2022/12/3
【宮崎】ふるさと納税を3年で95倍集めた小さな町の大戦略
人口減少や産業の空洞化など多くの地方自治体が向き合う課題を、ビジネス創出で解決しようと挑戦を続けているのが宮崎県新富町です。推進役となっているのが、2017年に町が設立した地域商社「こゆ財団」です。
こゆ財団は、2人の“アイデアマン”を中心に、次々と新しい取り組みを展開。町に元々ある資産・資源を巧妙にブランディングする手法で、ふるさと納税の寄付額を3年で95倍にするなど、成果も上げています。
“稼いだ”資金を元にした取り組みの一つに、町の主要産業である農業をテクノロジーの力で変革しようというプロジェクトがありました。それは後に、自動収穫ロボットを実用化したスタートアップ企業・AGRIST株式会社の創業にもつながりました。そのプロジェクトの発端をたどりました。
こゆ財団は、2人の“アイデアマン”を中心に、次々と新しい取り組みを展開。町に元々ある資産・資源を巧妙にブランディングする手法で、ふるさと納税の寄付額を3年で95倍にするなど、成果も上げています。
“稼いだ”資金を元にした取り組みの一つに、町の主要産業である農業をテクノロジーの力で変革しようというプロジェクトがありました。それは後に、自動収穫ロボットを実用化したスタートアップ企業・AGRIST株式会社の創業にもつながりました。そのプロジェクトの発端をたどりました。
INDEX
- 町として稼ぐため地域商社設立
- ふるさと納税、20倍の寄付集める
- “まちづくりのプロ”が代表就任
- 1粒1000円ライチでふるさと納税躍進
- スマート農業の研究・開発に着手
町として稼ぐため地域商社設立
宮崎県新富町は宮崎市の北隣にあり、野菜などの農業が盛んな町です。人口は約1万6千人(10月1日現在)。町の課題を解決しようという取り組みは、2016年から本格的に始まりました。
「今、何も手を打たないと少子高齢化や財政難で10~20年後に町は相当やばくなる。まだ体力があるうちに、次の未来をつくらなければ、と考えたんです」
こう振り返るのは、町役場でまちおこし政策課の課長補佐だった岡本啓二さん(現・秘書広報室長)です。ビジネスをプロデュースしたり起業家を育成したりして「町としてしっかり稼ぐ」ため、独立した団体の設立の必要性を土屋良文町長(当時)に提言していました。
土屋町長は2016年3月に「例の団体設立、やってくれ。でもお金はないぞ」と岡本さんに指示しました。やりたいことのアイデアはいろいろ考えていたものの、予算がなければ何もできません。岡本さんは考えた挙げ句、町長にこう提案しました。「僕にふるさと納税をやらせてください。1年で1億円集められたら、うち1000万円を新しい団体にください」
ふるさと納税、20倍の寄付集める
町長の許可を得て、岡本さんは動き始めます。当時、町が集めたふるさと納税は年2000万円程度。返礼品のラインナップを約20品から100品ほどに増やしたり、宮崎県内で多額の寄付を集めていた自治体の担当者にノウハウを教えてもらったり、東京に行って返礼品の試食会を行ってその場で寄付の申し込みを受け付けたり。「あらゆることを実行しました」と岡本さん。
ヒットしたのは名産ウナギの「白焼き」でした。ウナギが名物の他の自治体は、かば焼きを返礼品にしていたところが大半だったため、差別化であえて白焼きを推す戦略にしたのです。これが当たり、2016年11月には1億円の寄付目標額に到達しました。
さらに年の瀬、当時は他の多くの自治体が「御用納め」でふるさと納税の受け付け事務を終了していたところ、新富町は12月31日まで職員を出動させることにしました。すると、節税狙いで所得控除額いっぱいまで寄付したいのに、寄付先が見つからない人たちの「駆け込み需要」をつかみ、寄付が殺到したのです。結局、町は2016年度に4億円超の寄付を集めました。
“まちづくりのプロ”が代表就任
目標の4倍、前年度に比べて20倍の寄付を集めた新富町。結局、翌年度から総寄付額の6%の約2400万円を新たに立ち上げる団体が町からのふるさと納税事務の委託料として受け取る仕組みとなりました。自治体が民間企業に事務委託する場合は総寄付額の10~20%を支払うことが多いとされていますから、町にとっても「安上がり」です。
新団体は、すでにあった町の観光協会を法人化した地域商社として発足させることになり、岡本さんは町議会で議員らに説明しました。ふるさと納税での成果もあり、賛同は得たのですが、一部の議員から「誰が代表に?」と問われました。
そこで「いちおう僕がやろうと思っています」と答弁したところ、「役場の職員なのに、法人の経営なんかできるのか。まちづくりのプロに任せた方がいいだろう」などと疑問を投げかけられたのです。
岡本さんは2017年4月の地域商社設立に向け、急いで代表になってくれる人を探します。そこで、ふるさと納税のノウハウを教えてくれた綾町の知人から紹介された齋藤潤一さんに、こう伝えて懇願しました。「代表に就いてもらえませんか。でないと議会で通らず、この企画はつぶれます」
