テレビイノベーション

「ひるおび」はなぜ画期的なのか

TBSが仕掛ける、ワイドショーのイノベーション

2014/12/22
私はワイドショーが好きだ。ネットや紙メディアからは、常にテレビの暗黒面のごとく叩かれることの多いワイドショーだが、視聴者の好奇心を満足させるという一点に目的を絞り込み、日々、戦いを挑んでいる。作り手たちは、統制のとれた正規軍ではない野武士のような力強さと荒々しさ、そして優しさを持ち、果敢に冒険に乗り出している。

ワイドショーはテレビ界の最下層?

ワイドショーの制作費はゴールデンタイムの番組に比べると、はるかに安く、時間当たりの制作費は一桁違う。10分の1であることさえざらにある。ワイドショーは、テレビ番組のヒエラルキーの中では最下層に位置すると、テレビ業界内でも言われる。しかし、制作に関わっている人たちは、だからと言って不貞腐れたり、やる気を失ったりはしていない。

ワイドショーの放送時間は放送局によっても違うが、1日あたり8時間から11時間もある。1日24時間の3分の1以上がワイドショーだ。彼らは、ドラマやバラエティー、スポーツ、報道など、他のどのジャンルよりも安い制作費で、どのジャンルよりも長い時間を戦っているのだ。

今回は、このワイドショーをテーマにする。実はテレビ業界ではワイドショーという呼び方はあまりしない。1局の1週間の番組表を並べると、月曜から金曜まで、同じ時間に同じ番組が並ぶので、帯やベルトに例えて「月金のベルト番組」とか「帯番組」と呼ぶのが普通だ。

TBSの冒険

このベルト番組ではこの春、大きな博打を打った局がある。早朝から午前にかけて連続した2つのベルト番組を一気に新番組にしたTBSだ。

ベルト番組というのは、視聴習慣に大きく左右される。新番組にしてしまうと、それまでの視聴者の視聴習慣を全て失うことになる。ベルト番組を新しくすれば、どの局でも誰がMCをやっても、視聴率は2%まで落ち込む。

なぜかはよくわからないが、この2%というのは、ほとんど例外がなく当てはまる。番組制作者、出演者、そして改編を決めた編成の戦いは、このどん底の2%から始まる。いかに早く合格ラインの5%に乗せるかの戦いだ。

テレビのことをよく知らないネットメディアや紙メディアは、ベルト番組が改編され視聴率が2%に落ちると、すぐに「大失敗」とか「早くも打ち切りの声が」などと囃し立てるが、その程度の数字は十分に想定の範囲内だ。

ベルト番組は、5人のランナー(月曜から金曜の5曜日)が、1人100メートルを全力で走りバトンを渡していくリレーを、永遠に繰り返すようなものと言える。日々の放送は短距離の全力疾走だが、それが1年間に250回以上も繰り返されるのだ。

毎日の視聴率は重要だが、それに惑わされてはいけない。TBSの2番組もスタートして9カ月、徐々に数字が上がってきている。ここが踏ん張りどころだ。5%に届かないからといって、また新しい番組に改編してしまうと、再び2%まで落ち込むことになる。これを繰り返すようなことはしないほうがよい。

それにしてもベルト2番組を一度に変更するのは、かなり思い切ったことであり、テレビ史上でも珍しい。

視聴率の区分に全日というのがある。朝6時から夜12時までの18時間の平均視聴率で、テレビ局の総合的な体力を示す指標だ。朝と午前の2つのベルトの6時以降の放送時間は4時間だから全体の22%、5分の1以上を占める。これだけの大きな時間帯で、5~6%あった二つの番組が2%まで落ちるのだから大変なダメージになるのは最初からわかっていた。わかってはいても、そうせざるを得ない深い事情があったのだろう。

しかし番組が新しくなるということは、新しい血が加わることでもある。制作者も出演者も、世代交代が進む。それに作り手にとって産みの苦しみを経験するのはいいことだ。番組をゼロから立ち上げる経験は非常に貴重だ。

