2022/12/9
“女性の悩み”を解消するテクノロジー。国内市場も急成長する理由
NewsPicks Brand Design / Senior Editor
男女が平等に働ける環境づくりには、“性差にまつわるハンデ”への理解やサポートが欠かせない。
そうしたハンデを解消し、性別を問わない働きやすさを実現し得る手段の一つとして、大きな期待を寄せられているのが「フェムテック」だ。
2016年頃に生まれたこの造語は、2021年の新語・流行語大賞にノミネートされ、政府が発表した「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太方針)にも、「フェムテックの推進」の文言が盛り込まれるなどで注目が集まり、国内市場も急拡大している。
その最前線を探るべく、10月14日〜16日の3日間にわたって開催された「FemtechFes! 2022(フェムテックフェス)」(主催:fermata株式会社)の模様をお届けする。
- 平日も大盛況のフェムテックイベント
- 企業も「女性の健康課題の解消」を求めている
- さらに多くの課題を見据える海外フェムテック市場
- 人事担当者必見。先進企業のウェルネス施策
- 実は「8割」が悩まされていた生理痛
- 企業戦略として女性のウェルネス施策を
平日も大盛況のフェムテックイベント
ビジネスデーだったイベント初日。平日にもかかわらず、会場には一般参加者も多く集まった。
会場の六本木アカデミーヒルズのフロアに展示ブースを広く展開。国内外合わせて200以上のソリューションが展示されていた。出展企業には大手製薬会社や食品メーカーの名前も並ぶ。
まずは国内のソリューションを一部ご紹介しよう。
会場内のさまざまなブースで確認できたのが、吸水ショーツだ。
大手アパレルメーカーも発売し、生理ケア用品として新しい選択肢が定着しつつある。オーガニックコットンや機能性素材など、生地やデザインにこだわったブランドが集結していた。
その他にも、睡眠時の質を計測するデバイスやオンラインピル処方サービスなど、国内のソリューションには、月経に関するものが多く見られた。
ここでは、筆者が気になったアイテムを2つご紹介する。
まずはこちらの「carefie(ケアフィー)」。黒い本体の両面がカメラになっており、路上や電車内での性暴力被害にあった場合、その状況を記録し、被害を証明するための歩行者用レコーダーだ。
実体験をもとに、パナソニック社内でチームを立ち上げて開発に取り組んできたというチームリーダーの前田瑞歩さんは「警察にも証拠能力として充分であることを確認済みです。今後精度を高め、クラウドファンディングで資金を募り、製品化。市場に投入していく予定です」と話す。
2022年8月に発表された内閣府男女共同参画局の「女性に対する暴力の現状と課題」によれば、2021年の全国の性暴力・性被害の相談件数は年間58,771件で、前年比14.9%増。
また、相談者の年齢層は、電話相談・面談ともに7割以上が20代以下という結果となっている。
企業も「女性の健康課題の解消」を求めている
フェムテックには、ユーザーとなる女性たち自身だけでなく、企業も福利厚生として熱い視線を注ぎ始めている。
経済産業省の調査(※)によれば、生理痛やPMSといった月経に伴う女性特有の体調不良による労働損失は、年間約4,900億円。
※経済産業省「健康経営における女性の健康の取り組みについて」(平成31年)
少子高齢化による労働力不足といった背景から、ビジネスにおいても「女性活躍」の重要性が高まるなかで、企業が健康面から支援する動きも広がりつつあるのだ。
こうしたニーズを捉えたのが、保険会社のSOMPOひまわり生命だ。
同社の提供する「Linkx Life is(リンククロス ライフイズ)」は、企業の役員・従業員向けの有償ヘルスケアサービス。女性従業員のライフデザインの総合的な支援を目指している。
パッケージには、フェムテック企業との協業によって、郵送ホルモンチェックサービスや生理、将来の妊娠、年期に関して専門家に直接相談が可能なチャット機能なども含まれている。
事業企画部サービスデザイングループ長の松本洸徳さんは「企業間で健康経営や女性活躍の面でニーズの高まりを感じています。ライフイベントで離職してしまう女性がいるなかで、こうしたサービスがエンゲージメントの向上につながれば」と話す。
さらに多くの課題を見据える海外フェムテック市場
海外のフェムテック市場では、妊娠・出産期のアイテムや更年期ケア、セックストイなどのセクシャルウェルネス(性の健康)領域に、多彩なプロダクトが登場している。
まだ生理ケアが中心の印象が強い国内の出展者に比べて、海外フェムテックはマーケットの幅がどんどん広がっているのが実感できた。
みなさんは、以下の写真がどんなフェムテック製品か、わかるだろうか?
