
 例えばBGMひとつとっても、映像にマッチしたクオリティを求めていくと個人だけでは限界があると思います。
 また、さまざまな視点からのアイデアや技術が集まることで良いクリエイティブが生み出され、それを蓄積していけるのも、チームとして活動することのメリットです。
 エルロイは設立当初から、自社ですべての作業を行っているのが特徴です。
 他のプロダクションでは企画とプロデュースだけを自社で行って、撮影と編集は他社に任せるようなところが少なくありません。
 でもそうすると、自社にノウハウがたまっていかないんですよね。
 エルロイの場合はいただいた案件一つ一つが、ノウハウになって蓄積していきます。もちろん得手・不得手はあるので、外部のクリエイターを頼ることもありますが、エルロイの社員が助手として付くようにして、学びにつなげるようにしています。
──自前主義だからこそ、チームにノウハウがたまっていくんですね。
 映像のプロダクションはいつの頃からか、外注さんに電話するだけの会社になって、スキルが空洞化してしまっているんですよね。それと同時に映像をつくる手触り感やおもしろさも手放してしまった。
 エルロイでは、あえて1人のクリエイターが他の領域も兼業するようにしています。例えば、カメラマンやエディターが企画段階から参加したり、⾳楽提案まで意⾒してきたりもします。
 それは制作のコストを削減することができる一方で、映像を作ることのおもしろさを復権したい、という意味合いもあるんです。

DXでグループ全体のバックオフィスを効率化

──TVCMが映像制作のメインだった時代と比べて、Web動画が主戦場になった今、予算も縮小傾向にあります。プロダクションとしての経営環境も厳しさを増しているのではないでしょうか。
 そうですね。昔は1本3000万円のTVCMを作っていたところを今は1本500万円のWeb動画を6本作るようになっている感覚です。その環境の変化が従業員に転じて、ブラック企業化してしまうプロダクションも少なくありません。
 私たちも予算を抑えてほしいという要望やタイトなスケジュールでのご依頼をいただくのですが、それでも従業員に働きやすい環境を提供できているという自負があります。
 その一番の要因として、DXにより従業員がクリエイティブ業務にリソースを集中できる環境にしたことがあると考えています。
 映像制作の世界は独特です。予算管理も、経理も、根本的に業界の仕事の仕方と合わない基幹システムで無理やり行っているケースが少なくありません。
 例えば、スタジオを借りたいなど高額な仮払いが発生することも多いのですが、そういった場合でもわざわざ紙で申請書を出さずに、ボタン1つで上司に承認してもらえる。
 そういうクリエイティブ業界に特化した「MILL」という管理システムを自前で作成したんです。エルロイの前代表で現在は「MILL」を提供するKOOENの代表を務める和田が5年前に開発して、今もアップデートをしています。
KOOENが提供する「MILL」。自社グループ以外のクリエイティブ企業にもサービス提供している。
 エルロイではなく他のグループ会社も「MILL」を使うことで、業務効率化を図り、コストメリットを享受しています。
 例えば、エルロイ1社で「MILL」の開発コストを負担するとなるとハードルが高いかもしれませんが、グループ全体であればそれほど負担は大きくありません。
その点も「ハリネズミ経営」のメリットかもしれませんね。

