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1年以上の時間をかけて

「検証報告書」は結論ありきで作られたのか?

2014/12/16
私たちの生きている社会はいま、圧倒的に弱い立場にある当事者たちの痛みや思いを感じとり、きちんと耳を傾け、丁寧に寄り添えているのだろうか。立場ある者が、目先の営利や名誉、効率性ばかりを優先していないか。これから記そうと思っていることは、長く当事者たちに接してきたジャーナリストとしての自分自身への問いかけでもある。
前回の連載に引き続き、学校管理下にあった児童74人、教職員10人が東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の惨事はなぜ起きてしまったのか? そしてなぜ、その後の検証が適切に行われなかったのかについてリポートしていく。

東日本大震災の大津波で、児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市の大川小学校。なぜ学校管理下で大川小だけが突出した犠牲者を出したのか。

一般的な提言ばかり

今年2月23日、石巻市教委からの「第三者検証」の要望を受けて、文科省主導で設置された「大川小学校事故検証委員会」は、最終事故検証報告書をまとめ、遺族向けに報告会を開いた。

報告書の最後には、「検証結果から得られた教訓に基づいて、二度とこのような悲劇を繰り返さないために」として、24項目の提言が並んだ。

・子どもたちの命を守る任務に関わる環境や防災に関する教育を、教職課程の基礎教育、教養教育の必修科目と位置づける

・各学校の防災意識や危機管理意識を高め、子どもたちを被災から守る実質的な研修を実施。職員会議等で必ず議論し、教職員間で共有する

・学校現場のためのCRM訓練(クルー・リソース・マネジメントの略。そのときに利用可能な人〈クルー〉および情報の資源〈リソース〉を最大限に利用して危機を乗り切る、あるいは危機を予防するスキルを身につけるための訓練。元々は航空パイロットのために開発された)、それに類するノン・テクニカル・スキル(本来業務に必要ない技能ではない、コミュニケーション、リーダーシップ、状況認識、意思決定などの技能のこと)の訓練手法を開発する

・学校の災害対応マニュアルを検討するにあたり、適切な避難先・避難路・避難方法をあらかじめ定めておく

・住民の避難所として適当かどうか、津波や洪水等の垂直避難を要する緊急避難の場合と、生活(収容)避難を識別する

・沿岸・沿川部の学校の立地にあたっては、津波や風水害を意識した立地条件を考慮する

・ハザードマップの作成過程を見直すとともに、ハザードマップの内容が「安心情報」にならないよう、その正しい理解のための啓発と広報に努める

・緊急避難場所と収容避難場所とを明確に区別して指定や整備する。緊急避難場所の指定に際しては、安全性を十分に検討する

・子どもから聴き取りを行う場合に備え、聴き取り担当者の教育・訓練などを実施しておく

・学校内で事故が発生した場合に、事故調査・検証のためのガイドラインを作成する

などと、どれも一つ一つが重要な指摘だ。とはいえ、大川小学校で起こった事実を検証しなくてもいえる、一般的な提言ばかりともいえる。

大川小学校を視察する検証委員会と文科省、県教委の担当者ら(2013年2 月、第1回検証委員会前)

大川小学校を視察する検証委員会と文科省、県教委の担当者ら(2013年2月、第1回検証委員会前)

“結論”と違う情報は含めようとしない

実は、これらの最終報告書に記されている提言は、ほとんどが昨年2月7日の第1回検証委員会で、すでに委員たちによって議論されていた。

とりわけ、教員養成機関に長く勤め、学校保健や健康教育を担当してきた、東北福祉大学総合福祉学部社会教育学科の数見隆生委員の発言の多くが、提言に反映されていることがわかる。

数見委員は、第1回委員会の段階から「校庭での51分間の時間帯に、先生たちがなぜ動けなかったのか、避難することにためらいがあったのは何なのかを焦点化して、背景にある要因を多角的に分析・検討することが重要だ」と指摘していた。

これまで数多くの教員を育ててきた立場から、じくじたる思いもあったのだろう。委員会のメンバーの中でも、現場の教員目線で検証しようという熱意のようなものが伝わってくる人だった。

「学校だけの問題ではなく、ここは指定避難場所になっていたということもありますし、住民の方がたくさん避難して来られたということもあります」

「こういう海抜の低い所に、どうして2階建ての学校が建てられたのか、行政の問題もある」

「裏山の問題も、今日は見せて頂いて、ここにどうして避難できなかったのかということを、改めて思いました。学校のマニュアルで、避難場所がここだと設定されていれば…」

「ハザードマップそのものの功罪と、その活用の問題もある」

「すべての教員志望者に、子どもの命や安全にかかわる意識についての教養を授けることをしてこなかった。こういう科目の授業は必修ではない。今後、教員になる前に、危機意識と対応能力を育む状況をつくっていく必要がある」

「教職員の集団性の問題というか、組織上の問題というか、管理職のリーダーシップと教員、一人一人の主体性との関係も、重要な要素。こうした事態に備え、教職員間で主体的に話し合える場が持たれていたのかどうか」

こうした教職員集団の中で、どうすれば子どもたちを救えたかという教訓として、弁護士で、鉄道安全推進会議(TASK)事務局長の佐藤健宗委員もすでに、「学校内の体制について、CRMの発想を使ってみたらどうか」と提案している。

「チームの中のコミュニケーション、対人関係、教頭先生をリーダーとし、他の教諭が支えるというフォロワーシップ、限られた情報の分析・収集と予測、決断。問題解決のために全員参加、リソースの活用、チーム全体としての意思決定、その過程での意見的な対立を解消して、1つの方向に…という日常的な負荷の整理を、こういう視線で見直してみてはどうか」

一方、立教大学現代心理学部心理学科教授の芳賀繁委員は、石巻市教委による聴き取り調査に対する問題を批判する必要はないのではないかと前置きしつつ、次のように発言している。

「いろんなファクターで記憶というものはどんどん変容していきますので、72時間以内に聴き取りを行われていなかったのは残念」

「今後、事件や事故が学校で起きたとき、できるだけ速やかに、十分な配慮を持って聴き取りが行われるような仕組みや体制、教育をとることが必要である」

「実際起きたことが何だったのかを知るための調査について、知識を持つか研修を受けた人が事に当たることが必要だと思うし、報告書に盛り込まれるべき」

これらの議論を受けて、室崎委員長は「とくに子どもさんのヒアリングは心のケアみたいな要素を入れてやらないといけない」などと付け加えた。

「経済合理性が優先されるあまりに、弱き者たちの命がないがしろにされていたのではないか」

児童の遺族たちは、市教委や行政、検証委員会に対しても、そう問いかけ続けてきた。

救えたはずの命。時間も情報も手段もありながら、無念の思いをして亡くなっていった子どもたちや先生のためにも、自分ごととして向き合って欲しい。そのことに気づいてもらいたくて、ずっと対話を求めてきた。

24の提言は、どれも重要な指摘であり、すでに第1回委員会で出されていた教訓だ。しかし、この間、遺族たちがどんなに情報提供や要望を出しても、検証委員会は“結論”と違う情報については、ついに報告書に含めようともしなかった。

もし、最初から“結論”が決まっていたのだとしたら、聴き取りやアンケート、津波の挙動や到達時刻の計算などで二転三転させ、遺族を翻弄して傷つけた、あの検証はいったい何だったのか。5700万円もの税金をかけることもなかった。1年以上の時間は、何のために必要だったのだろうと思う。

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