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今はなき母が一人暮らししていたマンションの目の前が公園で、昼間から宵の口にかけ、元気に子供の声がしてました。夜が更けると静かです。窓から見下ろす親子や子供同士が楽しそうに遊ぶのは母の好む光景でしたし、私も目にするたび微笑ましく思ったものでした。そのマンションを買ってくれた人も、そこに公園があることが気に入ったようでした。 
他方、生理的、あるいは一種の障害として音に敏感な人たちがいるのも私が経験的に知る事実です。そうした人たちにとって、後から出来た公園に住環境が破壊されるのは耐え難いことでしょう、たぶん。そういう意味でこうした判断を全面的に否定することは出来ませんけれど、個人の権利が強調される反面、対をなす国民としての義務を伝える力が弱い我が国で、公益と私益のバランスが悪くなっているように感じないでもありません。子供と日本の未来を思う時、何だか寂しい結末ではありますね・・・ (・・;
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感想としては悲しいですし、こういうことも想定して公園作らないといけないかと思うと頭痛いですね。このようなトラブルを避けるためのガイドラインなどあったりするのでしょうか。
かなしいですね。このツイートから市議の活動をたどると、1人のクレーマーが事態を動かしたことがうかがえます。決めつけは避けたいですが、公園の廃止というのは由々しき事態です。
https://twitter.com/mane247/status/1598596804731613184?s=46&t=k-iY_V-E_jJXec2pwjxg5A
陳情とは何か?
わがままとの違いは何か?
その違いを明確にしなければ、これからも少数のわがままな人間に合わせた窮屈な世の中になる。
窮屈な世の中で子育てができるだろうか?
子ども達の未来のために『それは陳情ではなくあなたのわがままだ。全ての子ども達は元気に走り回る権利があり、地域はそれを守る義務がある。』と言える人間を役所や地域のトップに置かなければならない。
今すぐ変えなければ。
既に出生数の減少は止められない勢いになってきている。
これは本当に難しい問題です。

「うるさい」と苦情を言う人はどうかしている、と断ずるのは外野だからこそできること。
夜間に仕事をしている人たちにとっては、安眠妨害にもなりえます。

また、公園ができる前から住んでいる人と、できた後に住み始めた人との間には、違いがあります。
できた後に住み始めた人は、公園があって子どもたちが遊んでいるということを承知の上で住み始めたのですから。

また、代わりの遊び場の有無も大きなポイントです。
近くに代わりの遊び場があれば、子どもたちはそこで遊べます。
(都内と違って長野市なので案外あるかも…)

子どもたちに「静かに遊べ」と強いるのはムリです。
伸び伸びと遊んでこそ、遊びなのです。

諸事情を総合的に斟酌するしかないのですが、一部の人たちの抗議があっただけで判断するのは早計のような気がします。
なんにでも苦情を言う人はいますから。
「青木島遊園地は2004年4月に地元から要望を受けて開設された。放課後には児童センターで過ごす大勢の子どもたちが遊びに来た。夕方の遅い時間帯には保護者たちのお迎えの車が相次いで出入りした。だが、まもなく一部の近隣住民から「うるさい」「子どもたちが走り回ってほこりが舞い、車が汚れる」などと苦情が出るようになったという。」
地方の公園でそんなにうるさいほど子どもが集まるのかなと思いましたが、放課後には児童センターで過ごしている子ども達の遊び場になっていたのですね。
とはいえ、このニュースはとても切ないですね。
むしろ子供の声が集まる場所が昔に比べて大きく減っているくらいなのに。。
1人のクレーマーはネットでさらされるリスクがあると思います。
人が少ないエリアの田舎であれば、広大な土地があるので、周りに迷惑をかけないような大きな公園を作れたりしますが(実際に私は地方移住してから栃木や福島の公園の大きさに圧倒されています!)、そこまで田舎すぎない場所は東京ほどでないにせよ、家がそれなりに密集しているので公園などの施設も工夫が求められるのかと。

地方各地を旅しても思いますが、本当に「地方」と一言でいっても、それぞれの地域の状況は様々だなーも改めて感じました。
ノイジーマイノリティの典型ですね。彼らの言いなりではろくなことが起きません。良い取り組みも潰されたりします。
"一部の近隣住民から「うるさい」「子どもたちが走り回ってほこりが舞い、車が汚れる」などと苦情が出るようになった"
ホント酷い話。
子供よりも優先すべきことあるのだろうか。
いっそ、子供が遊べる公園を守る法規を作るべきかと。