「グループ」の共創でイノベーションを生み出す

──2022年9月からは「The Creation HUB」(以下CH)として新拠点を構え、10社のグループ企業が1つの拠点に集まったそうですね。
はい、代々木八幡にグループ企業が集結するクリエーションハブ空間としてCHを開設しました。背景には「共創」「育成」「起業プラットフォーム」の3つの側面でエコシステムを作るという狙いがあります。
代々木八幡のCHの様子。フリーアドレスになっていて、会社の垣根を越えたコミュニケーションが生まれる。
 1つ目の「共創」ですが、以前はオフィスも4拠点に分かれていて、グループの現場同士では案件のやりとり以外でほぼ関わりがない状況でした。横のつながりが希薄で、おもしろい化学反応も生まれにくかった。
 いろんな人が同じ空間にいる中で刺激を受け合うことで「共創」しながら個々がアップデートできる環境を作らないと、旧態依然としたトラディショナルプロダクションで終わってしまうと思ったんです。
 また2つ目の「育成」面では、創業から10年が経過し、新卒でエルロイに入社したメンバーが成長していくフェーズに入りました。
 映像プロダクションへ入社志望する学生の数も徐々に減少しつつあるなか、古参の我々とは違って、今や映像制作の知識もない状態で業界に入る新卒や、映像づくりに対して強い熱意を持たずに入社する子もいます。
 そういったメンバーに映像制作の魅力を理解してもらい、短いスパンの中で成長してもらうためには、外からの刺激が必要不可欠だと思いました。
 CHという環境では、エルロイに所属しながらも外部の刺激に触れることができる絶好のチャンスを用意できる。能動的に動けば、いくらでも知識や経験値を得られると思います。
 そして3つ目の「起業プラットフォーム」に関しては、エルロイのライバルにもなり得るような新会社を創出させ、新市場に対応できる力を身につけることを狙っています。
 CHの中から新規事業を生み出したり起業したりする場合は、半年間の家賃を無償化する取り組みも行っていて。そうやって起業支援を行いながら、どんどん新しい事業を生み出していきたいです。
──社会全体でリモートワークが普及・浸透している現在、あえてオフラインでのプラットフォームを作った点が興味深いです。各社のメンバーは、どのようにCHを活用しているのでしょうか?
 現在はハイブリッド出社となっており、在宅勤務を交えながら会社で撮影準備や打ち合わせを行ってもらっています。
 やはりコロナ禍を経て、オンラインと比べた時の、対面でやりとりする圧倒的な速さを改めて痛感しました。何か疑問が生まれた時に、気軽に声を掛けて相談できる存在がいることは個々のメンバーの安心感につながっています。
 ただ化学反応を誘発するためにも、きっかけ作りが重要でして。各社のオンボーディングを一緒に実施したり、ワークショップや交流会を行ったりしながら、横のつながりを強めているところです。

今、本当にいい感じにカオスになってきています。

──12月現在、CHが設立してから4カ月が経過しようとしていましたが、現場ではどういった変化が生まれていますか?
 グループ会社のメンバー全員が入っているSlackのワークスペース内で、自発的に情報共有のチャンネルが生まれたりしています。
 最近では僕の知らないうちにエルロイの編集部が音頭をとって「Adobe部」というチャンネルが生まれました。Tipsを共有し合ったり、技術的な相談を投稿したりと、所属に関係なく積極的なコミュニケーションが生まれているようです。
 また、何社かの有志社員が合同でミュージックビデオを作成したりと、新たなアウトプットの形が生まれたことも印象的でした。オフィス内は基本的にフリーアドレス。各社ごとに使用できるエリアなども限定していないからこそ、自分が作業する隣の席に違う会社のメンバーが座ることもあります。
 実際にCHの中では、新人の相談に別会社のプランナーがアドバイスしていたりすることもあるんですよ。「あ、ここ繋がったんだ」と、見ていて楽しい発見が多いです。
 グループ全体では80人弱が所属していますが、WebやCGなど、違う職種のプレーヤー同士が混ざり合うことで、良い化学反応を生み出しているように感じます。
左から、岩田健太郎(Pr, 執行役員)、松岡良樹(Pr, 執行役員)、高原成博(エルロイ代表取締役)、田中マサル(Pr, 執行役員)、藏原健之(Pr, 執行役員)。
──グループ会社10社分の知恵や経験がCHという1つの空間に集約されている状況だと思います。今後は外からの刺激をより強めるべく、どういった人にジョインしてもらいたいですか?
 10社を横串で貫くようなコミュニケーションデザイナーや、社を横断した営業を行える存在がいると、より活性化するかもしれないですね。
 あとは「この分野で起業したいです」という意志をもったアントレプレナーも募集しています。
 必ずしも映像関連の事業ではなく、例えば日本食やカクテルなど、広く「創造性」という軸にハマる事業であればウェルカムです。日本発のクリエイティブを海外に売り込むための拠点として、CHが機能していけたらおもしろいですね。