そんな岡本さんの依頼を、県内外のさまざまな自治体でまちづくりや人材育成をしていて多忙だった齋藤さんは一度は断りました。それでも「実務は僕がやるので」と食い下がる岡本さんの打診に応じることにしました。設立の2カ月前のことです。
齋藤 「自治体が自ら稼ぐことで地域が持続可能にならないといけない――そんな問題意識、ゴールが一緒だったので、最終的に受けることにしたんです」
そして2017年4月、一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(略称・こゆ財団)が発足。齋藤さんが代表理事、岡本さんが執行理事に就きました。「こゆ」は新富町が属する宮崎県児湯(こゆ)郡からきています。
1粒1000円ライチでふるさと納税躍進
それまでも地域の特産品のプロモーションを多く手がけていた齋藤さんは、こゆ財団設立後すぐ、岡本さんにこう相談します。「町の農産物で、何かブランディングできるものない?」
岡本さんは町内のある農家が栽培していたライチを提案しました。輸入品に多い実が小さな品種ではなく、1玉40グラムほどのチャカパットという品種のライチです。大きさだけでなく、糖度が15度以上と甘くジューシーな実が特長です。
「うまい。こんなの初めて食べた」。齋藤さんは口にしてうなりました。そして、1本の木に100個ほどなる実のうち10個ほどしか取れない50グラム以上の大玉だけを厳選し、1玉1000円に値付けして売り出すことにしました。「新富ライチ」ブランドの誕生です。
齋藤 「ライチは冷凍で輸入されるものがほとんどで、日本人が普通に想像するライチって、もっと小さいじゃないですか。でも『新富ライチ』はこんなに大きくてジューシー。この期待値とのギャップに、1000円を払う人はいるだろうと目を付けました」
新富ライチの認知を高めるため、こゆ財団はネット広告を出稿したり、クラウドファンディングを実施したり、東京でのイベントに出品したりと、齋藤さんがそれまで各地の特産品のプロモーションで培った知見を全て生かしました。
「1年に200~300箱しか出荷しない」という希少性もあって次第に注目が集まり、新富ライチを返礼品に指定したふるさと納税が町には殺到。2017年度は約9億円、2018年度は19億円を集めることに成功しました。3年間で95倍に増やした計算です。
スマート農業の研究・開発に着手
岡本さんが事前に町と取り決めた、ふるさと納税の総寄付額の6%を受け取る仕組みにより、こゆ財団にはそれなりの事業資金が入るように。そして、町から起業する事業者を支援するプログラムや、町内外の人を集めるための朝市の実施、インバウンド誘客目的で町内の空き古民家を貸し切り宿にするリノベーションなど、さまざまな施策に着手し始めました。
岡本 「齋藤さんの『まずは量を打つ。そこから質に転換する』戦略で、短期間のうちにとにかくたくさんの事業を始めました。中には失敗した事業もありますが、撤退もスピーディーにやりました」
数ある取り組みの中で財団が最も注力したのは、町の主要産業である農業です。
日本の他の地方と同様に、新富町でも農業の担い手の高齢化が進み、人手も年々足りなくなる状況でした。町によると、1995年に1372戸あった農家は20年後の2015年には879戸と年々減っています。そこで、先端技術を取り入れて省人化・効率化できる方法を考えようと、こゆ財団は町内の農家と定期的に勉強会を開くことにしました。
その勉強会で中心的存在だったのが、ピーマン農家の福山望さんです。福山さんは、ビニールハウス内の温度などを制御して省エネを実現するシステムを開発・導入し、2013年に特許を取得するなど、早くからテクノロジーの力で農業の効率化に挑戦していました。
その福山さんからは財団側に、こんな相談が持ちかけられました。「ピーマンを収穫する人を確保するのが難しくなってきている。人手不足解消には、町の農業が続いていくには、自動収穫ロボットしかない。一緒に考えてくれ」
同じ頃、齋藤さんが講演活動で北九州工業高等専門学校を訪れたことをきっかけに、産業用ロボットの研究・開発が専門の同校特命教授・滝本隆さんと知り合いました。
滝本さんは学校発ベンチャー企業の「Next Technology」を立ち上げ、九州各地の企業向けにロボットの力で生産現場の課題を解決する支援を展開してきました。
齋藤さんが自動収穫ロボットの必要性について滝本さんに話すと、「ぜひ一緒にやろう」と意気投合。さっそくNext Technologyのメンバーが数カ月後に新富町を訪れることになり、具体的なロボットの開発が動き出したのです。これがAGRISTの創業につながったのです。
※Vol.4に続く
取材・文:中村信義
写真:中山雄太
編集:野上英文
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
タイトルバナー:こゆ財団提供
写真:中山雄太
編集:野上英文
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
タイトルバナー:こゆ財団提供
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