SPORTS-INNOVATION_岡田監督_vol2b

スポーツ・イノベーション特別編

岡田武史氏と考えるスポーツ・イノベーション(後編)

2014/12/19
今年11月、元日本代表監督の岡田武史氏がFC今治のオーナーに就任した。FC今治は四国リーグ(5部相当)にすぎないが、小さいクラブだからこそ新しい改革をできる。岡田氏はSAP社のスポーツにおける取り組みに出会うと、すぐにその先進性を見抜き、SAP社のChief Innovation Officer 馬場渉とのミーティングを行った。今回は岡田氏の好意によって、NewsPicksにおける特別対談が実現。その後編をお届けする。( 前編はこちら )
対談終了後に記念撮影。中央左が岡田武史氏、中央右が馬場渉氏(写真:福田俊介)

対談終了後に記念撮影。中央左が岡田武史氏、中央右が馬場渉氏(写真:福田俊介)

岡田「立ち止まったら退屈」

馬場:人の縁で岡田さんとこうやって話す機会ができましたが、何か仕組まれていたような出会いですよね。

岡田:馬場さんは「チーフ・イノベーション・オフィサー」って肩書きだそうですね。実は日本のサッカー界の過去の取り組みも、ある意味イノベーションなんですよ。おそらく世界のサッカー界で、一番急激にレベルが伸びたのは日本。FIFAも日本の育成を注目しているんですよ。

日本サッカーは他国から学んで、素晴らしい育成システムと、指導者養成システムを作りました。アジア中から「素晴らしい」とみんな勉強しに来てくれた。ところが、そこからあまり変わっていない。進歩しなくてもいいけど、変化していかなきゃ。

常に進歩できるわけじゃないけど、変化をしていかないと。これは僕の考えですが、ひとつのところに立ち止まっていたら退屈。どこかに向かって歩いていたいじゃん。たまには後ろに歩くこともあるけど。

――それがFC今治の取り組みなわけですね。

岡田:サッカー協会だけの責任ではなくて、日本サッカーに関わる全員の問題。なのに、みんな「協会が良くない」って、すぐに叩くでしょ(笑)。そうやって批判する前に、僕たち一人ひとりができることがある。

政治も一緒で、リーダーがどうだとか言うけど、その前に民主主義というのは一人ひとりが責任を分担するということだったんだ、前提がね。サッカーにおいても、我々サッカーの仲間たちが、一人ひとり責任を分担してやらないと。

僕が携わるFC今治から日本代表選手が5人出たら、日本代表のサッカーは変わるじゃん。スペイン代表のバルセロナであり、ドイツ代表のバイエルン、オランダ代表のアヤックスになれるわけですよ。それは簡単じゃないけどね。そういうチャレンジをするべきだと思った。

馬場:まさに岡田さんが言われるように、日本により多く見られるのは、「上にいる誰かが社会を変えてくれるんだろう」「うちの会社を変えてくれるんだろう」「業界を変えてくれるんだろう」という「幸せの青い鳥症候群」ですよね。

でも、会社においても、日本においても、一個人がやれることは自分が思っている以上に大きいんだと思うんですよね。リーダーシップって他人事ではなく、自分自身ができること。自分自身でやれることってすごく大きい。

これまで連載で書いてきた実践例は、フェデレーション的な人が上から仕組みを降らせているわけではなく、自らが変わりたいと思う人がまず変わっていった。そういう人たちが自然とリーダーやリスクテイカーになってイノベーションが起こる。

それが49ersであり、女子テニス協会であり、ドイツ代表であり、ホッフェンハイムのような人口3千人のクラブチームである。やれば何とかなるというマインドを、みんなが持つとおもしろい。我が社で言えば、スポーツの支援を通じて、「自分にもできるかも」とみんなが思うような社会の実現に貢献できれば、本当に嬉しいです。

この特別対談はSAP社の会議室で行われた(写真:福田俊介)

この特別対談はSAP社の会議室で行われた(写真:福田俊介)

馬場「ドイツは人口減を低成長の言い訳にしない」

――岡田さん、日本は変化し続けることが苦手なんでしょうか。

岡田:いや、日本人に限らず、人間はそういうものでね。いい物を作って満足したり、止まったりしたら終わりだと頭ではわかっていても、どうしても居心地がいいから立ち止まっちゃう。

