2022/11/20

【新連載】VUCA時代に、親が示せる「たった一つ」のこと

NewsPicks for Kids編集長/NewsPicks Studios
NewsPicksが今年8月に創刊した、まったく新しい子ども向け新聞「NewsPicks for Kids」
今の子どもたちが社会で活躍するようになる2040年頃には、多様な他者と対話・協調したり、新しい問いを立てて解決したりする力が、ますます必要になると予想されます。
そのために必要な「ミライの学び」とは何か? 私たち大人は、自分たちが受けてきた「過去の学びの常識」を、いかにアップデートしていけばいいのか?
本連載は、自身も小学生を筆頭に3児の親である「NewsPicks for Kids」編集長の筆者が、さまざまな有識者の方々に話を伺いながら考え、探求していく企画です。
第一回は「最終学歴よりも、最新学習歴が重要」という理念を提唱している京都芸術大学・本間正人教授を迎え、変化の時代に親ができること、逆に「やってはいけないこと」について、詳しくお話を伺います。

社会に必要なのは「選択肢」

金谷 本間先生には「NewsPicks for Kids」の創刊時から、「紙面を中心に、親子たちのコミュニティが作られるといい」というアドバイスをいただいていました。
本間 教育については、悩みを1人で抱えている親御さんが多いです。学生の頃からペーパーテストを1人で解きなさいと言われてきたから、悩みも1人で克服しなければいけないと思い込んでいるんですね。
金谷 そんな中で「NewsPicks for Kids」は、同じように未来の学びに悩み、探索する人たちにとって、これからの一つの選択肢になれたらいいなと思っているんです。
本間 私が一番大事だと思うのは、選択肢がとにかく豊富にあること。いろいろな子どもたちがいるので、一つの枠にはめようとすることに、そもそも無理があります。
国語、数学、理科、社会、英語といった従来型の教科学習が得意ということも、もちろん素晴らしい強みです。一方で、それ以外の子たちにも光が当たるといい。
今、ほとんどの子どもが高校に通いますよね。そうすると、まずは大学受験で頑張っている子に光が当たり、次に高校野球、サッカー、ラグビーなどのスポーツ。その次が合唱、合奏、ダンスなど文化系の部活でしょうか。
地域活動やeスポーツ、数学五輪など、こういうバリエーションがもっと増えるといいなと思っているんです。
大学にも、本来は18歳ではなく何歳で進学してもいいし、大学に行かなくても自分の人生を立派に歩めます。
実際に今、世の中で一番稼いでいるのはスポーツ選手、漫画家、アーティストです。億単位のお金を稼いでいる人たちは、必ずしも学歴が高いわけではない。
頭脳労働と言われていた職種もAIに代替されていき、これからますます、その傾向は強くなっていきます。
これから、人間ならではの強みがどういう部分にあって、どう評価されていくのかは、誰にも分からない。「こうすれば必ずうまくいく」という道は、もう存在しないわけです。
そうなると社会としては、さまざまな能力を持った子たちを育てていくこと、自分の強みをいろいろな形で輝かせられるように、選択肢を増やすことが大事になります。

人生は「味見」と「試着」

金谷 一方で、今の親世代は偏差値重視の教育がまだ残っていた時代を生きてきました。その世代が、これからの子どもたちを育てていかなければいけません。
マインクラフトに熱中して「ゲーム配信者になりたい」などと言われて、親としてそういう選択肢もあることは理解しつつ、どう向き合えばいいのか、分からないんです。
本間 人生、「味見」と「試着」が大事です。他人から「美味しいよ」と言われても、自分にとって美味しくなければ無理に食べなくていいし、この服はやっぱり似合わないと思えば、どんどん着替えればいい。
人生が50年しかなければ別ですが、今のお子さんたちは100歳までピンピンしている可能性がありますからね。早く進路を決めなくちゃ、と焦る必要はまったくありません。
私は「最新学習歴の更新」を提唱していますが、そもそも若者、中年、高齢者と、年齢の区切りで学びを考えるのはやめたほうがいいと思います。
金谷 18歳で大学受験、逆算で高校受験、中学進学と考えると、今のうちに子どもに何をしてあげるべきかと焦ってしまうのですが、その先の人生のほうがずっと長いのですよね。
本間 進路選択のサポートに関して、親ができることには限界があるということを、まず認識しなければいけません。
進路を決めるのではなくて、その子の素質、資質を豊かにし、育むこと
結局は自分のやり方にはなってしまうんだけれども、親としての愛情を示すこと。いろいろな可能性を広げられるように、親のエゴで子どもの選択肢を決め打ちして狭めないこと。できることは、そのくらいなんじゃないかな。
金谷 自分の経験から伝えられることはあっても、教えられることはほぼないのかな、と最近思います。

