なぜアフリカで“Web3”が大きな可能性を持つのか
(聞き手・構成:長谷川リョー)
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
2022年8月、Kepple Africa VenturesはEMURGO Africaとのアフリカweb3分野における戦略的提携を発表した。
今回は、EMURGOの吉田洋介氏を招き、アフリカにおけるWeb3の可能性について対談を行った。
なぜ先進国よりも新興国でこそクリプトやブロックチェーンはポテンシャルを発揮しうるのか。日本のVCだからこそアフリカで発揮できる強みとは。アフリカのスタートアップエコシステムが乗り越えなければいけない課題とは。具体的な事例を交えつつ、リアルな現状の課題、そして未来へ向けたプロジェクトの詳細を語る。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
なぜアフリカでWeb3が大きな可能性を持っているのか
品田:ベンチャーキャピタル「Kepple Africe Ventures」を運営している品田諭志です。2018年末からアフリカでの投資を開始し、私はナイジェリアをベースに、基本的に西アフリカと北アフリカを中心に投資しています。現在は二号ファンドを運営中で、すでに投資を開始しているのですが、年内を目処に100億円規模でクローズする予定です。一号、二号ファンドを通じて、主にアフリカでWeb2寄りのスタートアップに投資してきたのですが、投資した103社のうち14社が実はWeb3関連あるいはWeb3の力を借りることによって大幅にビジネスが伸びるビジネスモデルでした。つまり、それほど意識することなく投資先の15%がWeb3もしくはクリプト関連だったんです。
アフリカビジネスにおいては「リープフロッグ」という言葉が安易にセットで語られることが多くあります。その理由として、アフリカでは元々インフラが整備されていないため、既存のインフラを飛び越す意味でこの言葉が使われている。けれど実際には、インフラをスタートアップが作り直している、といったように捉える方が正確だと考えています。これまでプラットフォーマーによってモデルが築かれていたビジネス領域に、Web3の仕組みが入ることによって、直接コンシューマーとサービスプロバイダーがつながるようになる。もしくは、アフリカでは通貨の下落が激しいなか、みんながこぞってクリプトを買っています。そういった意味でも、アフリカにおけるWeb3が持つ可能性は大きい。
今回は、今年8月に我々と戦略的提携を交わしたEMURGO Africaの吉田洋介さんをお招きして、アフリカにおけるWeb3が持つポテンシャルについて話を深めていければと考えています。
吉田:EMURGOの吉田です。私は品田さんと同じく元々は新卒から商社に15年ほど在籍し、主にM&A、具体的には東南アジアをメインに、海外の電力会社を買収したり、発電所建設に関わったりしていました。ブロックチェーンの将来性や大きな可能性を感じ始めていた中で、ちょうど5年ほど前に縁があり、Cardanoというレイヤー1ブロックチェーンの創業メンバーに出会い、中核企業であるEMURGOにジョインしました。
ーー具体的な話に入っていく前に、まずは全体感を把握するため、アフリカにおけるWeb3の概況のサマリーをお伺いできますでしょうか。
品田:私が居住しているナイジェリアは特に通貨の下落が激しい国で、本来であればみんなドルをはじめとしたハード・カレンシーを買うことで自国通貨の下落を回避したい。ところが、なかなか手に入れることも難しいため、クリプトを買う人が非常に増えた。2021年時点で、ナイジェリア人のうち32%がクリプトを使用または保有したことがあるとの調査結果もあります。もちろんBinanceをはじめとしたグローバルの暗号通貨取引所もプレゼンスがありますが、ローカルの取引所も2020年を境に増えて、現在は混在している状況です。
クリプトを通じてドルを買う動きが広がると、どうしても為替のコントロールがしにくくなる。そのため、政府としては規制を強めているものの、実態としてはピアツーピア (P2P)で取引できてしまうので、引き続きクリプトの盛り上がりは衰えていません。
とはいえ、これだけクリプトが下落しているなか、より長期的な資産形成の方策にも目が向けられ始めています。ドルに連動したUSD Coin(USDC)ベースで安定的な金利が付くようなDeFiや、アフリカの外に存在しているDeFiにつなげていく動きも出てきています。単に投機的な売買をするだけではなく、長期的かつ安定的な資産形成の手段としてクリプトの利用価値が大いに期待されています。
もう一つ、アフリカならではの社会的背景として大きいのが、高い失業率。アフリカで働く人の多くは「ギグワーカー」と呼ばれる個人事業主で、たとえばUberのドライバーであったり、モバイルマネーのエージェントであったり、さまざまな形でフリーランスとして働いています。この人たちは必ずどこかのプラットフォーマーに属しているため、中間マージンを取られ続ける構造が常態化しています。UberやBoltがインフラ代わりなればなるほど、プラットフォーマー依存が強化され、そのなかで働くギグワーカーたちは搾取され続けてしまいます。これは健全な状況とは言えません。
彼らをよりエンパワーしていくためには、サービスプロバイダーとユーザーを対等かつダイレクトにつなげる仕組みが必要です。今後、その仕組みを作っていく、作れるのがWeb3をベースにしたビジネスモデルであると考えています。だからこそ、アフリカにおいてWeb3のビジネス、ひいてはスタートアップに投資していく意義がある。
先進国よりもブロックチェーンを生かした問題解決の幅が大きい
ーーそうなると、Web3が内包する各テクノロジーのなかでもアフリカにおいては、クリプト要素が強いイメージになる?
