2022/9/9

【山口周×KDDI】「選ぶ技術」が生死を分ける。リベラルアーツの正しい活かし方

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 スキルの陳腐化が加速するVUCA時代。ビジネスパーソンの間で「学び直し」の意識が高まり、錆びない知識に注目が集まる。
 その代表格がリベラルアーツだ。
 一般に人文科学、社会科学、自然科学系を指し、欧米エリート校などでは社会のリーダーに必須の知識と位置付けられている。
 「実学志向」も勃興する時代に、リベラルアーツはどんな真価を発揮するのか。
 その学びを単なる「知識」にとどめず、ビジネスに活かすにはどうすれば良いのか。
 長年リベラルアーツの価値を発信し続ける山口周氏に聞いた。

「良い選択」をするためにはリベラルアーツが必要だ

──近年、ビジネスシーンでリベラルアーツの重要性が叫ばれています。なぜその知識が求められるのでしょうか。
山口 「良い選択をするため」ということに尽きると思います。
 日本は明治以降、欧米文化を積極的に取り入れ、経済大国の地位を築きました。経済発展の過程で重視されたのは、医学、法学、工学などの実学的な知識です。
 それらが国力増強に不可欠であることを先進的な国々が示していた。80年代まではある意味「必勝法」が見えていた時代です。
 翻って、混迷を極める今の時代に必勝法などありません。ゆえに「勝ちパターン」の真似を繰り返してきた日本人は途方に暮れている。
 そんな時代だからこそ、「良い答えを選ぶ技術」であるリベラルアーツが存在感を高めている、端的に言えばそういうことだと思います。
──なぜリベラルアーツを学ぶと、良い選択ができるようになるのでしょうか。
山口 リーダーの仕事を例に挙げるとわかりやすいと思います。
 下図の通り、リーダーの仕事は社内外の「状況把握」から始まります。その有効な手段として、ビジネススクールではファイナンスやマーケティングなどを教えてくれますが、それだけで十分とは言えません。
 例えば、さまざまなビジネスに影響を与える国際情勢。グローバルビジネスを展開する企業が、米中関係や中東情勢を読み解くためには、歴史や地政学、宗教などの知識が不可欠でしょう。
 「ビジョンを定める」ことも同様です。
 一般社員は与えられた問題を正確に解くことが求められるのに対し、リーダー層は組織の「ありたい姿」を構想し、理想と現状のギャップを明らかにする、すなわち「問いを立て、問題を作ること」が求められます。
 正解への最短距離を走る力と、ビジョンを構想する力は全く性質が異なります。
 後者には、さまざまなものさしを駆使して混沌から核心を捉えるような、総合的な知識に基づく判断力が必要になります。
 リベラルアーツは、そうした知識の基礎となるものです。
──マネジメントサイエンスに偏重していると、複雑性の高い時代に適切なビジネス判断が下せない、ということでしょうか。
山口 経営科学の重要性は否定しませんが、バランスは必要です。
 私がかつて在籍していた戦略コンサルティングファームには、経営理論に精通する“頭のいい”同僚がたくさんいましたが、「人間」というものをわかっていない人も少なからずいました。
 リベラルアーツとは、究極的には「人間がどんな存在であるか」を追求する学問です。
 戦前、日本で諜報活動をしたリヒャルト・ゾルゲというスパイは、日本の神話や歴史、文学を徹底的に勉強したといいます。
 人間の不合理さやユニークさには国や民族による傾向があり、歴史、宗教、小説、戯曲、音楽などからそれを読み解くことができる。ゾルゲはそれをわかっていたのでしょう。
 ビジネスが人と人との営みである以上、リベラルアーツのあらゆる知識はビジネスに重要な示唆を与え得るのです。
──リベラルアーツの重要性は認識しつつも、学習にハードルの高さを感じているビジネスパーソンは少なくありません。
山口 それなりの壁はあるでしょうね。
 例えばフランスの大学入学資格試験「バカロレア」では、文理を問わず「哲学」の科目から始まり、答えのない問いについて論述させます。
 片や日本の教育課程では、美術にしても音楽にしても鑑賞教育に重きを置かず、「どの作品がいつ描かれたか」「作品と作者を線で結べ」といったことばかりを教えている。
 これは単なるクイズであってリベラルアーツではありません。
 こうした教育を受けてきたため、いざリベラルアーツを学ぼうとしても何から始めればよいかわからない。結果、レベルが合わない教材と向き合い挫折する、というのはよくある話です。
 そういう意味で、リベラルアーツには「エスニックフード」のような面があります。
──エスニックフード、ですか?
山口 例えば最初に入ったメキシコ料理のレストランがハズレだと、それだけで「メキシコ料理=苦手」が確定しますよね。
 「本場のメキシコ料理を食べたことないでしょ?」といくら説得しても「あ……もう結構です」となってしまう。
 リベラルアーツも同様で、入り口でつまずかないような学びの機会が必要です。
 そんな思いもあって、KDDIとAEONが協業する教育動画サービス事業に参画し、ビジネスパーソンにリベラルアーツの価値を正しく届ける学習プログラムを構想しました。
 ビジネスにおいても人生においても「選ぶ技術」が発揮できるようになるためのプログラムです。
 単なる物知りになって終わるものではありません。

