トロール・ハンターズ (1)

【トロール・ハンターズ 第1回】

ネットで憎悪をまき散らす、「荒らし」を懲らしめろ

2015/1/5
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ネットで差別や嫌がらせなどの憎悪をまき散らす「荒らし」。スウェーデンでは、匿名で荒らしを行う者たちの身元を特定する活動が行われている。行き過ぎという批判もある彼らの活動を全6回の連載で追う。

ひとりの「荒らし」と対面

インターネットで、差別や嫌がらせなどの憎悪を匿名でまき散らす人々を、われわれは「荒らし」(トロール:もともとは北欧の妖怪的な存在)という恐ろしげな名で呼んでいる。

「荒らし」が不気味なのは、その発言のためだけではない。彼らが匿名であり、こうした邪悪な行動を行う者はいったい表社会ではどんな人間なのだろう? という疑問をもたらすからだ。

2014年のある秋の午後、スウェーデン人ジャーナリストのローベルト・アシュバーリは、この疑問を解こうとしていた。ストックホルム郊外にあるみすぼらしいアパートメントの中庭で、ひとりの「荒らし」と対面していたのだ。

その人物は、口数の少ない痩せた30代の男性で、パーカーをはおり、汚い野球帽をかぶっていた。彼は、アシュバーリの前では哀れなほどに見劣りがする。アシュバーリは、しゃれたジャケットを着こなし、輝くようなスキンヘッド、テレビで鍛えたバリトンの声をもつ。

アシュバーリは調査チームとともに、この男性がひどい荒らし行為を行っていたことを突きとめていた。アシュバーリの調査によればこの男性は、オンラインで知った、生まれつき片手が小さい10代の少女に対して、数カ月にわたって嫌がらせを行っていた。

その攻撃は執拗なもので、少女の「インスタグラム」のページに手のことを揶揄するコメントを書き込み、「フェイスブック」にも大量のメッセージを寄せ、さらには電子メールまで送りつけて少女をあざけった。

アシュバーリはテレビクルーを連れて男性の自宅を訪れたが、いざ対峙すると男性はすべてを否定した。

アシュバーリは、男性のものとみられるアカウントから少女のフェイスブックに送信されたメッセージをプリントアウトした紙を手渡してから、「自分のしたことを後悔していますか?」と尋ねた。男性は首を横に振った。「メッセージなど書いた覚えはない。当時はプロフィールを取得していなかった。それはハッキングされたものだ」

自身のテレビ番組『トロールヤーガナ』(Trolljägarna:トロール・ハンターの意味)で「荒らし」の正体を暴き始めて以来、アシュバーリがあからさまな否定に遭うのはこれが初めてのことだった。いつもは、トレードマークの鋭いにらみを効かせればすんでいたのだ。

スキャンダルを暴いて数十年という経歴を誇るテレビジャーナリストが、磨き上げたその眼光で相手を射抜けば、性犯罪者もストーカーも汚職政治家も、たちまち洗いざらいを白状することで有名なのだ。ところがこの日は、相手も強くにらみ返してきた。中庭で不毛なやり取りが10分続いた後、アシュバーリはインタビューを打ち切った。

「この世界を長く知る人間としてアドバイスしたい」。アシュバーリはうんざりした様子で言った。「インターネットではこの手のことは控えておけ」。すると、なおも男性は首を振った。「私は何もやっていない」

「あれは病的な嘘つきだ」と、帰りの車内でアシュバーリはぼやいた。とはいえ、さほど気に留めてはいない。『トロール・ハンター』の目的は、インターネット上の「荒らし」を一掃することではないからだ。「われわれの課題は、ネット上のあらゆるヘイト行為を暴き立てることだ」とアシュバーリは話す。「それを議論のきっかけにしたい」。

インターネットの匿名性

番組オフィスに戻ると、ホワイトボードにアシュバーリの「課題」が貼りだされていた。また別の荒らしたちの、二列にわたる関連資料だ。インスタグラムで高校のクラスメートを匿名で中傷した若者2人。人種差別的なウェブサイトを運営している政治家。盗んだIDで若い女性になりすまし、別の男性をオンラインで誘惑した男子法学生。

スウェーデンにおけるこの問題の大きさを示すように、ネット上のさまざまな悪質行為の総称として、「ネートハート」(näthat:ネットヘイトの意味)という簡潔な新語も生まれている。そんななか、『トロール・ハンター』は、ネートハートへの攻撃的ともいえる取材姿勢である程度の人気番組となっており、現在第2シーズンが制作中だ。

現代では通常、公の場で女性やマイノリティを中傷したり、「一部の人々が他の人々より生来劣っている」といった思想を共有しようとしたり、弱い立場の人を脅迫したりといった行為は許容されない。しかし、昔ながらの憎悪はいま、インターネットの世界で息を吹き返しつつあり、そうした問題から最も遠いとされる国々にも広がっている。

インターネットの匿名性は、結果を顧みることなく憎悪をぶつけあう人々のコミュニティを育み、それらはたやすく暴徒と化して被害者の安全を脅かすようになる。しかし、個々の荒らしの正体は、攻撃力を増すために使う数十ものハンドルネームの陰に隠れたままだ。そして、ネット上の憎悪を抑止する取り組みの前にはいつも、理想という障壁が立ちはだかる。

「インターネットの最大の目的は、自由な言論や少数派の意見を制限なく発信できる空間を提供することだ」という根強い理想だ。法学教授のダニエル・シトロンが新著『Hate Crimes in Cyberspace』(サイバー空間における憎悪犯罪)の中で、インターネットは「人権をめぐる新たな戦場」だと指摘するように、ネット上の憎悪との戦いは、急を要し、困難も大きい課題だ。

※続きは明日掲載します。

原文:The Troll Hunters(English)

(原文筆者:Adrian Chen、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:MIT Technology Review )
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