2022/9/29

【提言】「工場化」された教育が、学ぶ意欲を奪っていく

NewsPicks Student Pickerが、プロピッカーにインタビューを行う連載『素人質問で恐縮ですが』。
さまざまなキャリアを歩んできたプロピッカーの皆さんは、過去にどんな選択をしてきたのか。現在の活動の背景にはどんな原体験があったのか。そして、どんな未来像を描いているのか――。
本企画では、さまざまなニュースや事象に興味関心を持つNewsPicks Student Pickerが、インタビューについては「素人」ながらも、学生の視点からプロピッカーに疑問をぶつけます。
第8回に登場するのは、Crimson Education Japan代表の松田悠介さんです。
松田さんは教員生活を経て、自分の学校をつくるために経営を学ぼうとアメリカのハーバード大学に留学。
そこでの出会いに刺激され、帰国後は厳しい環境に置かれた子どもの教育を支援する団体「Learning For All」や「Teach For Japan」を立ち上げました。
現在は、海外の大学への留学や受験をサポートする海外進学塾の「Crimson Education Japan」や、オンラインのインターナショナルスクールの「Crimson Global Academy」などを運営しています。
そんな松田さんにインタビューするのは、教育に強い関心を持つ第2期Student Pickerの中村天海さんと、小林雅幸さんです。
INDEX
  • Q.今の日本の教育課題は?
  • Q.学ぶ意欲の差をどう埋める?
  • Q.学歴は重要?
  • Q.教育格差とどう向き合う?
  • Q.専門外の人ができることは?

Q.今の日本の教育課題は?

中村 東北大学工学部1年生の中村天海です。私は以前から、現在の教育のあり方に強い違和感を抱いています。
そのため、外の世界を見ようと高校時代にカナダに留学し、今後は休学してアメリカのオンライン大学で学ぶ予定です。
そこで聞きたいのですが、今の日本の教育の課題は何だと思いますか?
松田 学校教育や校外教育、あらゆるレイヤーで課題が存在するので、ひとことでは言えません。そもそも「育てたい人材」の定義によっても、課題は違いますよね。
テクノロジー人材を輩出したいならば、プログラミング教育や理数系教育の強化が必要だろうし、グローバル人材を育てたいのであれば英語教育が課題になるかもしれません。
このように、育てたい人物像にばらつきがあるから、「あれが課題だ」「これが課題だ」と言われる。
その横串を通すような教育ビジョンも、これといって見当たらない。これが最大の課題だと思います。
とはいえ、現代において「育てたい人材像」を統一するのも、無理があります。だから教育のあり方は、そのときどきの文脈によってどんどん変わっていくべきです。
一人一人が自分のビジョンを持ち、それを達成するために必要な教育にアクセスできること。
そのためには「自分はどうなりたいか」を早い段階で考えるきっかけを提供し、個別最適化された教育をおこなう仕組みをつくる必要があると、僕は考えています。
例えば、僕がいま取り組んでいるオンラインスクールの生徒に、中学1年生の時に数学の新しい定理を発見するくらい数学が大得意で、中学2年生だけど高校3年生のクラスで数学の授業を受けている生徒がいます。
他の科目も自分の学力に合わせて中3や高校1年生レベルの授業を受けるなどして、自分の得意や不得意に合わせて難易度を調整して習熟度別で授業に参加しています。
一方、日本の学校は年齢至上主義だから、この生徒が日本の学校に通うとすると、いくら学習が進んでいても中2の授業を受けなきゃいけない。
でこぼこを均(なら)そうとすることで、いろんな問題が起きるんです。学習が進んでいる生徒は物足りないし、学習が遅れている生徒は学習がつまらなくなっていくのです。
それなのになぜ均すのか。効率がいいからです。商品も一人一人のニーズに合わせたオーダーメイドは高くなるでしょう? 同じものを“大量生産”すれば、コストが抑えられますよね。
本当は個別最適化された教育で、一人一人の学びのペースに合わせるのが理想ですが、日本はOECD(経済協力開発機構)の中でも、公教育への支出割合が低い。人的・経済的なリソースが限られているのが現状です。

Q.学ぶ意欲の差をどう埋める?

