2022/11/30

【宮崎】「1ヘクタールで1億稼ぐ」スマート農業は広がるか

NewsPicks for Business編集長
担い手不足や高齢化といった農業の課題をテクノロジーの力で解決する「スマート農業」に期待が集まっています。ただ、行政や大手企業が主導する多くが商用化や普及に至っていないのが実情です。農家側に取材すると、そうした取り組みが「農業の現場の実情に合っていない」といった声も聞かれます。

そんな中、地方の現場で農家の声を聞きながら、スマート農業を実践しているスタートアップ企業がAGRIST株式会社です。人口約1万6千人の宮崎県新富町で、野菜の自動収穫ロボットを開発し、自治体と連携しながら自ら営農もしています。AGRISTがめざす「儲かる農業」の将来像を探ろうと、現地で取材しました。(全4回)
INDEX
  • ロボットの自動収穫で「20~30%収益増」
  • 農家の“現場のアイデア”でつり下げ式に
  • ビッグデータ活用の農業モデルを販売へ
  • 10以上のビジネスコンテストで受賞
  • 開発力とともにビジネスモデルに期待

ロボットの自動収穫で「20~30%収益増」

ビニールハウスの中の温度は30度を超え、湿気もあってどっと汗がにじむ。新富町にあるAGRISTの「AIロボット農場」。高さ約2メートルのピーマンの木の列に沿って、ロープウェイのように張られたワイヤーにつり下げられているのが、自動収穫ロボット「L」です。
ピーマン自動収穫ロボット「L」
ロボットは、10センチほどの大きさに育ったピーマンの実の前にたどり着くと、その場でおもむろに停止。実の生育状況を「吟味」しているのか、数秒ほど向き合った後、ロボットに装着された「ハンド」がくるりと実の方を向き、あっという間にプチッともぎ取っていきました。
このロボットは、ピーマンの生育状況を撮影した膨大な画像を蓄積したビッグデータを元に、画像認識技術とAI(人工知能)を駆使して成熟した実を見つけ、収穫します。ロボットに付属したボックス内に実を格納し、一定量がたまるとコンテナに放出して、再び収穫を続けることができます。
Lの名称の由来は、筒状の胴体と下部に付けられた収穫ボックスを横から見ると「L」字型であること。そして、「L玉」と呼ばれる大きく成長したピーマンを優先的に収穫し、その他の小さな実は引き続き育てるために取らないようにする機能があるためです。
筆者が見学した際の成功確率はおおむね4回のうち1~2回で、失敗をいかに減らして精度を高めるかが課題に思えました。AGRIST共同代表取締役の齋藤潤一さんが解説します。
齋藤 「Lは夜間や休日も稼働できるので、人間だけが収穫するより年間で20~30%収益が上がる計算です。ロボット自体は日々バージョンアップしていますし、ビッグデータが次々に蓄積されていますから、収穫の精度はどんどん上がってきています」

農家の“現場のアイデア”でつり下げ式に

AGRISTは2019年10月、「テクノロジーで農業課題を解決する」をミッションに設立されました。高齢化や低賃金などの理由で慢性的に人手不足の農業。その解決策として「自動収穫ロボットが欲しい」と地元・新富町の農家らから要望を受け、3年間にわたり研究と改良を重ねてきました。
要望したピーマン農家の一人がAGRISTアドバイザーでもある福山望さんです。
福山 「ピーマンの実の収穫は毎年多くのパートの従業員を雇って行いますが、新富町は人口が減っていて、人の確保が年々難しくなってきています。収穫は毎日行いますが、扶養(控除)の範囲内で働きたいという人が多いので、土日に出勤してもらえる人はほとんどいないですね。ビニールハウスは夏には40度から45度にもなり、湿度も高いので、作業はとてもきついんです。人手不足の解消は、地方で農業を続けるための必須の課題です」
福山望さん
Lの特長の一つが、工場やオフィスで使われているロボットのように地面を自走するのではなく、ワイヤーにつり下げて移動すること。これは、収穫の実情を深く知る福山さんのアイデアに基づいたものです。
福山 「ビニールハウス内の地面はでこぼこだし、水のパイプなど走行の障害になるものも多くあります。ピーマンは高い位置に実がなるのですが、それを収穫するために地面から上の方にロボットのメイン部分があると重心が高くなるので、障害物に引っかかると倒れてしまいます。ロボットがピーマンの木に倒れると実に被害が出てしまうので、『つり下げ式で開発してほしい』とお願いしました」
Lの開発と実験を行うAIロボット農場は、福山さんのビニールハウスの隣にあります。ピーマンを生産している“現場”の最前線で、福山さんから実践的なアドバイスをいつでも受けられることは、AGRISTの大きな強みと言えます。

