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四則計算できない高校生がいる日本の厳しい現実

東洋経済オンライン
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    進学や就職が格差を固定化したり拡大させたりするものになっている---貧困が低学力の原因となり、進学しても四則計算もできないまま就職しても、すぐに離職してしまい、転職を繰り返して貧困のスパイラルに陥っていくという現実があり、そういう生徒を支援して、卒業後の負の連鎖から救い出そうという高校があるんですね。
    かつて荒れる学校というのは、授業を聞かない、サボる、暴れるという授業が成立しないものでしたが、小学校でつまづいた子供が授業が苦痛で逃げ出したくなるのは当然だと思います。
    ずっと放置されて、誰も救ってくれなかったということを自分自身が悪いと思ってしまう子供も多いと思います。それは貧困が自分のせいだと思ってしまうのと同じです。

    読み書き算盤、大人になって普通に暮らしていくための基本的学力を持てないというのは、本当につらいと思います。
    高校で四則計算やアルファベット、主語述語を教えることは、小中学でどれほど長く辛い時間を子供たちが過ごしたのかという現実を変えることに他なりません。
    今まで分からなかったことが分かるということが、どれほどの喜びであるのか、それは打ちひしがれた自尊心に火が灯ることです。生きていくのに本当に大切なのは、自分をかけがえのない存在だと思えることです。低学力のまま放置された子供たちは、自尊心を傷つけられ、否定しつけられてきたのです。そのことを私たちは理解する必要があるでしょう。

    何のために学ぶのか?
    それは何のために生きるのか?と同じ問いに他なりません。
    学ぶことが希望になる、それは「学んだことのたった一つの証は変わることだ」と全国の小中学校、底辺校と言われる高校で授業行脚を続けた林竹二の言葉です。
    学校が生きるためのパンではなく、石を投げ与えているということは、半世紀も昔と少しも変わっていないのですね。
    敗戦後貧しかった日本が高度成長している時も、見捨てられた子供たちがいました。豊かになり物が溢れても、希望がない時代が訪れて、さらに拡大する格差と見えない貧困を放置しています。
    富裕層の世襲化と貧困層の固定化と拡大はコインの裏表のように同時進行しているようです。
    高校での学び直しが、このような社会の変革へと繋がることを期待せずにはいられません。


注目のコメント

  • 教育学系院生/公立中教員 教諭

    NP見てると学校教育は決められた内容を一斉教授で進めるのではなく、自由にやりたいことや好きなこともさせていくべきだ、という流れを感じています。その中でいわゆる基礎基本の修得はどうするんだ問題。できなくてもいいんじゃないかと思ってます。ただ、教育環境や方法に問題があるなら解決すべきです。
    小学校中学年までは履修主義、中学年以降は修得主義にしてはどうかという議論もあります。
    一方で、教育の目的はスキルを身につける場なのか、はたまた企業で働くための養成機関なのか、人を育てる場なのか。現場が考えていることと、世の中が求めていることに乖離がありそうです。


  • 株式会社林企画 代表取締役

    人生は、学力より親ガチャなんだろうけど・・・


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