「料理」と「教育」は似ている

本間 親がいろいろな刺激や環境を提案するのは大切だけれども、あくまで愛情表現であって、子どもがそれに縛られる必要はまったくありません。
料理を「お口に合うかどうかわかりませんが、心を込めて作りました」と出すことはあっても、「俺が作った飯が食えないのか」とは言いませんよね。
金谷 こと教育に関しては、親としてそれをやっているかもしれません。せっかく与えたのだから、何かを得てほしいと思ってしまう。そうではなく、美味しいと思うかどうかは本人次第と。
本間 10歳のときには苦手だったフキノトウが、30歳で「この苦味が最高」と大好物になることもありますからね。
同じように、子どものとき、親に美術館に連れていかれて全然ピンと来なかったのに、今見てみたら「ピカソってすごいな」と感じるかもしれない。
料理と教育って、似ていると思うんですよ。そのままだと食べにくいから、切ったり柔らかく叩いたり、加熱調理をしたり、味をつけたりして調理する。
この料理を、噛んで咀嚼して、飲み込んで胃で消化して、腸で栄養分と水分を吸収する。それによって、植物や動物の命だったものが、人間の命になる。
この「料理」と「食事」はそのまま、「教育」と「学習」に置き換えることができます。
金谷 まさに、理解することを「飲み込む」とも言いますね。
本間 文部科学省が何をしているかというと、基本的に「何歳児には何カロリー分の何が必要だ」という栄養計算です。
国の検定教科書を素材として送ってきて、全国一律のメニューは作る。でも、味つけや盛りつけは現場に全部おまかせです。
食欲旺盛な子も食の細い子も、同じメニューを同じペースで食べなければいけません。
ゆっくりであれば、たくさん食べられる子もいるのに、「この時間帯にこれだけの量を食べる」と決まっている。「もっと食べたい」と言えば、我慢しなさいと押さえつけられる。
金谷 なるほど。もっと食べたい子が、学校で「ふきこぼれ」などと呼ばれているわけですね。
本間 そう。味つけも、「もっと甘いほうがいい」「しょっぱいほうがいい」という子もいるのに、「ぜいたくを言うんじゃありません。これを食べなければなりません」と。
それで「この食堂には行きたくない」と言えば、不登校のレッテルを貼られてしまいます。
安倍内閣の教育再生会議で飛び出した「公教育がダメになった原因は塾にある。塾を禁止すべき」という趣旨の発言が、私は忘れられません。
「うちの店が流行っていないのは隣の店のせいだ」と言っているわけでしょう。
塾のほうが繁盛しているから、どんな教え方をしているのか参考にして、公教育に反映させようというなら、話は分かりますよ。それを「潰せ」と言っているのですから。
金谷 それは恐ろしいです。
本間 とはいえ、学校の教育資源には限界があります。
だからこそ、親にできるのが「うちの子の食欲や食べる速さに合った材料の大きさ、味つけは何か」を一緒に考えることだと思います。
正解は分からなくても、「これ、美味しかったね」「ちょっと辛すぎたかな」「もうちょっと細かく切らないと食べにくかったね」などと言いながら、ベストを更新していく。
これこそが、親にとっての「最新学習歴の更新」なのです。
金谷 料理に置き換えると、同じ材料で、例えば肉じゃがもカレーも作れます。子どもがどちらを好きかは、食べてみないと分からない。それは好みの問題で、いいも悪いもありませんね。
本間 「法律で決まっているのが肉じゃがです。カレーなんて、けしからん」と言うわけです。道徳の検定教科書に出てくる物語で、パン屋を和菓子屋に変えた、なんてことが実際にありましたけれど。

必要なのは、親のアンラーニング

金谷 小学校の授業にプログラミングが導入されて3年ほど経ちますが、まだあまり料理されていない印象です。子どもを見ていても、主には友だちがスクラッチで作ったゲームで遊んでいるだけだったり。
本間 マインクラフトでも、プログラミングの力は伸びます。でもマインクラフトは政府が選んだものではないから「遊び」である。スクラッチは、お上が決めた「学び」であると。いやいや、そうじゃないでしょう。
炭水化物だけ食ベていたら栄養失調になるし、タンパク質だけとっていたら、痛風になります。結局は、バランスが大事なんですよね。
そのバランスを見極める意味では、子どもにとって何が大事なのか、親が学び続けることが大切です。自分が受けてきた教育はアンラーニングして、ニューラーニングする。
親が子どもからも学ぶ姿勢を持っていれば、子どもたちも伸びるんですよね。親がティーチングする必要はまったくありません。本当に、これは声を大にして言いたいです。

