プロ経営者という働き方_トリンプ

ロングセラー商品を前年比2倍の大ヒットに

部署横断で行った「天使のブラ」イノベーション

2014/12/24
マーケティングの指南役として、様々な企業に招へいされてきた、トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長、土居健人氏。「プロ経営者」というと、一見、エリート然とした印象もあるが、彼の手法は、ひたすらに現場を訪ね、消費者の声を聞く、という泥臭い努力の積み重ねであることがわかった。そんな土居氏の「技」は、マーケティング分野に限ったものではないようだ。最終回は、土居氏のトリンプでの功績を見ていきたい。

縦割りを崩す

土居氏はその後、経営トップとなり、マーケティングだけでなく社業全体を俯瞰する立場となった。そこで始めたのは「組織のディープインサイト」とも言うべきものだった。

「例えば、人事制度も、現場を深く知らなくてはできない。今まで『人事』と言えば、人を採用して、研修して、ときには社内活性化のため福利厚生を充実させ…という仕事をしてきたと思う。でも、その『当たり前とされる領域』を超えなければ、いい仕事はできないはず。仮に営業の採用や研修や人事評価を正しく行なうなら、営業の現場がわかった人事担当者が必要ですよね。マーケティングなどバックオフィスの強化をはかるなら、その方面に詳しい人事担当者がパートナーとなることが望ましい。このように、人事が現場をサポートするビジネスパートナーとして位置づけられる組織作りは、もう欧米では一般的になりつつあるんですよ」

土居氏は「クロスファンクショナルなアプローチを」と話す。

簡単に言えば、私は営業だから営業がわかればいい、というアプローチではいけない。人事もマーケティングも、独立した組織ではなく、何らかの「チェーン」の一環だ。たとえば商品供給のチェーン(サプライチェーン)であれば、原料の製造、買い付け、輸入、加工、製造、出荷、広告、販売、消費、すべてが「チェーン」の内部にあるべきで、それぞれが独立していては、非合理的なことが頻発する。

たとえば工場内のそれぞれの部署では、効率化や最適化が行なわれているはずだ。だが、部署間をまたぐと「これを先にやっといてくれれば助かるのに」「え!? そんなの簡単だったのに」といったことが頻繁に起こる。

部署間だけでなく企業間になればなおさらだ。たとえば「ここまで包装しないとダメなんだろうか」「こんな包装、はがすのが面倒なだけなのに…」など、非合理的な部分はもっと最適化しにくい。改善は、部署内、企業内にあるのでなく、部署と部署の狭間にあることが多い、と言えよう。

これらの課程を「チェーン」であると意識し、綿密につなぎ合わせていく。すると、非合理的な部分がなくなり、部署と部署が最適なパートナーとなれる。

土居氏の「ディープインサイト」を中心としたマーケティングは、そんな、企業と消費者の間にあるパートナーシップの進化形であり、土居氏は組織でも、この「挾間」を埋めていこうとしている、というわけだ。

トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長、土居健人氏

トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長、土居健人氏

「ディープインサイト」を繰り返す

土居氏の仕事ぶりは、フットワークの軽さが特徴だ。多忙な中でも売り場を訪ねることを欠かさない。自ずと、周囲は土居氏に相談がしやすくなる。イコール、狭間は埋まりやすい。

そんな土居氏が、トリンプの日本上陸50周年を機に「マーケットでイノベーションを起こそう」と宣言した。

具体的な施策は誰にも見えない。潜在ニーズとして、ユーザーの心の中に眠っているからだ。しかし、どんな順番で仕事を進めればイノベーションを起こせるかは、社員全員が共有していた。土居氏は「商品、サービス、売り場、プロモーション、すべての部分で、お客様に向け何ができるか整理して進めようか」と話し、社員たちの仕事を見守った。

結果、商品のイノベーションの部分でとくに興味深い進化があった。同社には『天使のブラ』というロングセラー商品がある。「美しい『谷間』を魅せる」というコンセプトを20年前にいち早く打ち出し、女性からの商品の認知度は90%以上。簡単に言えば「誰でも知っている商品」だ。だからこそイノベーションは起こしにくいようにも思えるが…? 結果はそうでなかった。

まず、チームがディープインサイトを繰り返した。年齢別だけでなく、ファッションの感度でもレベル分けをし、詳細なインタビューを実施した。ここから出てきた共通のインサイト(回答)が、イノベーションの鍵となった。土居氏が話す。

「いま、『天使のブラ』同様に、美しい谷間をつくる商品は市場にあふれかえっています。だからこそお客様は、もうひとつ上の基準――理想の谷間のさらに上を行く谷間とは何か、追求しておられたのです」

答えが見えた。谷間は谷間でも、「極上の谷間」が必要だったのだ。インサイトを引き出したあとは技術の問題だ。調査を繰り返すと、ちょうどバストを手で包み寄せた、自然なふっくらした谷間が、多くの人の本当の理想の谷間だとわかった。

そして2014年3月、『天使のブラ 極上の谷間』を発売。すると、売り上げは対前年比2倍の大ヒットを記録した。このエピソードを聞いて、筆者は、一つのことに気づいた。

努力には「量的努力」と「質的努力」がある。「量的努力」とは、ひたすらに繰り返すこと。受験勉強や部活などが好例だ。仕事の現場で言えば、営業先を一件でも多く回る、他社が1000円で売るなら弊社は900円で売る、といった努力を指す。日本では、教育の現場で体にたたき込まれる手法だ。

一方「質的努力」は、現状を俯瞰し、「質」を一変させることを指す。効率的な勉強法や練習法に「気づく」、サービスの方向性を「一変させる」。量的努力をこなさなければ、どのような「質」の努力をすればいいかは見えてこないが、この「質的努力」がイノベーションの源なのだ。

土居氏のマネジメントは、現場を知るための「量的努力」をひたすらに重ね、状況を俯瞰し、「質の変換」へと至らせる…この一点に集約されるのではないだろうか。

※本連載は今回で終了になります。ご愛読、ありがとうございました。