中村 個別最適化された教育が大切なのはわかりましたが、学びの意欲も、人によってバラバラだと思うんです。意欲が湧かない子たちは、どうすればいいのでしょう?
松田 学びの意欲って、先天的なものだと思いますか? 例えば、生まれた瞬間から「俺は数学が嫌いだ」ってことはあり得るのか。中村さんはどう思いますか?
中村 たまたま先天的に覚えるのが早かったら、学びたいと思えるようになるのかも……。
松田 もちろん得手不得手はあるだろうけど、意欲は先天的ではないと思うんです。
でも、最初に教えてくれた先生の授業がつまらなかったり、叱られたり、不要な競争にさらされて自己効力感が低くなったりして、成功体験を積み上げていく事ができずに嫌いになっていくんじゃないでしょうか。
最初はみんな勉強を好きになるポテンシャルを持っているのに、“工場化”された一斉教育が、それをつぶしてしまっているんだと思います。
それに、学びの「内容」だけではなく、「学び方」も個別最適化するのが理想的です。
ハーバード大学のハワード・ガードナー教授が提唱する「マルチプル・インテリジェンス」という考え方があります。
人は皆、脳の特性が異なり、視覚情報で学ぶのが得意な人もいれば、聴覚情報から学ぶほうが得意な人、運動しながら、ディスカッションをしながら学ぶのが得意な人もいる、という考え方です。
実は僕も、昔から本を読むのが苦手です。でも本を音声で「聴く」と、すごく頭に入ってくる。考えてみてください。教室での授業は、視覚情報で学ぶのが得意な人が勝てる「プラットフォーム」なんです。
中村 ああ、たしかに!
松田 だから僕のような人間が、教室の授業で勝つのはムリゲーですよね。
でも、みんなそれを認識していないから、視覚優位の教室で出た優劣で「君、だめじゃないか」とレッテルを貼ってしまう。
本当は、「ごめんね、ちゃんと君の特性を理解して、その特性に合わせた学習環境を整えてあげられなくて」と言ってあげるべきなんです。

Q.学歴は重要?

中村 すごく腑に落ちました。あと最後に、学歴は重要だと思いますか?
松田 難しい質問ですね。理想的には「学歴は関係ない、ゼロベースでスキルを見るべき」と言いたいところですが、社会では基準の一つにされがちですし、僕自身も、学歴の持つインパクトは実感しています。
僕は日本大学を卒業して体育教師になり、その後、ハーバード大学とスタンフォード大学に留学しました。
日大卒のままでTeach For Japanを始めても、見向きもされなかったかもしれない。
けれど、ハーバードやスタンフォードのコミュニティに入ったことで、いろんな卒業生とつながり、たくさんの仲間や寄付を集めることができました。
だから学歴はステータスというよりも、コミュニティやリソースだと感じています。
日本の大学は海外ほどアラムナイ(卒業生)ネットワークが強くないので、日本と海外では感覚が少し違うかもしれませんが。
強調しておきたいのは学歴は全てではないが、使い方によっては素晴らしいリソースにもなり得るという事です。

Q.教育格差とどう向き合う?