受験して、通うのは子ども自身

金谷 今は、都市部を中心に中学受験をする家庭が増えていると言われます。この傾向については、どう思われますか?
本間 今は特色のある私立中学校がたくさんあるので、そういうところに行くのはきっと面白いだろうと思いますよ。ただ、どの学校も万人向けではないですからね。
先ほども言ったように、味見、試着という考え方が大事です。
どういう選択肢を取ったとしても、いいことばかりではないし、悪いことばかりでもない。当たり前の話なのですが、お受験モードになると、視野狭窄に陥りがちです。
金谷 親としては、せっかく合格したのに、途中でやめたいと子どもが言い始めたら、なかなか受け入れるのは難しいですよね。
本間 親は、カタログで学校を選んでいるわけですよ。実際に通っているのは本人で、どんな先生や同級生、部活のコーチや先輩がいるのか、分からないじゃないですか。
「この学校はいいはずだ」とラベルで判断しても、もし親自身が通ってみたら想像と違った、と思う可能性もありますよね。
だから子どもが「しんどい」と言ったら、すぐに「じゃあ、やめよう」と言う必要はなくて、まずは話を聞いてみる。
原因はいじめかもしれないし、失恋や性被害かもしれない。親には言いにくいことも当然ありますから、その場合は第三者が聞く必要も出てくる。ところがそういう体制も、日本は弱い。
スクールカウンセラーは2つ、3つの学校をかけもちしながら一生懸命やっているけれど、どうしても「大変だね、頑張ってね」という声かけで終わってしまうケースが多いです。
スクールカウンセリング制度ができたのはいいことなのですが、やはり学校の先生に余裕がなさすぎるのが日本の教育の問題です。
アメリカの多くの学校では、スクールカウンセラーは学校のNo.3です。校長、副校長、その次にカウンセラーが位置づけられていて、普通の先生に対して指導力を発揮しています。
金谷 日本とは、全然違うんですね。

恩返しではなく「恩巡り」

金谷 今の世の中では「コスパが大事だ」と言われます。教育でも、つい「これだけ手間もお金をかけたんだから、成果や見返りが欲しい」という発想になりがちですが、まずはその考え方を見直さなければいけないと思いました。
本間 子育てに関しては、見返りを期待しない「恩送り」という言い方があります。自分が親の世代から受けた恩を、次の世代に送るのだと。
でも最近、もっといい言葉を思いついたんです。それは「恩巡り」
恩送りの対象は次の世代に限定される印象ですけれど、そうではなく、回り回って社会全体がよくなればいいという発想です。
その巡りをよくしていくのが理想だな、と。身体でも、血の巡りとか気の巡りって、大事じゃないですか。
金谷 この子に手をかけたから、子や孫から返ってきてほしいと思うと、お互いにつらくなってしまうけれども、社会全体がよくなればそれでいいというように、視野を広く持てればいいですね。
本間 今できることが小さなことだったとしても、わが子にかけたほんの一声や愛情が、社会全体にとってプラスになる可能性もあります。まさに、バタフライエフェクトです。
もちろんマイナスにもなりうるし、結果は分からない。それでも、とりあえず今できること、いいと思ったことをやるのが、親としてベストを尽くすということなんだと思います。
金谷 今はVUCA時代だと言われていて、私も含め「だからこそ、子どもに今できることは何だろうか」と焦ってしまいがちです。
その発想が「先のことは本当に分からない」ということを、完全には引き受けきれていないのだろうなとも思います。
未来は分からないのだから、今、目の前の子をちゃんと見てあげてベストを尽くすことが、巡り巡って、社会にとってもいい結果に繋がるのかもしれないですね。
本間 私の子育てコーチング講座では、最初の宿題が「観察」です。
子どもが何に興味関心を持っているのか、何をどのくらいの時間やっているのか、そのときにどんな表情をしているのか。
なるべく思い込みを外して、改めてよく観察することで、今まで気づかなかったことが見えてきます。
「お兄ちゃんが、あんなに弟の面倒を見てくれているとは思っていませんでした」と涙をボロボロ流す方もいらっしゃいました。
親って、わが子のことを見たいようにしか見ていない。
服を着替えたかどうか、時間通りに支度ができたかどうか、普段そんなことばかりに気を取られてしまっていて、その子のよさが“アウトオブ眼中”になっているんです。
金谷 いや、本当に。「宿題したの?」「お菓子を食べたら片づけなさい」とか、そんなことばかり言ってしまっています。
*次回に続きます。