「なまり矯正」アプリはイノベーションか、標準化差別か
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何をどうとっても、理性的に考えれば標準化にはならないことは明白です。
国際共通語 (Lingua franca) の発音・文法が、元々の言語のものからかけ離れてしまう問題は、これまで一般・学術領域双方で議論されてきました。
実際問題、標準からあまりにかけ離れてしまうと、同じ言語なのに通じないという問題が起きます。これは、わざわざツールとして特定の言語を新たに習得したことを考えれば極めて致命的です。
すると、母語話者崇拝をさけるために多様性は担保されなければならないが、実用的な意味合いである程度の標準化は必要ということになります。
これでも標準化差別という批判への反論として十分ですが、一応集団か個人かという問題も取り上げます。
まず、結論として、なまり修整アプリを使用したいというのは個人の自由の領域で、企業はその需要に応えているだけです。問題は標準発音を集団全体に強制した場合で、その際には多様性を排除する行動として避難されることになります。このような集団か個人かといった問題は重要で、他には出生前診断に基づいて出産を取りやめる行動が優生思想か否かという問題が挙げられます。
もちろん個人の場合は「特定の遺伝子の保護や排除」という優生思想の定義に当てはまらないため、答えは否ですが、少し考えればわかるようなことがいちいち問題になるのは、人文科学教育の軽視から来ているように思われて仕方ありません。
注:「人類の遺伝的素質を改善することを目的とし,悪質の遺伝的形質を淘汰し,優良なものを保存することを研究する学問」という『広辞苑 第6版』の定義は、あまり我々に役立つ定義ではありません。なぜなら、「優良」の定義が客観的には不可能だからです。よって、人が「優良」という と き、そこには恣意性が多分に含まれており、「優良な」遺伝子の保護というのは、客観的には恣意的に定められた「特定の」遺伝子の保護に他なりません。
注目のコメント
うまく言葉が通じないもどかしさは、海外に行ったことがある人を含めて多くの人が感じたことがあると思います。その課題を解決しようとしてるだけとも見えるのですが、これが白人英語に近いアクセントになるのではなく、別の言語に変換されればこういった議論は生まれないのでしょうか。
技術的な類似性はわからないのですが、いつかほんやくコンニャクが生まれる過程だと思っています。「発音を正す」というのは英語ではよく分かりませんが、少なくとも日本語ではその認識自体が誤ったものと言えます。
一般的に「正しい日本語の発音」とされるものは東京を基準にしたもの。
私の三重では三重弁が正しい発音であり名古屋なら名古屋弁、同じ愛知でも三河地方なら三河弁がその地域の正しい発音です。
これが青森の津軽弁や沖縄のうちなーぐちになれば、同じ日本人でも在住歴が5〜10年なければ理解できる人はいません。
ここで「お前何言ってるのか分からんから俺の分かる言語(東京弁)だけ使って話せ」というのは乱暴すぎであり、その人の地方の文化を破壊する行為です。
それこそロシアが今ウクライナに対してやっている文化の破壊、ホロコーストと同義ではないでしょうか。
その地方・国の言語とはその土地の文化を如実に表したものです。
日本語に多い修飾語は英語にはあまり見られない表現です。
これを英語圏の人が日本語を使う日本人に対して「なんだよそれ、変な表現方法だな」と馬鹿にしたら喧嘩のタネになります。
そういう違いを相手に矯正させるのではなく自分が理解しようとするのが相互理解、ダイバーシティなんじゃないですかね。