2022/11/21

もはや社会課題。エンジニア不足にどう立ち向かうか

NewsPicks Brand Design editor
 エンジニアが、圧倒的に足りない。

 経済産業省の調査によれば、日本のIT人材は、2030年には最大で79万人不足するとされている(注1)。
 しかし、このエンジニア不足の問題は、企業の“採用における悩み”として矮小化されてしまうことも多いという。

 そんな状況に警鐘を鳴らし、「エンジニア不足は、日本の命運を左右する社会課題である」と語るのは、技術に関するコンサルティング企業であるレクター代表取締役の広木大地氏と、エンジニアの情報共有プラットフォームQiitaの代表取締役の柴田健介氏だ。

 エンジニア不足は、日本社会にとってどれほど深刻な問題なのか。私たちは、そこにどう立ち向かえるのか。二人の対談から読み解く。
(注1)経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」

「部下=コンピュータ」の時代が来る

──経済産業省の調査によれば、日本のIT人材は2018年時点では22万人不足しており、2030年には最大で79万人不足するとされています。たった12年でここまで人材が足りなくなるとの予想に驚きました。
広木 要因は大きく2つあります。1つ目は非常に単純で、少子高齢化の影響で日本の労働人口が減少しているから。
 社会のデジタル化によってエンジニアの需要は増える一方なのに、供給は減っていく。だから需給ギャップが拡大するというシンプルな構造です。
 2つ目は、仕事の本質が根本的に変わるから。
 これまでの仕事は、人が人に指示することで回っていました。しかし近い将来、仕事をする主体が「人間」から「コンピュータ」に置き換わります。
 その理由の1つは、DXという大きな潮流です。これは、手作業が自動化されるといったレベルの話ではありません。
 全ての産業の全ての仕事が、ソフトウェアに飲み込まれる時代が、すでに始まっているのです。
 さらに、コンピュータの性能が加速度的に上がっている。すでに今、コンピュータは人間の仕事の多くを代替できるレベルに達しています。しかも人間よりも圧倒的に安価で、調達しやすい。
 そうした時代の流れを鑑みると、あと十数年もしたら、人に代わってコンピュータが大半の仕事を担うことになると予想するのが妥当でしょう。
 わかりやすく言い換えるなら、部下が人間ではなく、コンピュータになるのです。
 その時代に求められるのは、人間をマネジメントする能力ではなく、機械に指示する能力。そのためには機械の言語であるコードを理解する必要があり、そのスキルこそがプログラミングなのです。
 そういった背景から、エンジニア不足は世界的に今後、さらに深刻になっていくはずです。
柴田 非常に共感します。エンジニア不足は、「企業がどうIT人材を獲得するか」という短期的な問題ではありません。
 日本の将来や人々の生活の質を左右する、重大な社会課題だと考えています。
 ソフトウェアなしではどの業界の仕事も回らなくなるこれからの時代、コンピュータに指示できるエンジニアの存在はもはや、ビジネスを存続させる要。社会インフラと言っても過言ではありません。
 そんなエンジニアが不足し続ければ、日本から新しいプロダクトやサービスが生まれる可能性がぐっと下がります。エンジニアがいない国は、純粋に貧しくなっていくのではないでしょうか。
広木 先日も、日本のデジタル競争力ランキングが過去最低の29位に低下したとの報道がありました。
 なぜこうした現状が国内で今ひとつ深刻に受け止められていないのかといえば、社会全体で「マインドの高齢化」が進んでいるからではないかと考えています。
出典:スイスの国際経営開発研究所(IMD)「世界デジタル競争力ランキング2022」
 人は年齢を重ねるにつれて、変化を感じ取りにくくなります。
 例えば、AIが最新の技術トレンドだったのは10年前の話です。現在は比較的簡単にAI技術を扱えるツールはたくさんあるし、何なら非エンジニアでも使える民主化された技術です。
 ですが企業の経営者と話していると、いまだにAIや機械学習が最先端の技術だと思っている人は多い。
 だから2022年になってもAIを活用できていない企業は危機感を持つべきなのですが、マインドが高齢化した人や組織は状況の変化を正しく認識できないのです。
 エンジニア不足の問題も同様ではないでしょうか。
 実年齢が若くても変化に対応できない人はいるので、決して世代論にはしたくないのですが、日本では60代や70代が経営の中心にいる企業も多い。
「社会全体がソフトウェアに覆われる」「コンピュータが人間の代わりに働く」といった未来像を、理解できていない企業も少なくないのが現状です。

