夏野剛女性イノベーターと語る

表現者は”正社員”に安住してはいけない

イノベーションを起こすには女性とオヤジを交換せよ

2014/12/17
iモードの生みの親でありドワンゴ取締役の夏野剛氏が、既存のビジネスや価値観に新風を吹き込んだ女性イノベーターと、イノベーションを実行する上での難しさや面白さを余すところなく語りあう対談企画。第一弾は、読者にトレンドや美の追求を促すのが一般的だった女性ファッション誌において、「少ない服で着回しOK」「9号のパンツが入らなくても似合う服はある」といった革命的な価値観を打ち出し、多くのファンを獲得した大草直子氏が登場。著書は出すたびにベストセラーとなり、自ら立ちあげたブランド「HRM」も好調、さらに2015年1月から始動する講談社のデジタルメディア『mi-mollet(ミモレ)』の編集長に抜擢されるなど、当代随一のスタイリストとして活躍中だ。そんな大草氏の“イノベーティブな仕事ぶり”の源泉とは何なのか?
第1回:おしゃれを「理論化」した女性イノベーター

大草:日本の女性誌はターゲットがセグメントされているのが当たり前なんです。例えば、20代キラキラ女子向けとか、30代独身向けとか、40代そこそこ裕福なママ向けとか。でも、私は出産や離婚や環境の変化により、生き方を変えてきた中で、そういう限定された世界が本当に苦しくなっちゃったんです。私は一時期、「30代後半、働く独身、子持ち女性」だったのですが、その身分ではどの女性誌の世界にも入れないんですよ。

夏野:入る穴がない(笑)。

大草:ないんです。これだけいっぱい女性誌はあるのに、私はどこにいけばいいんだろうって。日本には残念ながら、「どんな女性もいらっしゃい」というコンセプトの女性誌はないんです。でも、今回、講談社が立ちあげる新媒体は、間口を広げるため、あえてペルソナ(想定読者像)は作らないことにしたんです。働いていても、働いていなくても、子どもがいても、いなくてもいいじゃないかって。もう狭い世界の中での女性同士の競争を煽ることはしないメディアを作りたいなと思って、今、準備しているんですよ。

夏野:なるほど。しかし、実際は誰が見るのでしょうね。意識が高い人なのかな。

大草:年齢層は、40~50歳を狙いたいとは思っています。だいたい45~50歳って、28歳くらいで結婚していたとすると、お子さんが中高生になり、ちょうどライフスタイルが変わる時期なんです。「ちょっと時間ができたからもう一回働こうかな」と思い始める世代なので、その意思を応援してほしいし、背中を押してほしいはず。だから、そういう人たちに向けて“再リクルートスーツ”を作ろうという話も出ています。

夏野:それは、面白い。

大草:45歳はまだ人生の折り返し地点なのに、女性誌の世界では「以上、終わり」とハシゴを外されがちだったので、そこからの女性がますますラクに美しくなれる提案をしたいんです。

大草直子(おおくさ・なおこ) 大学卒業後、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社。『ヴァンテーヌ』編集部に勤務し、編集者として、スタイリングのキャリアを積んだ後フリーランスのスタイリスト、編集者に。 『「明日の服」に迷うあなたへ』『大人のおしゃれ練習帖』など著書多数。2015年1月から始動する講談社のデジタルメディア『mi-mollet(ミモレ)』の編集長に就任予定。

大草直子(おおくさ・なおこ) 大学卒業後、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社。『ヴァンテーヌ』編集部に勤務し、編集者として、スタイリングのキャリアを積んだ後フリーランスのスタイリスト、編集者に。 『「明日の服」に迷うあなたへ』『大人のおしゃれ練習帖』など著書多数。2015年1月から始動する講談社のデジタルメディア『mi-mollet(ミモレ)』の編集長に就任予定。

プチ起業も立派なイノベーション

夏野:だったら僕はそこにね、起業のバイブルも入れたらいいと思う。「普通の主婦がこんなに簡単にモノを販売できる」とかね。実際、今、主婦の“プチ起業”は結構人気で、例えば、添加物を使わないキャットフードを自宅で作ってネット販売し、年商1000万円なんていう人もいるんですよ。

大草:それは、すごいですね。

夏野:今は自分で考えて自分が欲しいものを作れば売れる時代ですから。それに、会社を興すと経費の面でもメリットがあるしね(笑)。

大草:なるほど。でも本当に、そういうファッション以外のものもコンテンツとして入れていきたいと思います。

夏野:かっこいい女性は、起業に向かっていますよ。

大草:でも、サイトはあまりかっこよくしない予定なのです。

夏野:そうなの?

大草:あまりにも「かっこよく、かっこよく」言われると、読者がプレッシャーに感じてしまうので。女性誌にはそういう“もっと輝きなさい症候群”みたいなものがすごくあって、疲れちゃったんですよ、それに。

夏野:追い立てられることに?

