アスリート解体新書

アスリート解体新書・連載第11回

なぜマイケル・ジョーダンは空中で止まれるのか?

2014/12/15
「跳ぶ」という動きは、多くのスポーツで鍵になる基本動作だ。中でもバスケットボールでは得点に直結し、マイケル・ジョーダンは空中を歩くようなジャンプで神様と呼ばれた。なぜ一部の選手は空中で止まれるようなジャンプをできるのか? 西本直トレーナーがカラクリを解き明かす。
マイケル・ジョーダンは背中を使ってジャンプすることで、背中の反りを長く保ち、空中で姿勢を変えることを可能にした(写真:AP/アフロ)

マイケル・ジョーダンは背中を使ってジャンプすることで、背中の反りを長く保ち、空中で姿勢を変えることを可能にした(写真:AP/アフロ)

「跳ぶ」動作を解き明かす

過去の連載記事では人間の体の使い方を一流選手の動きから分析し、我々、一般人にも応用できる可能性を探ってきました。

人間の持つ本能を利用した運動は、主に「走る・投げる・跳ぶ」という動作だと思います。

これを競技化したものが、陸上競技の各種目です。

私自身スタジアムで観戦したこともありますが、一般的にはオリンピックや世界選手権をテレビ観戦したのみという方がほとんどではないでしょうか。

スタジアムに行くとより実感するのですが、たくさんの種目があり、しかも競技場で同時進行で行われるため、観戦する側としては飽きることなく楽しむことができます。

レベルは別として自分にもできるかもしれない、やってみたら面白いかもと思えることも、見ていて楽しい要因の1つかもしれません。

マスターズ陸上も盛んで、90歳や100歳を超えた方々が競技を楽しまれる姿は、微笑ましくも身の引き締まる思いがします。

人間の本能の中で、走ることと投げることに関しては、これまでも何度か取り上げてきましたが、今回は「跳ぶ」、「ジャンプする」という動きについて考えてみたいと思います。

約20年間更新されていない走高跳の記録

ジャンプする陸上競技といえば、そのものズバリ、「走高跳」や「走幅跳」、「三段跳」といった跳躍種目がイメージされます。

その中で「走高跳」においては、1993年にキューバのソトマイヨール選手が打ち出した2m45cmという記録が20年以上破られていません。

それぞれの種目で、次々と記録が塗り替えられていく中で、人間の体1つで勝負する跳躍種目の記録が伸びないというのは、ある意味この部分の能力としては限界に近づいているのかなと思います。

彼の身長は1m95cmと発表されていますから、身長より50cmも高いところを飛び越えたことになります。

単純に考えれば、もっと身長の高い選手が同じく身長より50cm高く飛ぶことができれば、すぐに世界記録ということになるのですが、そうはいかないようです。

「自分の体を自分の思ったように動かす」。これが私の言う技術の定義ですから、それを可能にできる体の大きさというものには、やはり限度があるのかもしれません。

私の唯一の自慢ですが、高校入学時の体力測定で垂直跳びが90cmを超え、担当の先生が怪訝な顔で見上げ、何度もやり直しをさせられたことを覚えています。

体育館のステージの下に立って、助走なしでそのままステージの上に飛び乗ることができ、みんなを驚かせていました。

滞空時間が長いと感じる理由

ジャンプの動作は様々な競技に必要とされ、なかでもバレーボールのスパイクやブロックでは、圧倒的に高く跳べる選手が有利になります。

バスケットボールにおいても、ジャンプシュートやシュートブロック、またリバウンドボールの奪い合いでも高さはアドバンテージとなります。

海外の選手たちとの絶対的な身長差という問題もありますが、日本の選手の中でも単純に身長差だけが問題になっているとは言い難い部分もあります。

バレーボールを見ていると、高さはもちろんですが、空中での滞空時間が一流選手は長いように見えます。

実際には数字で現れるほどの差はないのかもしれませんが、地面を離れてから飛び上がって行く際に、骨盤から背中がしっかり反らされていて、その姿勢が長く続いてから次の動作に移ることが、「滞空時間が長い」と感じさせるのだと思います。

背中を使えばもっと高く跳べる

この記事で何度も言い続けてきた、股関節の伸展から広背筋の収縮によって骨盤が引き上げられ、上腕部を背中側に引き込むことで背中を大きく反らせる——という動きがきちんとできているかどうかが、ジャンプの高さや滞空時間、ひいては目的とするプレーの質にまで影響を及ぼします。