エンジニアは社会の資産だ

──一方で、エンジニア不足は壮大すぎる問題で、どこから手をつけたらいいのか途方に暮れてしまいます。
柴田 おっしゃる通り、エンジニアのキャリアを歩むよう人に強要できるわけではないですし、エンジニア不足を補うアプローチも多岐にわたります。一朝一夕に解決できる問題ではもちろんありません。
 ただ、その中でも企業としてできることとして私が重視しているのが、エンジニアの「生産性」「流動性を高めるという観点です。
 これまでは1人のエンジニアが1つの会社や組織に所属し、1つの場所で100のアウトプットを出す働き方が基本でした。でも優秀なエンジニアの中には、他の人の2倍や3倍のアウトプットを出せる人もいます。
 ならば、1人のエンジニアが異なる2社や3社のプロジェクトに参加して、それぞれの場所で100ずつのアウトプットを出したっていい。
 そうやって複数の場所で合計300のアウトプットを出し、300の報酬を得るような働き方もありなのではないでしょうか。
 数十万人単位でエンジニアが不足している以上、企業は貴重な人材を自社で囲い込もうとするのではなく、「社会全体にとって大切な共通の資産である」との認識を持ってもいいのではないでしょうか。
広木 そうですね。エンジニア不足の解消と聞けば、学校教育などの壮大な施策を想像する人も多いと思いますが、ビジネスの領域でできることもたくさんあると考えています。
 例えば私が経営しているレクターという企業では、経営層に向けて技術戦略立案やソフトウェア開発サイクルなど技術関連の課題に関するコンサルティングを行っています。
 これからの時代、経営こそテクノロジーの重要性を理解する必要がありますが、経営とエンジニアの距離は遠いのが現状です。CTO(Chief Technology Officer)を設置する企業もまだまだ一般的ではありません。
 その溝を埋めるこうした活動も、エンジニアの地位や生産性の向上につながると考えています。
柴田 素晴らしいですね。Qiitaはエンジニアの情報発信プラットフォームですが、Qiitaもエンジニアの生産性や流動性の向上に、多方面から貢献できると考えています。
 まずは生産性の観点。Qiitaは、エンジニア同士が互いに知見を共有する場です。
 プログラミング等で行き詰まった時にQiitaを訪れれば、同じ問題にぶつかった人が、その解決策をシェアしてくれているかもしれません。
 私たちはよく「巨人の肩の上に乗る」と表現しますが、先人たちが積み重ねた知見や発見の上に立つことで、エンジニア全体の生産性を高められるのです。
 また流動性の観点では、エンジニアと企業をマッチングする「Qiita Jobs」というサービスを展開しています。これはいわゆる転職サイトではなく、よりカジュアルな情報交換や交流ができる場です。
 エンジニア同士で話せるDevトークや、企業とつながれるチャットリクエスト機能などがあり、「自分と同じ職種の人はどんな働き方をしているのか知りたい」「この会社の開発環境について聞いてみたい」といった時も、気軽にコミュニケーションできます。
 様々な会社や組織の人たちとつながり、エンジニアが外の世界に目を向けるきっかけになれば、流動性を高める後押しにもなると考えています。

鍵は“個”のエンパワメント

広木 エンジニアによる情報発信と企業の採用に密接な関係があることは、私が理事を務める日本CTO協会が実施したテックブランド力調査(注2)でも明らかになっています。
 この調査結果からわかったのは、エンジニアにとっては、経営者による発信よりも、現場のエンジニアによる発信の方が、企業のイメージや好感度に大きく影響することでした。
(注2)一般社団法人日本CTO協会「Developer eXperience Award 2022」
 現場のエンジニアがどのような課題に取り組み、どうやって解決したかを発信すると、そこに自然と企業の文化や開発環境などが染み出します。
 その情報を共有するうちに、読み手は自分も同じチームの仲間になった感覚になり、「この会社はエンジニアが働きやすそうだな」などと判断できるのです。
柴田 実際にQiitaに投稿された記事を通じて、人と人とのつながりが生まれ、それが仕事のオファーや新しいキャリアに結びついたケースもたくさんあるんですよ。
「この記事を書いたエンジニアに仕事を頼みたい」と企業からオファーされ、転職や副業・兼業につながったユーザーもいれば、本を出版したり、技術系セミナーに登壇したりと、活躍の場を広げている人もたくさんいます。
広木 実は、私もその1人ですよ。Qiitaにエンジニア組織の運営やチームマネジメントの記事を投稿していたら、それを読んだ出版社からオファーが来て、『エンジニアリング組織論への招待~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング』という本を出版できました。
 記事を書くにしても、会社に言われて書くより、自分が個人として興味のあることを書いた方がモチベーションになるはずです。
柴田 そうなんです。だからこそQiitaとしても、個のエンジニアをエンパワーすることを大事にしたい。その想いから、会社のミッションとして「エンジニアを最高に幸せにする」を掲げています。
 Qiitaで書き溜めた記事を自分の履歴書のように使ってもらって、1つの企業にとらわれずに、様々な場所で価値を最大限発揮してほしいですね。
広木 最近では、エンジニア採用のためにエンジニアブログを運用する企業も増えてきました。
 しかし、採用目的のエンジニアブログは、あまりうまくいかないという話をよく聞きます。
 企業として発信する立場になると、「企業認知を取るためにバズる記事を書かなければいけない」というプレッシャーにさらされて、かえって誰の役にも立たないような記事を書いてしまうことが多い。これでは誰も幸せになりません。
 本来ブログとは「Web+Log(記録)」の略語です。だからバズるかどうかなんて考えず、自分が現場のエンジニアとしてインプットしたことを記録としてアウトプットすればいい。
 それがたまたま、その会社のことを知りたい人の役に立ち、採用につながることもあるというだけです。
 結局、興味のあることや楽しいと思えることを勉強して、好きに発信するのがエンジニアのキャリアとしても一番ですよね。好きなことなら、勉強するのも苦にならないし、没頭できる。
 僕の経験上、現場に出てからエンジニアとして一人前になるまで1500時間、リーダークラスになるまで4000時間から5000時間、一流と呼ばれる人材になるまで1万時間はかかります。
 それだけの時間を好きでもないことに費やすのは、辛いですから。
 個々のエンジニアが楽しんで仕事ができ、最大限価値を発揮できる環境を整える。これが、社会としてエンジニア不足に立ち向かうための第一歩なのかもしれません。