ゴールデンタイムの番組は瞬発力勝負だが、ベルト番組は瞬発力+持久力の勝負だ。1本2時間枠だとすると、1週間で10時間の番組を作ることになる。お金はかけられないが、放送時間が長い分、いろんなチャレンジができる。若い人でも自分の企画を立てられる。様々な冒険を繰り返し、5%の壁を突破してほしい。

「ひるおび」が打ち破ったテレビの常識

TBSの「ワイドショー」でもう一つ注目している番組がある。「ひるおび」だ。この番組は様々な意味で画期的な番組だ。

TBSの昼ベルトは、長年ヒットが出ず、常に改編、失敗の繰り返しだったと言わざるを得ない。ところがついに同時間帯でトップをとるような番組が生まれた。その意味では、TBSにとって画期的な番組だと言える。

そして番組内容も画期的だ。番組全体を通して、VTR部分(インサートVTRという)がほとんどない。実はこれは、テレビの常識を破る画期的なことなのだ。情報系番組では、インサートVTRで毎分の視聴率が上昇し、スタジオ部分になると下がるというのが常識だった。ところが「ひるおび」では視聴率を獲得するインサートVTRという鉄板とも言える手段を、最初から捨てているのだ。

インサートVTRを制作するのはお金がかかる。ロケにいくのはディレクター、AD、レポーター、カメラマン、VTRエンジニア、照明、それに車のドライバー(タクシーの場合もある)が通常だ。さらに取材したVTRを編集しなければならないので、編集マンが必要だ。

その上、音楽などをつけるため、音効さんも必要だ。VTRにはテロップをつけなければならないので、これも別の人に作ってもらう。

1本のインサートVTRを作るのにも、これだけの人間が関わる。テレビは装置産業のように見えて、実は労働集約型巨大家内工業なのだ。

あくまでも推測だが、「ひるおび」がインサートVTRを使わなくなった理由のひとつに、制作費の削減があるのではないだろうか。苦肉の策のVTR排除が、思わぬ好結果を生んだのかもしれない。

スタジオ展開に徹底的にこだわる「新聞コーナー」

VTRを使わない分、スタジオ部分を面白く見せなければならない。「ひるおび」では、このスタジオ展開に徹底的にこだわっている。

その一つが新聞コーナーだ。11時の番組スタート直後に、その日の新聞記事を紹介している(11時半まではフルネットではないので見られない地域もある)。多くのワイドショーが、この新聞コーナーを設けているのは、新聞の記事には視聴率を獲る力があるからだ。しかも制作費はごくわずかですむ。あとはどうやって見せるのか、そこに番組の個性と努力が現れる。

「ひるおび」では、新聞を貼ったボードが引戸のように、かなりの勢いで飛んでくるという方法をとっている。コーナー名は「飛び出す新聞バン!」というらしい。小森谷徹さんの記事紹介トークに合わせ、絶妙なタイミングでボードが飛んでくるのを、小森谷さんがパシッと手でとめる。この小気味よさがなんとも言えず良い。

そして毎日ではないが、「現物入手」という企画もある。食べ物や商品の新聞記事を紹介した後で、現物をスタジオに持ち込んで、出演者たちに見せたり、味わったりしてもらう。この商品の選択眼がなかなか鋭く、視聴者が「これは現物を見たい!」と思うようなものを選んでいる。

記事は前日の夕刊の場合もあるが、新聞を入手してからの少ない時間で商品を調達する技はなかなかのものだ。これまでいろいろな新聞コーナーを見てきたが、「ひるおび」の見せ方と完成度の高さは画期的だ。どのタイミングで飛ばすのか、小森谷さんのトークにタイミングを合わせる練習を、事前にしっかりしているのだろう。これこそが職人技だと感じられる。

次回は、「ひるおび」が成功し要因を分析する。そしてテレビ制作現場の閉塞した状況を掘り下げ、打開への道筋を考察する。

*続きは、12月25日(木)に掲載する予定です。