テレビイノベーション

「ひるおび」に学ぶ、テレビイノベーション

つまらなくなってしまったテレビを救うために

2014/12/25
前回は、TBSのワイドショーでの冒険的な試みと、画期的なワイドショー「ひるおび」について述べた。「ひるおび」では、テレビの視聴率アップの常道である取材VTRを捨て去り、スタジオ展開に徹底的にこだわり、勝負している。その一例として番組冒頭の新聞コーナーを紹介した。今回は、その続きだ。番組のメインである特集コーナーから説明を続ける。

特集コーナーの深さは、報道番組を上回る

正午からの特集コーナーも画期的だ。

冒頭でニュース映像をベースに、その日のテーマをザクッと説明する。その後は、スタジオ展開のみ。ところどころでVTRが紹介されることもあるが、ほとんどは大きなボードに書かれたテキストをベースに進行する。テキストには紙が貼られ、担当のアナウンサーの説明が進むにつれ、1枚ずつめくってゆく。

このボードの説明が、非常によく整理されていてわかりやすい。しかもステレオタイプな浅薄なものではなく、専門家をもうならせるような詳細な情報や分析がなされる。

テーマも、テレビの常識を打ち破るものを積極的に取り上げている。テレビでは、ニュースでも情報番組でも、政治ネタや経済ネタ、外交、防衛ネタを扱うと、必ず視聴率が下がるというのが常識だった。しかし「ひるおび」は、その常識を打ち壊してしまった。しかも数字を稼ぐはずの取材VTRも使わずに。

そしてスタジオにはそのテーマの専門家を招き、解説してもらいながら進行する。レギュラーゲストは、視聴者の立場に立った質問役として、役割が明確に分かれている。したがって、コメンテーターが、自分の専門外のニュースや話題についてコメントするという、他のワイドショーにありがちな違和感はない。

例えば政治ネタの場合は、 政治アナリストの伊藤惇夫さんと時事通信社の田崎史郎さんが政治ネタでのレギュラーゲスト化している。お二人とも独自の情報ソースと鋭い分析力を持ち、視聴者が「そんなことまで言っていいの?」と思ってしまうような大胆な発言をする。

コーナーの内容も、反権力、反体制で通り一遍の表面をなぞるだけというものではなく、なぜ問題が起きたのか、その背景にまで踏み込んで、たっぷり時間を使って説明している。その議論の深さは、本格的な報道番組を上回る。

お天気コーナーも一味違う

それから「ひるおび」について語るとき、天気ネタは欠かせない。気象予報士の森朗さんが解説するのだが、これもスタジオ展開がメインだ。もちろんニュース映像も使うが、なぜ大雨なのか、なぜ大雪が降ったのかなどを、模型というか道具を使って説明する。その道具が毎回、非常に工夫されている。

とてもわかりやすいのだが、時には動くべきところが動かなくなるなどというハプニングも発生する。ところがそれ自体が一つの見ものになっていて、ハプニングが起きることが楽しみになってしまっている。

森さんのとぼけた雰囲気とMCの恵俊彰さんのツッコミとがあいまって、とても面白い天気解説になっている。こんな天気解説はこれまでなかったもので、コンスタントに高い視聴率をとっているようだ。

そしてMCの恵さんが、「素人」の立場に徹しているのも特徴的だ。どのコーナーでも、少しでも話が難しくなると、「…と言われても、よくわからないんですが」と割って入り、平易な説明を求める。

もちろん自身はわかっているのだろうが、あえてわからないフリをして徹底して素人にも理解できる場を作り上げている。報道の経験もないのに、わかったようなしたり顔で、上から目線で語りかけるニュースのキャスターより、はるかに好感が持てる。

「ひるおび」はもはやワイドショーというより、報道番組といったほうがふさわしいくらいだ。テレビ各局の報道のメインは夕方のニュースだが、行列のできる店や名物駅弁などが頻繁に取り上げられ、報道番組とは思えない企画も多いのとは対照的だ。

「ひるおび」が当たった理由

「ひるおび」の放送時間は、11時から15時まで、途中のニュースを含めると、3時間にも及ぶ。いくつものコーナーで構成されているのだが、どれを見ても作り手が面白がって作っているのが伝わってくる。

番組は視聴者のためにあるのはもちろんだ。しかし、では視聴者が見たいものを作れば当たるかというと、それは違う。視聴者にどんな番組を見たいか聞いて、その通りに作っても当たりはしない。いや、必ず外れるだろう。自分が見たいものなど、視聴者自身にもわからないし、どんな番組が当たるかなど、誰にもわからない。

ただ、当たった番組を観察するとわかることがある。それは作り手が面白がって作っていることと、冒険していることだ。だから番組の作り手は、自分の面白いという感覚を信じてこだわり抜くしかない。そして組織の上に立つ者は、作り手が冒険しやすい環境を作らなければならない。

「ひるおび」ではこの2つの条件、「面白がる」と「冒険をする」がそろっている。

今のテレビの閉塞状況

実はこの「面白がって冒険する」のは、今のテレビ界では難しい。特に視聴率が下がり広告収入が減っている状況では、非常に困難だ。

組織の上に立つ者は何とか状況を改善しようと、「少しでもいいから視聴率を上げろ」「番組を外すな」「失敗はするな」と言ってしまいがちだからだ。さらに「ミスを犯すな」というのも加わる。どれも当たり前の正論だが、この正論を強く指示することによって、逆に番組は当たらなくなってしまう。