ある程度レベルが上がってくると、成長曲線はプラトー(横ばい状態)が来るから、成長率がどんどん小さくなってくる。それに対して、後ろから登って来るやつは、ものすごい成長率で追いかけて来る。

で、気がついたら追い抜かされる。でも、成長を少しずつでもいいから続けていれば、絶対に追いつかれないんですよ。先に前へ行っているわけだから。僕自身、やらないと追いつかれる。そういう感覚はすごくあるね、今。

馬場:企業も同じです。連載でも書きましたけど、日本の場合、成長するマインドが乏しいことが多いですからね。「人口が減る」とか、「税収が減っている」とか、そういう前提を口にするじゃないですか。だから低成長は仕方がないんだと。アメリカの人やドイツの人はそういうことを言わないですよね。

岡田:ドイツは人口が減っているよ。日本と同じくらいのペースで。でも成長しているよ。

馬場:成長していますよね。アメリカのメジャーリーグも観客数が増えているわけではないんですけど、ビジネスの規模は20年前の7倍になっている。既存需要じゃなくて、グローバルやデジタルなどいろいろな新規需要をキャプチャーしているからです。

目指しさえすれば実現するというほど単純ではないですが、「W杯で優勝するんだ」とか、「クラブW杯でJリーグのクラブが優勝するんだ」という夢は、最初は誰かが抵抗するでしょうけど、目指さなきゃと思いますね。

岡田「計画への落とし込みは一番苦しいけど最も必要な作業」

――岡田さんは2010年W杯に向けてベスト4を目標に掲げました。2014年W杯に向けて、本田圭佑が優勝という言葉を口にしました。そうやって高い目標を言うのは大事でしょうか。

岡田:あのね、言うことは大事だし、悪いことじゃないんだけど、言ったからにはきちんと計画を立てて実行しないと。

もし4年後にW杯で優勝すると言ったなら、そこからカレンダーに落とし込んで、経過目標を出さなければいけない。「今年中にこういうチームになっていないと優勝できないよな、半年後にはこれくらいのことができるようになっていないといけないよな、そうしたら今週、今日何をしなければいけない」というふうにね。この作業が一番苦しいし、大切なところで。

馬場:女子バレーの眞鍋政義監督(バレーボール全日本女子監督)は、2012年のロンドン五輪では銅メダルだったから、2016年のリオデジャネイロ五輪では金メダルだと言って、落とし込みという点ではまさに本当に巧みで、4つの項目で目標を決めた。何々の成功率といった具体的な数字ですね。

すべての項目で世界一にはなれないけれど、うちは4つだけ世界一になれば、金を獲れるという前提でやっていて。最初の時点では4項目の内、1つは世界一だけど、他は中位だった。それが取り組みを続けたら、どんどん上がってきて。

こないだのワールドグランプリで2位になったとき、実は初めて4つの項目のうち2つで1位になって、残り2つも2位になっていた。そうなったら自ずと「あと残りの項目でも1位になれたら、本当に世界一になれるんじゃないか」という雰囲気になる。

岡田:それはなるよね。

馬場:その4項目に対して、それぞれに「事業ヘッド」みたいな責任者がいます。この数字は今、4位だけど1位にする責任はお前だからなと。担当者が責任を持って、どうやったらブラジルやアメリカにその項目で勝てるのかを考える。それをデータのアナリストが数字で支援しています。アナリストだけがデータやテクノロジー、みたいな組織じゃないんです。事業責任者側に完全にデータマネジメントやテクノロジーが組み込まれている。

岡田:僕も日本代表で「走行距離を1人1km多くしよう」と言ったら、遠藤(保仁)も試合後すぐに分析担当者のところに行って、「今日、俺何キロ?」と訊くようになった。

馬場:それは驚きますね。

岡田:遠藤も走るようになったから。

――そうやってデータを使っていたんですね。

岡田:当時はね。今回のSAPさんのはもっと使い方が多様になる。さっきも言ったように新しいものが作れるような気がするね。どういうものかと訊かれると、まだわからないんだけど。ひょっとしたらビッグデータを駆使して、下部組織の選手の価値がどれくらいになるかを予測できるようになるんじゃないかな。そうすると財務にもつながって、何年後にこれくらいの投資ができるようになるとかわかる。そういう可能性があるよね。

馬場渉氏の連載「スポーツ・イノベーション」を岡田武史氏はすべて読み、「衝撃を受けた」と絶讃(写真:福田俊介)

馬場渉氏の連載「スポーツ・イノベーション」を岡田武史氏はすべて読み、「衝撃を受けた」と絶讃(写真:福田俊介)

馬場「別の発想でショッピングモールとスタジアムを設計したらおもしろい」

――今日、馬場さんが伝えたのはプレー分析の話だけですか? それともバイエルンが使っているクラブ運営システムや、49ersのスタジアム設備の話もあったんでしょうか?