品田:先ほど私が強調したのは、スマートコントラクトをベースに既存プラットフォームを置き換える部分であり、必ずしもクリプトである必要はないと思います。もちろん、スマートコントラクトをベースにした仕組みに変わったとき、結果としてその中心的な通貨としてクリプトが使われる可能性は十分ありますが。重要なのは、社会的なユースケースとして、これまで以上に中間マージンが取られにくい仕組みに移行していく部分。既存のプラットフォーマーに代わって、Web3のビジネスモデルが構築されていくところにあると考えています。
吉田:前提として、「Web3」と「ブロックチェーン」はほとんど同義で、同じ使い方で問題ないと思います。一方、「クリプト」はその中で大きなポーションを占めるのは間違いないものの、あくまでもそれらの概念に内包される一部分。なので、Web3とは言っても、クリプトが絡まない案件も当然あります。EMURGOの立場としては、レイヤー1ブロックチェーンとしてのCardanoの普及ないしエコシステムの拡大が根幹にあり、それを前提とした投資活動とアドバイザリー活動を行っているので、必ずしもそこにクリプトが絡んでいる必要はないと考えています。本日の議論もクリプトに限定することなく、ブロックチェーンの文脈に広げながらお話できればと思います。
まず、世界のVC業界全体に90兆円の資金が流れているうち、アフリカに投資されているのが1%の9,000億円ほどと概算されています。その9,000億円のうち、ブロックチェーン領域に投資されているのが、去年のデータでその2%ほどの180億円とされています。従い、見方によっては「ただでさえハードルの高いアフリカでかつ、マイナーな領域で攻めているね」と言われることもあるのですが、その背景にはもちろん我々なりの目線や狙いがあります。冒頭で品田さんがご説明してくださった話にも通じるのですが、日本やアメリカといった先進国に比べて、アフリカにおいてはブロックチェーンによって解決・改善できる幅が断然大きいと考えています。
分かりやすい事例の一つに、ブロックチェーンを活用した、不動産登記により透明性をもたらそうとしているプロジェクトがあります。日本では法務局がしっかり管理していることもあり、不動産の二重登記が日常的な問題として認識されることはほとんどありません。一方、ナイジェリアではそうはいきません。たとえば、私の知り合いでナイジェリアに不動産を持っている方はこんなことを言っていました。「不動産を買って、契約書も全部揃っている。けれども、本当に自分がこの不動産を所有しているかどうかは、最後に売買契約を結んで、銀行口座にお金が入る瞬間までは100%の自信が持てない」。つまり、売ろうと思ったときに「私も所有者だ」と同じような契約書を持った人が現れて、二重登記で揉める問題がリアルな日常で起こったりする。この問題はあくまで一例ですが、アフリカにおいてはブロックチェーンの透明性や耐改竄性といった特性を生かした問題解決の幅が、先進国よりも圧倒的に大きい理由を理解していただけるかと思います。
私としては必ず来る未来という確信があるので、現状まだまだ全体から見れば一部しか投資資金は流れてきていないのは大きなチャンスであると考えています。
Cardano以外の主要チェーンとしては、先ほど品田さんからBinanceといったプレイヤーの名前が挙がりましが、他にもStellarであったり、レイヤー1もしくは2のブロックチェーンではPolygon、Algorand、Celo、あるいはNear Protocolといった名前がアフリカではよく聞かれます。
既得権益層もスタートアップへの投資を始めつつある
ーー一口に「アフリカ」と言っても、いわゆるエジプトやケニアのように相対的に発展している地域と、未開発の西アフリカでは環境がまったく異なると思います。国ごとの差異によって、やはり投資のしやすさは変わりますか?