まるでお菓子のパッケージのような「Mosie Baby(モジーベイビー)」は、自宅で使えるシリンジ法(※)の人工授精キット。
※採取した精液を、シリンジという注射器型のスポイトを使って、膣内に注入して受精をする妊活法。排卵日に合わせた性行為の心理的・身体的な負担を軽減できる。
日本でもシリンジキットは販売されているが、医療機器とは一見してわからないようなポップなデザインは、人工授精にまつわる偏見を取り除きたいという開発者の思いが込められている。
また、今年は新型コロナによる入国規制が緩和されたこともあり、会場には来日した海外プロダクトの開発者が日本市場にアピールする姿も散見された。
アイルランド発の「Coro(コロ)」は、授乳時の母乳量を正確に測定できるデバイス。左右の母乳量の差がわかるほか、同齢の乳児の摂取量との比較が可能。感覚的だった母乳育児の悩みを解消する。日本でも2023年にローンチ予定だ。
イベント全体で強く感じたのは、女性の健康課題に関する市場の盛り上がり。
数年前に生まれた「フェムテック」というビジネスワードが一般にも普及し、多くの人々の興味・関心の対象となっているのを目の当たりにした。
テックを伴わない「フェムケア」領域の出品も多く、自社のポテンシャルを発揮し、ビジネスチャンスを捉えようという国内企業の姿勢が窺えた。
勢いを増すフェムテック市場だが、そのアプローチ対象は「女性の健康課題」。つまり、人間の命にさえ関わる領域だ。
政府もフェムテックの推進を掲げるからこそ、薬機法に基づく広告表現等の規制を見直すといった対策も急ピッチで進めている。
新しいテクノロジーが、必要な医療へのアクセスをかえって阻害することなく、正しく女性の健康課題へのソリューションとして機能していくためには、こうしたフェムテックの法整備も考えていかねばならない。
その先に、いったいどんなプロダクトが登場するのか。来年の「FemtechFes!」開催への期待感は早くも高まっている。
人事担当者必見。先進企業のウェルネス施策
「FemtechFes!」のビジネスデーは、人事担当者向けのセッションも開催。盛況だったなかから、今回はNewsPicks for WE編集長がモデレータを務めたセッションをハイライトでお届けする。
実は「8割」が悩まされていた生理痛
──テーマである「女性の健康」に関する両社の取り組みを教えてください。
山口 約3万人の社員がいるパナソニック コネクトですが、女性の健康に関するナレッジが絶対的に足りていないと思っています。
そのため、社内での理解を深め、タブー視をなくすための啓発を中心に取り組んでいます。
まずは、2021年10月にサンリオエンターテイメント代表の小巻亜矢さんをお招きして、「女性のホルモンバランスが仕事のパフォーマンスに与える影響について」のセミナーを行いました。
このセミナーには男性社員も多数参加していましたが、「初めて知ることばかりだった」「部下の生理に触れるのは、ハラスメントに当たると考えていた」といった声が多く聞かれました。
パナソニックのB2Bソリューションビジネスを担うパナソニック コネクト株式会社のマーケティングおよびデザイン部門の責任者として、国内外のマーケティング機能の強化を担う。ビジネス改革・カルチャー改革に取り組む一方、ダイバーシティ推進担当役員として女性管理職比率30%、LGBTQの理解促進、男性育休の100%取得などを推進。日本アドバタイザーズ協会 デジタルメディア委員会委員長。
2022年度は、約1500人にのぼる管理職を対象に、計4.5時間のDEI(Diversity, Equity & Inclusion)研修を実施しています。
この研修では、女性の健康についてのコンテンツやワークショップを通じて、生理やPMS(月経前症候群)、妊娠・不妊、更年期障害、骨粗鬆症といったライフステージに応じた女性の健康問題と、それに対するマネージャーとしての接し方を学びます。
また、参加者自身の経験も踏まえたグループディスカッションで、男性管理職の方にも“自分ごと”として考えてもらうようにしています。
──若手の女性スタッフが多いミュゼプラチナムでは、どんな施策を?
柳沼 約3500人のスタッフは、9割が女性で、平均年齢は28歳です。そこで、CSRとして2018年から月経にフォーカスして支援に取り組んでいます。
きっかけは、月経に悩む声が数多く上がったことでした。
福島県生まれ。福島県の広告代理店での勤務を経て、2007年ミュゼグループに入社。飲食事業の広報担当者として、ラーメンどっぷりの生活を5年ほど続けたのち、2015年よりミュゼグループ全体の広報責任者として従事。CSR活動の一環として取り組んでいるピンクリボン活動を通じて女性の健康課題を痛感し、ミュゼハッピープロジェクトの立ち上げや従業員のヘルスリテラシー向上の活動を行う。
婦人科の先生に話を聞いてみると、20~30代の女性は健康診断では見つからない月経関連の不調や病気を抱えるケースが多く、それが仕事のパフォーマンスに影響を与えやすいとわかりました。
さらにスタッフ全員を対象に実施したアンケート調査では、8割が「生理痛がある」、7割が「仕事に支障がある」と回答し、痛みで当日欠勤してしまう人が1割もいた。
こうした調査結果を受けて、月経や子宮の病気に関する知識と、婦人科受診の重要性を学ぶ勉強会を始めました。
すると、実は女性たち自身も、自らの健康に関するリテラシーが低いことがわかったんです。
生理痛は当たり前だと思っているし、自分の月経量に問題があるのかわからない。ほとんどのスタッフが、PMSの症状もよく理解できていない状況でした。
──勉強会を実施して、何か変化はありましたか?