岡田:それについても、簡単に教えてもらいました。今治にもスタジアムを8年後に造ろうと思っているから。造るなら絶対に、49ersのようなスタジアムにしたいなと思った。それより、東京五輪の競技場にああいう設備を入れなくちゃいけないんじゃない?

馬場:本当にそうですよ。

岡田:これこそ東京五輪の強みになる。テクノロジーの面から「こんな最新のエンゲージメントが提供できます」っていうのを示せればね。だって席に座ったままスマートフォンのアプリで食事を注文してさ、ハンバーガーとジュースを運んできてくれたらいいよね。あの選手の成績はどうなのかと調べたら、すぐに出てくるとか。帰りにグッズを家に送っておけるとかね。絶対にやるべきだよ。

馬場:新国立競技場に間に合わせてほしいですよね。

岡田:間に合わないとしたら、設計上の問題なの?

馬場:発想上と設計上ですね。2019年ラグビーのW杯もありますから。本当の意味で間に合わないかといえば間に合うと思いますけど、計画を修正する勇気があるかというところですね。

岡田:ちょっと知り合いの政治家に聞いてみようかな。すごくもったいない。

――馬場さんから聞いておもしろかったのは、ショッピングモールを手がける大手が地方に大型店を建設するときに、モールを周りに作って、真ん中の大きめな「広場」にスタジアムフィールドを置いたらいいと。

岡田:今、イオンさんは屋上にフットサルコートを造っているんだよね。今度、今治にイオンさんができるんだけど、その上に造ってもらおうと思っているんだ。

馬場:そういう別の発想を持った人たちがショッピングモールとスタジアムを設計したら、すごくおもしろくなりますよね。

岡田:今、大きな壁になっているのは、公園の中にスタジアムがあるケースが多くて、公園法とか緑地法とかに引っ掛かること。日本の場合、そこに複合施設を建てられないんですよね。

ところが、僕が勝手に考えている今治のスタジアム建設予定地は公園じゃないんですよ。だから複合の施設が建てられる。ホテルを併設して、ラボとか医療施設を入れて、さらにダンススクールを入れたり。いろんな広がりが出てくる。サッカーだけでなく、コンサートもできる。大手旅行代理店が支店を出してくれると言ってくれているから、FC今治のツアーを企画したりね。またそこで1つ化学反応が起こる。

スタジアムというのは、単にサッカーやイベントをするというところではなく、地元の人たちが集まる場にできるんですよ。ヨーロッパに行くとわかると思うけど、市庁舎だったり、教会だったり、チームが優勝したときにみんなが集まったり、祭りをしたりする場がある。かつての日本はそれが寺社仏閣だった。

ところが街が大きくなりすぎて、寺社仏閣がその役割を果たせない。チームが優勝したときに地元の人たちが集まって、選手たちがテラスから挨拶できるような場がない。

馬場:ないですよね。

岡田:スタジアムはお祭りをやる場になれるんですよ。そういう場を使って地域を活性化していくためには、公園法とかに縛られずにもっと自由に使える場がいる。町づくりには絶対必要。

――今治にはその土地があるということですね。

岡田:土地はいっぱいあるんだよ(笑)。お金がないだけで。ただ、それはオーナーである僕が頑張って捻出すればいいんです。

(撮影:福田俊介、対談進行:木崎伸也)

*12月26日(金)に本対談の特別編を掲載する予定です。

<編集部よりイベントのお知らせ>

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2014年12月21日に『SAJ2014 -スポーツアナリティクスジャパン2014-』と題し、日本初となるスポーツアナリストを集めたカンファレンスが開催されます。本連載の著者の馬場渉氏も登壇する予定です。詳しくはこちらのアドレス(http://jsaa.org/saj2014/)を参照ください。