小林 東北大学医学部4年生の小林雅幸です。僕は、教育格差の問題に強い関心を持っています。
自分自身は小学校受験をして国立小学校に入り、さらに中学入学時に中高一貫校を受験、そして大学と、とても恵まれた教育環境で育ってきました。
でもこの問題ときちんと向き合いたくて、Teach For Japanで教育格差の是正に取り組んできた松田さんに話を聞きたいと思いました。
松田さんは2019年、厳しい環境にある子どもたちの教育を支援するTeach For Japanの代表を退き、海外への受験や留学をサポートするCrimson Education Japanに活動の軸足を移しています。
再び教育格差の問題に取り組みたいと思うことはありますか?
松田 今も取り組んでいますよ。Crimsonはリーダー育成を行っていますし、ビジネスを展開しているので、「魂を売ったのか」と思われることがあるのですが、「教育格差含めた社会課題の解決の是正とリーダー育成をしたい」という僕のビジョンは変わっていません。
ハーバード大学への留学時に出会ったのが、Teach For Americaです。厳しい環境に置かれた子どもたちの支援と、社会課題を解決するリーダー輩出を両立させたビジネスモデルに感銘を受け、その日本版であるTeach For Japanを立ち上げました。
ただ、やればやるほど、教育格差の問題は一つの団体で解決できるものではないこともわかってきたんです。
それくらい複雑で深刻な課題なんです。人生をかけて取り組んでいる事業で根本的な課題解決ができないかもしれないという現実と向き合って、絶望しました。
でも、僕1人では解決できなくても、同じような志を持ったリーダーが100人、1000人、1万人と集まれば、光が見えるかもしれない。
そこで、日本で活躍している社会起業家がいかにして社会的事業に取り組むようになったのかが気になり、フローレンスの駒崎弘樹さんやREADY FORの米良はるかさんら社会起業家に話を聞いたり、彼らのインタビューを読み込んだりしました。
すると、全員1人残さず、海外経験があることに気づいたんです。やはり海外に飛び込むと、ビジョンを持って一生懸命頑張っている人たちに囲まれ視座が高くなる。
日本を客観的に見つめることで、日本の課題と可能性にも気づけます。
こうした体験が社会起業家を育むのではないかと仮説を立て、早い段階から海外でチャレンジする人を増やそうと、Crimsonの活動に軸足を移しました。
僕がCrimsonの活動に力を入れるのは、グローバルで活躍する人材よりも、社会課題の解決に取り組む人を育てたいからです。
欧米の大学は日本の大学と異なり、ビジョンや志を出願プロセスの中で確認していきます。
このプロセスで主体的に課外活動等にも取組み、自分が本当に何を学びたいのか、どういうキャリアを歩みたいのかを考える機会となっているのです。
海外進学準備や留学を一つのツールとして活用し、主体的に学び・生きる次世代を育てたいと考えています。この中から一人でも社会課題の解決に取り組む人材が生まれたら最高です。
小林 そういうことだったんですね。
松田 僕は、一つの会社の活動を通して自分のビジョンを実現しようと思っていません。なぜなら、Crimsonの考え方が届かない人も必ずいるからです。
本業だけでなく、副業やボランティア活動なども含めて総合的に自分のビジョンを達成していきたいと思っています。
今では複数のNPOの経営に理事として参画していたり、自分のこれまでの経験を生かして文部科学省や内閣府の有識者会議の委員も務めて政策策定プロセスにも関わらせてもらっています。

Q.専門外の人ができることは?

小林 今の話には、僕自身も救われました。教育格差の問題には強い関心があって、何かしたい気持ちもあるものの、専門である医学の勉強もありますし、できることがないんじゃないかと思っていたんです。
僕のように、専門にはしていないけれど社会課題に関心のある人は、何ができると思いますか?
松田 まず、課題を知ることです。教育格差に関心があるなら、それに関する本を1冊読んでみる。やっぱり「無知は最大の罪」なので、知る努力はしてください。
そして、それに取り組むのはどんな団体があるのだろうと調べ、共感すれば寄付や週末ボランティアという形で応援すればいい。
時間がなければ、団体の発信をリツイートするだけでもいいじゃないですか。
いろんなレイヤーでできることはいくらでもあるので、常にアンテナを張っておくことです。
医学を通じてたくさんの人を救いたいという小林さんのビジョンがあるなら、それに時間をしっかり使うべきです。貢献の大小にとらわれる必要はないですよ。
小林 それを聞いてホッとしました。なかなか貢献できないことに、引け目を感じていたので。
松田 僕は教育という僕のドメインで頑張るので、小林さんや中村さんも、ご自身のドメインで頑張ればいいんです。
小林 最後に、松田さんが「教育」を生業にする原動力を教えてください。実はStudent Picker同士で話していると、あまり良いイメージを持っていない人が多くて……。
松田 僕は「教育」という言葉を聞くと、ワクワクしますよ。良い教育をたくさん見てきたから、そのパワーを信じているし、誰かの人生を変え得るほどインパクトのある、可能性を秘めた領域です。
教育の良いところは、先生や指導する側も常に成長が求められること。
そして良い先生に共通するのは、生徒と信頼関係を築き、彼らから学び続ける姿勢を持っていることです。
教員が成長し続けることが一番大切なので、僕自身も、これからも学び続ける姿勢を大切にしていきたいです。
小林 僕もまだ学ぶほうの立場なので、先生たちのそういう姿勢を信じて、感じたことをフィードバックしていきたいと思います。今日はありがとうございました。