吉田:まず、アフリカ全体のなかでクリプトが明確に合法とされている国が、ケニアやボツワナをはじめ6カ国あると言われています。逆に禁止されている国もある。そして大半の8割ほどの国では、どちらにも振り切れていない、規制が定まっていない状態になっています。事業者は勃興しているのに、国としての方針は完全には定まっていない。もちろんこれはアフリカに限った話ではなく、世界的にもまだまだそういった状況です。なので、クリプトに絡めたプロジェクトの場合は、各国の規制にアジャストしながら、必要なライセンスを取りつつプロジェクトを進めていく必要があります。
品田:クリプトやブロックチェーンの文脈を取り外しても、やはり西アフリカは投資しづらい場所であると偏見を持たれがちです。元来、石油資源には海外投資が集まるけれど、一般的な製造業や小売のような領域は投資対象になりづらかった。その背景には、政治腐敗が蔓延しているイメージがあり、実際その側面は拭えない。一方、近年スタートアップエコシステムが形成されてきたことに伴い、そうした状況も改善しつつあるように感じています。
細かい部分ではありますが、私たちがアフリカのスタートアップに投資する場合、投資先の9割近くは海外に親会社を作っています。私たちが投資するのもこの親会社であり、実際にオペレーションするのは親会社にぶら下がる子会社という形をとっています。この方法によって、ある程度の規制のリスクを回避しています。
以前までは、スタートアップの成長に伴い、既得権益層と摩擦が生じていました。それによってレギュレーターから横槍が入ることもありました。現在ではこのフェーズが終わり、既得権益の周辺からもスタートアップへ投資が入る状況に変わりつつあります。私たちが運営しているファンドにも、LPとして現地の年金ファンドや開発金融機関のお金が入ってきているほどです。つまり、既存のビジネスとスタートアップのビジネスモデルが資金面でつながり始め、二つの世界が接合し出しているのを肌で感じています。結果として、巨大マーケットであるナイジェリアにおいて、スタートアップのテクノロジーと既存の企業が持っている強みをお互いに補完し合いながら進んでいる実感があります。
日本のVCがアフリカのマーケットできる発揮できる強み
ーーグローバルのVC勢に対して、日本のVCならではの競争優位性をどのように発揮しているのですか?
品田:アフリカに投資しているプレイヤーを大別すると、一つは金融リターンを追求するファイナンシャル・インベスターで、もう一つはインパクトを重視するソーシャル寄りのインベスター。とりわけ、欧米のプレイヤーは圧倒的にこの二つのタイプが多い。一方、日本の場合はストラテジック・インベスターと呼ばれる大企業の存在が目立つ。日本では、資金があってかつ戦略的にアフリカの市場を攻めたい企業はあっても、アフリカでの投資の仕方や攻め方が分からない。なので、我々が橋渡し役として日本のストラテジック・インベスターをアフリカに連れてくる。
アフリカの視点からみても、ストラテジック・インベスターの存在は不可欠です。アジア・インドでは、成功したスタートアップを大企業が次々に買収しています。同じことがアフリカでも起きていかないと、スタートアップにとっても投資家にとってもなかなかエグジットの形が見えない辛い状況から脱せません。なので、日本とアフリカをつなぐ我々の取り組みは日本のみならずアフリカにとってもユニバーサルなバリューがあると考えています。
また、植民地の歴史を含めた過去の遺産もないため、日本人は他の国に比べてニュートラルな存在と言えます。アフリカのVC界隈では、いわゆる縄張り争いのような、明確な勢力マップが存在したりします。そのため、先述したようなユニバーサルな価値を提供しつつ、みんなと等しく仲良くできる我々のような存在は漁夫の利を得やすいといいますか、良質な案件に入っていけるメリットが大きくあります。
吉田:クリプトないしWeb3業界と従来型の金融業界が分裂した形で、これまで成長し、別々の世界で拡大してきている状況があるため、Keppleさんのようなプレイヤーが橋渡しの役割を担うのはとても価値あることだと思っています。
一方、我々EMURGO が一般的なVCと圧倒的に異なるのは、Web3業界において最も中核となる技術であるレイヤー1のブロックチェーンを背負っていることです。クリプトマーケットのキャップベースで見ても、スマートコントラクトを搭載するプラットフォームタイプのプロジェクトのなかでは、イーサリアムに次ぐ規模となっています。投資先支援もファイナンシャルな投資に留まらず、業界トップの技術力に裏打ちされた知見からのトークノミクス(ビジネスモデルに適したトークン設計)のアドバイザリーや、技術としてのブロックチェーンの導入の支援を行うことができます。必ずしもすべての投資先が求めてくるわけではありませんが、これらを必要としている投資先に対してはこうした我々ならではの支援を行いますし、まさにこの部分が他のVCとの差別化としてバリューになっていると考えています。
(第二弾に続く)