わずかでもいいから視聴率を上げようとすると、作り手は番組の根本的な部分で冒険をせずに、数字を上げるための小手先のテクニックに走ってしまう。番組を外さないために、過去に当たったネタや企画、そして他の当たっている番組に出演しているタレントに頼ろうとしてしまう。

その結果、夕方ニュースの「食い物」企画のように同じようなものばかりが並んでしまい、どの番組を見ても同じタレントばかりが出演することになってしまう。独自性や多様性が失われてしまうのだ。

そして冒険を避けるようになる。面白いという自分の感覚を信じて冒険し、もし失敗してしまったら責任を追及される。作り手は萎縮し、無難なものしか作らなくなる。「この企画は今まで外れていませんから」「このタレントは視聴率を持っていますから」という言い訳のために企画や番組が作られるようになる。

これが、テレビがつまらなくなってしまった理由だ。

本当は面白いことを冒険したいのに、失敗をせず、ミスを犯さないことに精力を費やさなければならない。ひとたび問題を起こせば、ノイジーマイノリティによる抗議がテレビ局に殺到し、会社の偉い人から怒られる。今の制作現場は、コンプライアンスを常に意識し、問題を起こさないよう細心の注意を払うことに疲れ果てている。もはや現場の「ミスを犯さない」「問題を起こさない」という努力だけでは、どうにもならないところまできているのではないだろうか。

そもそもテレビというビジネスは、失敗の上に成り立っている。かつては、改変期に5つの新番組をスタートさせたとしたら、そのうち1つが当たれば成功だと言われていた。打率はわずか2割だ。新番組は外れて当然だとも言える。いくつもの失敗した番組があるからこそ、わずかな成功した番組が存在できるのだ。

番組の作り手は、本当は、誰もやったことのない新しい番組を作るという冒険をしたいと思っている。冒険をすれば当然、外れもするし失敗も生まれるしミスもする。しかし、失敗もミスも許されないなら、冒険なんてできはしない。そして冒険ができないので、当たる番組も生まれないというマイナスのスパイラルに落ち込んでゆく。今のテレビ制作現場は、そんな閉塞的な状況になりがちだ。

そんな環境の中でも「ひるおび」は当たった。「ひるおび」がなぜ当たったのか、そこから学べることはあるはずだ。

「視聴率をとれ」「問題は起こすな」「番組も外すな」。こんなことは言うだけなら誰でも言える。組織の上に立つ者の役割は、こんな当たり前の指示を出すことではないはずだ。

どうすれば現場が失敗を恐れず冒険できる環境を作れるのか、どうすればコンプライアンスに疲弊することなく面白さを追求できる環境を作れるのか。これは作り手の一人一人の努力で解決できる問題ではない。組織として解決していかなければならない問題だ。当たる番組が生まれやすい環境をどうやって作っていくのか、それを考え、閉塞した状況を打ち破るのは組織の上に立つ者の責任だ。

連載終了にあたりご挨拶

連載企画「テレビイノベーション」は今回が最後です。9月24日に開始以来、17回になりました。テレビイノベーションというタイトルが重くて、途中挫折しそうにもなりましたが、なんとか3カ月続けられました。

私の本業はテレビ関連、いわゆる「テレビの中の人」で、文章を書くのは素人です。毎回、編集部に原稿を直してもらうと、テイストは変わらないのに見違えるようにまともな文章になるのを目の当たりにしました。文章のプロって、すごいです。昔、私もニュース原稿や、バラエティーの台本を書いた経験があるのですが、テキストとして形に残る文章に求められるレベルはまるで違いました。

私は今回の連載にあたって、プロフィールをぼかして書きました。大人の事情です。なので、読んでいただいた方々には執筆者としての立ち位置が見えず、申し訳なく思っています。属性データの重要性を改めて感じました。

Pickerのコメントにも「イノベーションが少ない業界の中で連載テーマが重すぎた」との鋭い指摘もありました。確かにテレビは長い間、イノベーションとは無縁の世界でした。非常に完成度の高いビジネスモデルであるために、むしろ、できるだけ変化は起こさないというバイアスが常に働いていました。今でもテレビ界では、そうした傾向の考え方を本能的にしてしまう人が多数を占めています。

しかしITとネットの急激な進展で、テレビが変化をサボれば、自らの可能性を閉ざし衰退することを覚悟しなければならない時代になっています。しかし逆にテレビがイノベーションを起こせば、大きな可能性と面白い未来が一気に開けます。私はこの連載で、その可能性について書いてきたつもりです。

今、振り返ってみると、どうもテレビの中の人たちへのメッセージを懸命に書いていたような気がします。NewsPicksのユーザーの皆さんの感覚とは、ズレている部分も多かったと思います。「テレビは見てない」「テレビは終わってる」というコメントを書き込む方もいました。

しかしテレビをテーマとした記事に、わざわざそう書き込むのは、見ていなくてもテレビを意識していただいていることの表れだと思います。本当に興味も関心もなければ、記事自体を読まないでしょうから。

メディアとしての接触率や接触時間は減ってはいますが、テレビはまだ圧倒的なリーチ力を持っています。今、自ら本気で変わればテレビは面白いことになります。その変化の方向についても、この連載でいろいろ書いてきたつもりです。

これまで読んでいただいたユーザーさん、ありがとうございました。それから特に、Pickしてコメントを書き込んでいただいた方、本当にありがとうございました。毎回のようにコメントしてくださった方もいました。大変鋭く深い内容で、勉強になりました。

連載企画「テレビイノベーション」は今回でおしまいですが、今後もチャンスがあれば何か書いていきたいと思います。でも、もう少し軽い気持ちで書けるテーマがいいなぁ。