知のフロントランナー」が集う教育動画サービス

「学び直し」需要などを背景に活況を呈すデジタル教育コンテンツ市場。

 KDDIグループは今秋、リベラルアーツ領域の知のフロントランナーを講師陣に迎えた教育動画サービス「リベラルアーツプログラム for Business」の提供を始める。

 KDDIのグループ会社で英会話教室を運営するAEONが提供主体となり、KDDIはサービスの企画策定および統括を担う。サービスのアドバイザーを務めるのは山口周氏だ。 

 ここからはKDDI教育事業推進部の金子大輔氏にも加わってもらい、サービスの特色や狙いについて掘り下げる。
──この秋から教育動画サービス「リベラルアーツプログラム for Business」がスタートします。通信事業者のKDDIが教育事業を展開するのは意外な取り合わせにも感じますが、どんな狙いがあるのでしょうか。
金子 背景をご説明すると、KDDIグループでは2030年に向けた事業戦略(サテライトグロース戦略)として、5Gによる通信事業の進化と、通信を核とした注力領域の事業拡大を目指しており、その中で教育分野への進出も掲げています。
 コロナ禍を受け、教育や学びのあり方が問い直され、変革が求められている。
 そこに、通信事業だからこそ提供できる価値があるのではないかと考えました。
──そこでなぜ「リベラルアーツ」なのでしょうか。
金子 この10年、「VUCA」と呼ばれる将来予測が困難な時代に入り、多くの人が指針を失っています。
 そうした状況下でKDDIとしてやるべきことは何なのか。
 我々が出した答えは、「一人ひとりが自らの可能性を発見し、自分らしい未来に向かってサバイブする社会を実現する」ということでした。
 山口さんが著作で書かれていましたが、物事を相対化して固定の枠組みから自由になり、自ら問いを立てて答えを出していく、それを可能にするリベラルアーツは、私たちが実現したい社会に最も必要なものです。
 そこで、山口さんの力をお借りしながら、通信会社の強みを活かした場所や時間に縛られない教育サービスを構想しました。
──今日、ビジネスパーソン向けの「学び直し」のコンテンツは数多くあります。競合がひしめく中で「リベラルアーツプログラム for Business」はどんな特色を打ち出しますか?
金子 ポイントは大きく三つあります。まずは「講師陣のラインアップ」です。
 私たちが教育事業に参入するにあたって調査したところ、多くのビジネスパーソンから聞かれたのが、「忙しくて勉強する余裕がない」という声でした。
 貴重な時間を割いてもらうためにも、「密度」の濃いコンテンツをお届けしなければならない。中身の濃さを担保するためには講師陣の充実が不可欠です。
 そこで、山口さんにもご意見をいただきながら、「ビジネスパーソンの思考軸に大きな示唆を与えられる人」という観点で各界の「知のフロントランナー」を選出しました。
講師陣の一覧はこちら
山口 豪華の一言ですよね。当代きっての知性が集結したと胸を張れるラインアップ。
 しかも皆さん、リベラルアーツをビジネスの文脈に沿って伝えるのが非常にうまい。
金子 そこがまさに二つ目のポイントです。
 リベラルアーツには難解なテーマも多く、ビジネスとの接点が想像しにくいものも少なくありません。
 その点を考慮せず、ありのまま届けようとすると、先ほどのエスニックフードのようなことが起きかねません。
 そこで、ビジネス書籍のプロフェッショナルであるプレジデント社と、教養番組制作に多くの実績を持つNHKエンタープライズ社に協力を仰ぎ、「講師と打ち合わせを重ねながら、講義ごとにオリジナルの台本を作り込む」という制作スタイルでビジネスパーソンに最適化した内容を追求しました。
 さらに、その台本に沿ったストーリーを、高品質かつ奥行きのある映像に落とし込んでいます。これが三つ目のポイントです。
 定点カメラとホワイトボードのみで手軽に作れるのが動画コンテンツの良さでもありますが、我々は手間を承知で映像の「密度」を高めることにもこだわりました。
 つまり、講師、ビジネスパーソンに特化した台本、映像が三位一体となり、ユーザーの皆様を深い学びの体験に誘う、これが「リベラルアーツプログラム for Business」の特色です。

