『組織の不条理』① Twitterと組織経済学

2022年11月22日
全体に公開

前回は『中間選挙にみる日本とアメリカ』を投稿しました。

今回は時事ネタを交えつつ、名著『組織の不条理』についての書評を書きたいと思います。企業組織を考える上で、この『組織の不条理』は、最も優れた事例研究成果の一つです。アプローチや組織経済学は学術論文を書くうえでも大変参考になり、私もテーマこそ違え、博士論文を書く際に参考にいたしました。

『組織の不条理』が明らかにしたもの

『失敗の本質』にヒントを得た本書は、戦略の成否が端的に出る戦争の事例研究から、経営学や経済学に示唆を与えるものです。

この『組織の不条理』が明らかにしたものは、2つあります。一つは、いわゆるプリンシパル・エージェント理論です。この理論の詳細は避けますが、プリンシパル(委託者)とエージェント(代理人)の間には、情報の非対称性や利害の不一致が発生し、それがゆえに「不条理」が起こり得るということです。

今日、一般に「不条理」と呼ばれる現象は人間の非合理性によって引き起こされると思われている。しかし、これまで説明してきた新制度派経済学を用いると、「不条理」と呼びうる組織現象は実は人間の合理性によって引き起こされることが説明できる。
『組織の不条理』P43 太字強調は筆者

非合理ではなく、(限定された)合理によって不条理が導かれるということは、現代の組織人、経営者が肝に銘じておくべきことです。

意見対立は、わからずやの頑固者によって生じるわけではなく、それぞれの合理によって導かれるわけです。また、コンサルタントや経営者が、限られた情報から「合理的判断」を行っても、必ずしも正しい成果を生まない、ということも、この限定合理性の理論は示唆しています。

イーロンマスクの経済学的解釈

「組織の不条理」が明らかにした、もう一つのポイントは、「合理・効率・倫理」は必ずしも同義ではないということです。

人間の合理性と効率性と倫理性が一致しないことが理論的に説明されるだろう。つまり人間が合理性を追求すると結果的に非効率や不正に導かれてしまうという不条理が発生するメカニズムを理論的に説明する。
同掲書P5

これは、昨今注目を集めているイーロン・マスクの記事を考えれば分かりやすいと思います。

マスクにとって「激務か退職か」というのは合理的な発想です。株価を最大化させたい資本家であるマスクにとって、Twitterの株価最大化に貢献しない社員は不必要です。

また、このマスクの発想は効率的でもあります。鈴木さんの下記トピックスを読むと分かりますが、一般的に 「80・20の法則」が成り立っています。

つまり収益の80%は、20%の社員によって生み出されている可能性があり、逆にいえば20%の収益しか生まない80%の社員は不要なわけです。

「激務か退職か」は、優秀な社員とそれ以外をふるい分ける一つの試金石とも言えます。激務を厭わない社員によるスリムな組織を目指すことは、鈴木さんのトピックスにもあるように、コスト削減の観点からも効率的です。トピックスでも「コントロール可能」だとして触れられていますが、実効性と確度の観点から、人件費は経営者が最も着手しやすい戦術です。

もっとも、激務も厭わない社員が優秀かどうか優秀とは限りません。しかし、「激務を厭わない社員」は、少なくとも、資本家・経営者であるマスクの意向には沿っており、上記で説明したプリンシパル・エージェント問題を解消しえます。

また、別の観点からみれば、マルクス経済学は、「労働力商品化」をその根底においていますが、激務社員は必然的に労働力時間が長くなり、経営者や資本家からすると「商品化された労働力」からの利潤を最大化させることもできます(極論すれば、「搾取度合いを高められる」とみることもできる)。

しかし、マスクの発言が議論をよんでるように、合理的で効率的なマスクの発想が倫理的かどうかは別問題です。ホワイトでフラットな社会を志向する世界の労働環境において、激務の推奨は、将来的には採用やリテンションにおける困難を引き起こし、結果として効率的でない状態をもたらすかもしれません。

このように「組織の不条理」は、現代の経営においても示唆に富んでいます。ただし、この菊澤氏の論理展開には、少し強引な点もみられます。次回は、そのような「組織の不条理」の不条理、について書きたいと思います。

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