大草:はい。女性誌は「美しくなりなさい」「これを持っていないのやばいよ」「もっと買いなさい」という商法。ですから、新メディアではもっとそこは緩やかにしようと思っています。「あなたはあなたのままでいい」「十分に自家発電して輝いている」「ただ、もうひとつ階段を昇るためにこんなヒントがありますよ」と提案する、いわば読者寄り添い型メディアですね。

夏野:無理やり美しくさせるのではなく、自家発電している女性に寄り添う。

大草:そうしたいと思っています。ただし、より輝くためのヒントはたくさん提案できるよう、新メディアでは街にいる女性のスナップをメインにしようと思っています。

夏野:そのへんを歩いている人を撮るの? それは面白いね。

大草:はい。そのため、今、全国をまわっています。というのも、東京発信だけにはしたくないので。というのも、私は、できる限り都会と地方の“服装格差”をなくしたいという思いもあるのです。

夏野:なるほどね。でもどうにも、おしゃれするのが厳しい地域もありますよね。今、日本の5000万世帯のうち1割の489万世帯が過疎地住まいなんですよ。そこにファッションを持ち込むのは難しい。

大草:確かに、おしゃれをしていく場所をクリエイトしないとダメですね。それは大きな課題かもしれない。

夏野剛(なつの・たけし) 株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

夏野剛(なつの・たけし) 株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

正社員になるメリットはない

夏野:ところで、大草さんは講談社の新メディアの編集長を務めるけど、正社員になるわけじゃないんだよね?

大草:そうなんです。

夏野:僕も以前、ドコモっていう大会社にいたとき、契約社員だけど部長だったんですよ。

大草:すごい(笑)。

夏野:何度も正社員になれと言われたけど、役職においても収入においても正社員になる優位性が何もないんですよ。だから「正社員のメリットって何ですか」と聞いたら「65歳まで仕事の面倒をみます」とかいうから、「仕事の面倒は自分でみるので結構です」って(笑)。

大草:表現者は社員に安住を求めてはいけないと思うのですよね。

夏野:特に女性はそうでしょう。僕は娘が2人いるんですけど、この子たちはどんな人生を歩むんだろうと考えたときに、今の日本社会っておかしいと思ったんですよ。僕は男社会で生きてきたのでオヤジのバカさ加減をよく知っているし、そんなオヤジどもを否定してのし上がってきたほうなんですね。だからオヤジどもと女性の将来を交換すればいい社会になるなって、本気で思っているんですよ。

大草:面白い。

夏野:だから会社にいたときも、絶対ママに優しい職場を作ろうと思って、「産めよ増やせよ」と出産を奨励していたんですよ。そしたらやりすぎて、ある課の3分の1の女性が同時期に産休に入っちゃって大変だったんだけど(笑)。

大草:それでも「産めよ増やせよ」と。素晴らしいですね。

夏野:そんなふうに僕は女性を応援しているんですけど、それは、別に綺麗事ではないの。そのほうが、組織にとって効率的だと本当に思っているから。ところで、大草さんは“5年ワンキャリア説”を唱えているんですってね。

大草:はい。キャリアの節目は5年おきに訪れると思っています。実際に、私のキャリアも5年おきに次のステージにステップアップしていきましたね。

夏野:僕は、10年でキャリアを切り替えるべきだと言っているんですよ。ましてや、女性の場合、結婚や子育てで状況が変わると、前と同じような人生を続けられないですからね。その場所ごと、あるいはタイミングごとに、仕事の生産性を上げるなど、いろいろと工夫したり、キャリアチェンジする必要がある。そう考えると、もともと女性はイノベーティブに生きざるを得ないんですよね。

大草:確かにそうですね。

夏野:つまり、女性が活躍できる社会こそがイノベーティブな社会。その会社や社会がイノベーティブかどうかは、女性がバロメーターなのかなと、僕は本気で思っています。

大草:なるほど。共感できるご意見ですね。

夏野:こんなことを言うと、「お前は女性受けを狙っているんだろ」なんて言う変なオヤジもいるんだけど、やっぱり効率的な社会だとか、イノベーティブな社会をつくるには女性が元気じゃないといけないんですよ。逆を言えば、日本は過去の延長線上でやっているからイノベーションを起こせないし、成長しないんです。

大草:そうなんですよね。女性は出産や育児などで働き方を変えざるを得ないのに、多くの組織はまだ、女性が変わる際の受け皿がないのが現状なんですよね。例えば、月刊誌の編集者をやっていた女性が、産休育休を1年取ると、元の職場にはなかなか戻れない。「小さい子どもがいると難しいよね」という会社が決めたイメージに沿って、復帰後はママさん雑誌などに回されてしまう。そういうこともあって、私はフリーランスでいたいんです。会社員になるほうがよっぽど窮屈だなって。

夏野:それがいいですよ。フリーランスで編集長、いいじゃないですか。

 夏野大草2回目3つ目の写真

※本連載は毎週水曜日に掲載します

(取材:佐々木紀彦、佐藤留美、構成:持丸千乃、撮影:遠藤素子)