リベラルアーツをビジネスに活用する方法とは

──「リベラルアーツプログラム for Business」で、山口さんが注目している講座はありますか?
山口 すべてオススメなので正直選べませんが……あえて一例を挙げるなら、歴史研究も手がける工学博士の竹村公太郎さんやデザイナーの原研哉さん、遺伝子検査サービスを提供する「ジーンクエスト」代表の高橋祥子んの講座でしょうか。
 竹村公太郎さんは、土木工学や地形学にも精通している方で、その知見で歴史の通説を覆していくのが面白い。
 例えば、織田信長が比叡山延暦寺を焼き討ちした理由について、「上洛する際に必ず通る逢坂峠を比叡山が見下ろす位置関係にあり、信長がその地形を危険視したため」などと通説とは全く異なる主張を展開します。
 教科書的な見解から解放され、自由に発想する様は、まさにリベラルアーツの真骨頂だと思います。
 原研哉さんは、問いの立て方や視点の置き方が新鮮で、非常に学びが多い。
 原さんは地上の景色をつぶさに眺められる高度で全国各地を紹介する「低空飛行」というプロジェクトを展開しています。
 高度1000メートルほどの高さから日本をなめるように見わたすと、風土の多様さや、自然と共生してきた文化の奥深さにあらためて気づかされます。
 高橋祥子さんはもともと遺伝子の研究者で、生物学の知見を用いて経営や組織の課題を解き明かす視点を提供してくれます。
 例えば、絶滅危惧種の特徴として「多様性のなさ」が挙げられますが、その知見をビジネスに向けてみると、多様性の達成度合いから組織の絶滅リスクを弾き出すことが可能になるかもしれません。
 高橋さんの話はそういう示唆に満ちています。
──こうしたリベラルアーツの学びをビジネスに活かすためには、どういう思考の展開が必要なのでしょうか。
山口 リベラルアーツの学習知識を「抽象化→構造化→適用化」のステップでビジネス課題と結びつけることです。
 例えば世界中の「蟻塚」を調べると、一定の割合で働かない蟻の存在が確認できます。
 この知識を抽象化すると、「働く蟻ばかりが集まる蟻塚は滅びたのではないか」という論点が浮かび上がります。
 その論点をビジネスシーンに落とし込むのが構造化。「メンバーがフル稼働する組織は生存率が高くないのではないか」といった具合です。
 この仮説を踏まえると、「組織を継続的に繁栄させるためには、一部のリソースを今日明日の利益を生む仕事ではなく、投資的な活動に振り向けたほうが良いのではないか」といったアイデアが浮かんできます。これが適用化です。
 ちなみにこの思考のプロセスは、反時計回りにも使えます。
 具体的なビジネス課題を抽象化し、見出した論点をリベラルアーツの知識から読み解くのです。
──この思考スタイルが定着すると、リベラルアーツの学びが単なる知識にとどまらず、生きる知識に変わっていく、と。
山口 ありとあらゆる学問がビジネスに応用できることが実感いただけると思います。
 そもそもリベラルアーツとは、自由に考え、自由に生きるための技術です。 
 ビジネスの世界も含め、現代社会には「こうすべき」「こうあるべき」という「呪い」のようなものが横溢しています。
 そこから解放されるための思考様式を身につけることこそ、リベラルアーツを学ぶ本質的な意義です。
 私たちが招いた講師陣は、日本を代表するリベラルアーツ領域の担い手であり、この難しい時代を生きるビジネスパーソンに大きな示唆を与えてくれます。
 その深度の高い学びから広がる思考は、混沌とした時代に道を切り拓くための有効な武器になると信じています。