柳沼 PMSや生理痛などを改善するために病院へ行く人が増え、社内のピルの服用率は11.4%まで上がっています。この数字は、日本人の平均である2.9%(※)の約4倍。生理痛による欠勤率も半減しています。
※国連「Contraceptive Use by Method 2019」
健康に関するリテラシーが高い人は、業務パフォーマンスが高いこともわかってきました。
山口 なるほど。私も今、更年期障害が仕事に影響しないか心配で、定期的に婦人科に通っています。
ただこれは、仲の良い年上の女性たちから更年期の変化についてたまたま話を聞き、病院を紹介してもらったおかげ。知識とネットワークは大事だとつくづく感じます。
本来は、誰しも自分に合った“かかりつけ医”があってしかるべきですよね。
柳沼 そうですね。婦人科にも得意分野がありますが、それを個々人がWebサイトだけで判断するのは難易度が高い。
従業員からも「病院を紹介してほしい」という声が多く寄せられます。
企業戦略として女性のウェルネス施策を
──女性のウェルネス施策は、社内での承認を受けにくいという課題もあります。それを乗り越えるにはどうすればよいのでしょうか?
柳沼 まず、会社にとっての“メリットの可視化”が重要です。
私たちが最初に目標に掲げたのは、欠勤率の改善と、月経中の業務パフォーマンスの向上、チームビルディングへの貢献でした。
業務パフォーマンスに関しては、一人当たりの経費率を計算し、どれだけの損失があるかを金額で示しました。
山口 学校や家庭で生理がタブー視されていた世代の人たちには、どうアプローチしていますか?
柳沼 全スタッフ向けの基礎知識の研修とは別に、女性の健康に関する知識をどうチームビルディングに生かすかの研修を、管理職を対象に実施しています。
マネジメントの一環として、体調の悪そうなスタッフに寄り添うだけでなく、改善につなげる具体的なアクションとして、上司が病院の受診を促しやすい環境づくりを進めています。
特に男性は「ハラスメントに当たるのでは」などと考えがちですから。
山口 生理をタブー視する人たちには、学び直しの機会が必要だと私も思います。知識をつけ、数字で説得する以外に、共感力を高める工夫も必要ですね。
D&Iが進んだ北欧では、男性マネージャーでも女性の健康に関する知識レベルが高く、適切なアドバイスができるそうです。それが日本との大きなギャップにつながっている、と。
柳沼 健康のリテラシーを高めることは、働きやすい環境づくりの一環と言えます。
もし生理痛がつらいときに、周囲のメンバーが当たり前に通院する環境なら、なんとなくそれに倣う気持ちになるかもしれませんし、職場でイライラしている人がいても、ホルモンバランスが原因の場合もあると知っていれば、まったく印象や対処が変わってくるはず。
ゆくゆくは、私たちの活動で得た情報や知見を、従業員だけでなく社会のために生かしていきたいと考えています。
山口 2022年版の「男女格差(ジェンダー・ギャップ)報告」で日本が146カ国中116位、G7では最下位だったことを考えれば、日本企業がまだまだ男性中心の構造になっているのは明らかです。
その意味で、生理や更年期障害を抱えながら働く人がいるという理解が社会に広まることは、とても重要です。
女性に関してだけではなく、障害を持つ方なども含むマイノリティに目を向け、個々人が尊重しあいながら生きられるD&I社会の実現のきっかけになるのではないでしょうか。
──最後に、これから女性の健康課題解決に取り組もうとしている人事担当者にアドバイスをお願いします。
山口 女性の健康課題に対する取り組みは、D&Iの重点取り組みの一つです。そしてD&Iの実現は、個々人の人権に関わる話であり、会社が今後も生き残っていくための企業戦略でもあると考えています。
今までにないテーマだけに戸惑いが起こりがちですが、横のつながりを作って学びあいながら、ぜひ一緒に実践していきましょう。
柳沼 企業における女性のウェルネス施策は、ボランティアではなく、成果を見据えてすべきもの。ただ、その成果は、その組織の課題によって変わります。
まずは、自分の組織が抱える課題の可視化から始めてみてください。
執筆(セッションパート):有馬ゆえ
撮影・デザイン:田中貴美恵
取材・編集:中道薫