ビッグデータ活用の農業モデルを販売へ

AGRISTのビジネスモデルは当初、Lを1台あたり3年間150万円で貸し出し、さらにLによる収穫で得た売り上げの10%を受け取ることで収益化しようとしていました。ただ、多くの農家にとって安くない出費です。
福山 「農協や農業法人、ある程度の大規模な農家であれば、使ってもらえる可能性はあるでしょう。でも、一般の農家では厳しい。3年で150万円って、パートの人を雇うより安いけど、農家の必需品の軽トラックよりは高い。今のように、重油など全てのコストが上がってる状況では、なかなか手が出ないでしょう」
そこでAGRISTは、導入に慎重な農家に自動収穫ロボットを広めるためにも、まずは自らロボットを活用して稼げることを「証明」する戦略に切り替えました。
自分たちでロボットが収穫する農作物の生産・販売を実践するため、農業法人「AGRIST FARM」を2021年に設立。2022年秋からは、Lで収穫したピーマンの出荷も始めました。
齋藤 「僕たちのこれからのビジネスモデルは単にロボットを売るだけではありません。ロボットと、ロボットが収集したビッグデータを活用して、自動化によって収益性を高めた次世代農業のモデル自体を広めるというビジネスです。通常の人手による農業なら1ヘクタールで年7000万円の売上高が得られるところを、僕たちのモデルなら1億円以上にしていけると考えています」
AGRISTは地元の新富町と密接に連携するだけでなく、2021年12月には鹿児島県東串良町とも包括連携協定を結びました。まずは二つの町を拠点に、Lに最適化したビニールハウスで自ら営農するとともに、周辺の農家も巻き込みながら、同町で「1ヘクタール1億円」モデルの農業を普及させていきたい考えです。
AGRISTは、Lなど自動収穫ロボットに適したビニールハウス自体の販売事業も2022年から始めました。ハウス栽培で大きなコストとなる重油の使用量を削減できるメリットもうたっています。ウクライナ戦争などの影響による重油価格の高騰が、農家にとって深刻な悩みの種となっていることも背景にあります。

10以上のビジネスコンテストで受賞

さまざまな形で自ら“スマート農業”を実践するAGRISTは、2021年にマイクロソフトのスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」に採択されたほか、九州・山口の9県と経済7団体による「九州・山口ベンチャーマーケット」で2020年にスタートアップ部門の大賞を獲得。これまで10以上のビジネスコンテストで受賞を重ねてきました。
AGRISTのビジネスモデルと成長に期待するベンチャーキャピタル(VC)などからは、2021年3月(VCなど6社)と2022年10月(同9社)に第三者割当増資による資金調達を実施。金額は非公表ですが、関係者によりますと、累計で数億円に上るとみられます。スタートアップ情報プラットフォームのINITIALによると、2022年10月時点のAGRISTの評価額は約20億円となっています。
集めた資金で、より多くの優秀なエンジニアの採用や、AGRIST FARMなどの事業を展開する上で必要な農場の確保、ビニールハウスの資材の購入などに投資していく予定です。

開発力とともにビジネスモデルに期待

人口1万6千人の町の企業が累計数億円の資金を調達。“スマート農業”で10以上のビジネスコンテストで受賞――。創業からまだ3年にもかかわらず注目を集めるAGRIST。
一方で、ロボットを実用化し、収穫したピーマンの出荷で安定的に売り上げが立つようになったのは2022年秋から。事業を収益化し、ようやく成長軌道に乗るかどうかという段階になったと言えます。
それでも大企業でも開発に数年はかかるとされる業務用ロボットを、ゼロからスタートし3年で実用化させた技術力とスピード。地域を巻き込みながら課題だらけの農業をテクノロジーの力で効率化し、さらに持続可能なものに変革しようする挑戦。それをあえて地方の現場で実践しているところに筆者は注目しています。
次回以降、AGRISTが新富町で立ち上がるまでの道のりを詳しくたどっていきます。
Vol.2に続く