世界で戦う和僑たち_150110_a

ある日、企業価値が「ゼロ」になったら…

地図のゼンリンが復活を託す、「インド進出請負人」

2015/1/10

あなたの会社が売っている製品でもサービスでもいい、それがある日を境に突然「0(ゼロ)円」になってしまったら——?

「そんな煽るようなことを」と信じない読者もいるかもしれない。しかし、地図制作の最大手「ゼンリン」がまさにその局面を迎えている。

「コモディティ化」という名の地獄

会社予想によれば、同社の2015年3月期の業績予想は売上高は523億円(前年比2.4%減)、営業利益は28億円(同12.0%減)の減収減益を見込んでいる。

このダウントレンドを引き起こす足下の要因について、同社は、国内ではスマホ向けサービスの有料会員数減少や事業再編に割かれたコスト、などと分析する。だが、こうした要因の根幹となる最大の危機は「地図情報のコモディティ化」である。

「地図情報のコモディティ化」——。読者の多くも実感しているのではないだろうか。地図にお金を払っている人はどれほどいるだろう。Googleマップをはじめ、無料もしくは低価格の地図サービスが普及したことで(もっとも日本でGoogleマップに地図情報を提供しているのはゼンリンである)利用者は増えたが、「地図は無料が当たり前」という価値観が根付いてしまった。

こうした状況を打破しようと同社が新中期計画の骨子の一つに据えているのが、「インド」における収益基盤の確立だ。

ゼンリンのインド事業は、現地で地図最大手のCE Info Systems社と業務・資本提携(出資比率は20%前後)を行い展開している。同社はGMでファイナンスを担当したインド人の男性とアメリカで地図学を学んだ女性の夫婦が創業し、コカ・コーラのインド法人など大手に地図情報を提供して成長してきた企業である。

この拠点を任されているのが支店長の二宮祐氏。同氏は1996年から2000年までソニーのテープ・電池部門のインド責任者として現地に赴任し、その後日本電産のインド事業立ち上げ、現地法人設立に従事。2011年からゼンリンのインド事業立ち上げに携わる。まさに“インド進出請負人”として、その名をとどろかす。

ゼンリンインド支店長の二宮祐氏。グルガオンにある現地法人のオフィスにて。

ゼンリンインド支店長の二宮祐氏。グルガオンにある現地法人のオフィスにて。

コモディティ化の危機を脱する3つの方策

企業がコモディティ化の危機にさらされた時、経営者はどのように舵を切ればよいのだろうか。二宮氏は3つの方策を示してくれた。1つは、企業が持つ資産を横展開して新しい製品・サービスを開発、そして進化させること。

二宮氏が主に取り組んでいるのが現地日系企業のエリアマーケティングを支援するためのサービス開発である。地図情報とそこに住む消費者や点在する店舗などの有益な属性情報とを組み合わせ提供することで、企業の営業・販促活動、そのための戦略構築をサポートするものである。

インドの国土は日本の約9倍、世界で7番目の広さである。企業は現実的にはエリアを絞って営業・販促活動を行わなければならないだろう。仮に富裕層が集中する都市に絞るとする。デリーなど国内の7大都市に集中しているかと思いきやそうではない。9割以上が郊外に居住しているのだ。

人海戦術の効率化を図るのが難しい同国で地図はどう活用できるか。あるインド企業のケースを紹介したい。同国で尊敬され、クチコミの発信源として大きな力を持つ「学校の先生」。まず彼らに特定の消費財を購入してもらい、各エリアで販売を拡大させる戦術だ。

まず政府の統計情報や独自調査によって集めた情報から人口の多い村をピックアップ。その中から先生が多く住んでいるであろう村を抽出。次に銀行や病院など施設が多い村を選別。最後に過去の営業実績など企業が持つ情報と照らし合わせ、営業担当者の巡回ルートを提案した。

日本なら当たり前にやられていることかもしれないが、インドでこの発想は一般的ではなかった。このソリューションは、企業の営業・販促活動だけでなく、物流などにも活かせるだろう。交通インフラが未整備の同国で、荷物を運ぶトラックが効率的に巡回するためのルートを割り出すことにも期待される。

小売向けのソリューションでは、既存競合、収入層、男女比、人口を地図上にプロットし、出店候補箇所をシミュレーション。

小売向けのソリューションでは、既存競合、収入層、男女比、人口を地図上にプロットし、出店候補箇所をシミュレーション。

2つめの方策は、既存の製品・サービスを新しいチャネルで提供すること。ゼンリンは日本で全国の住宅地図をコンビニのコピー機で出力できるサービスを提供している。主に出張で土地勘のない場所を訪れたビジネスマンに利用されているという。

そして3つめは、これまでにない全く新しい製品・サービスを開発することだ。ゼンリンは1948年の創業以来、幾度もの難局を事業開発力とときには運を味方につけて乗り越えてきた。初のヒット商品は、創業地で別府温泉街のガイドブック用に作った詳細な付録地図が好評だったことをヒントに制作した、1軒1軒の建物名称等を入れた住宅地図だ。進化してきた住宅地図は今や全国の警察署や消防、自治体、宅配業などあらゆる業種で活用され、国内におけるシェアは独占的だ。

世襲制で継いだ二代目は、紙に手書きをしていた地図の職人不足対策と、焼失等のリスク回避の観点から、コンピュータで地図のデジタル化を決断した。そのための費用は年間売上を上回るもので役員会でも大反対。しかしこれを知った三菱電機が同社に声をかけ、1990年に世界初のGPSナビを生み出した。国内におけるカーナビ向け地図のシェアは今でも約7割に及ぶ。

二宮氏はこう語る。「インドという日本企業未踏の市場を自らの手で新たに開拓し、自分の足跡をビジネスの歴史に残せることはサラリーマン冥利に尽きる。この国を極め、いつかは全く違う国に切り込みたい」。ゼンリンにとって第三の創業期がアジア、インドから始まった。