日本の選手の中では、チーム内でそれほど身長が高くない選手がエースアタッカーとして活躍しているのも、この使い方ができているからだと思います。

逆に言えば、せっかく高身長という天賦の才を与えられながら活かしきれていない選手は、この体の使い方を習得すれば、もっと成長できる可能性を秘めていると思います。

海外のチームと戦うためには、やはり身長が高い攻撃の選手が必要ですから、こういう発想のトレーニングは是非行って欲しいと思います。

ジョーダンのジャンプの真髄

バスケットボールでも同じことが言えます。

2mを越す選手たちを相手にしなければならず、バレーボールのようにネットを挟んでいませんので、体の大きさがそのまま武器になります。

バスケットの神様と言われたマイケル・ジョーダン選手を、知らない人はいないと思います。

別名「エア・ジョーダン」と呼ばれ、空中に跳び上がってからでも足が着いているかのごとく、自由に体勢を変えられるという、常人には想像もつかない動きを見せてくれていました。

その中でも私が注目したのは、ジャンプシュートを打つときの体の使い方です。

身長は198cmと決して小さくはありませんが、彼の前に立ちはだかるシュートブロッカーは、さらに大きな選手たちです。

ジョーダンのジャンプに合わせて、目の前でジャンプされたのでは、どう考えてもシュートはブロックされてしまうはずです。

ところが不思議なことに、自分の手からボールが離れる位置より、さらに高い位置にある相手のブロックの上をフワッとボールが越えていき、シュポッと小気味好い音とともにボールはゴールに吸い込まれていくのです。

こうして文字で表していても、まったく理屈に合わないことを書いているように思います。私はここに「エア・ジョーダン」と呼ばれる真髄を感じました。

何度もスローで見てみると、飛び上がる瞬間は両者ともまっすぐ飛び上がっているように見えます。これではボールは相手の手の上を越すことはできません。

普通、シュート体勢からボールが離れるのは、ジャンプの最高到達地点だと思います。しかし、ここでジョーダンの手からボールは離れません。

両者が最高到達点から下に落ち始めた瞬間、なんとジョーダンは背中を後ろに倒すようにして相手との距離をとっていきます。

そして相手の手の先が、ゴールまでの放物線が描ける位置にまで下がった瞬間にシュートを放つのです。

 背中を後ろに倒す

これでは大きな身長差がある選手がブロックに跳んだとしても、防ぎ切ることはできません。

それにしても、なぜジョーダンは落下中に、しかも後方に倒れこみながら、そんな体勢からボールを正確に強く弾き出すことができるのでしょうか。

彼の体は一見、相撲でいう死に体になっているように見えます。土俵の中に体は残っているけれど、すでにどうにもならない体勢であるという意味です。それぞれご自分で、その瞬間をイメージしてみてください。

シュートを放つどころか、ほんの少ししかボールは飛んでくれないと思います。ジョーダンの体は後方に倒れ、死に体になっているように見えて、実はしっかりとシュートを打てる態勢を保ち続けています。

マイケル・ジョーダンという選手は、普通では考えられないことを可能にすることで、相手の大きさに関係なく、他の人では考えられない体勢から、正確なシュートを放つことができたのです。

背中で跳ぶ=股関節で跳ぶ

それを可能にした秘密は、ジョーダンがジャンプをする瞬間にあります。

普通ジャンプという動作を考えた時、主に使われるのは膝の屈伸ではないでしょうか。それに連動して足首の関節や股関節ももちろん働きますが、ほとんどの方は曲げた膝を伸ばすことで高く跳び上がろうとしていると思います。

実はここに落とし穴があります。実際に上方に持ち上げなければならないのは、体の体幹部分です。

そのためには股関節そのものを使って、屈曲した状態から伸展させる方が、効率良く重心を高く跳びあがらせることができます。

 股関節の屈曲で跳ぶ

股関節を伸展させるために重要な働きをしてくれるのが、何度も登場する広背筋なのです。

バスケではバレーボールの選手と同様、上腕骨を使って肘を高い位置にあげてシュート体勢を作りますが、その時に膝の屈伸ではなく広背筋から反り上がるように跳ぶことで、背中を後方に倒しても、骨盤と広背筋の関係を変えることなく、シュートを打つために必要な力は保ったままでいられるのです。

極端に言うと、最初から後方に倒れることを想定して、広背筋を使ったジャンプをしていると言ったほうが正しいのかもしれません。この動きは理屈が分かったからといって、誰にでもできる動きではありません。

普通の状態での完璧なシュート力はもちろんのこと、ほとんど予備動作がなくても、体の中で伸展の準備動作を行い、地面を蹴って膝を伸ばしてという動きではなく、スッと背中を反らしたように見えるだけの動きで、跳び上がることができなければ成立しない動作です。

たまたま大きな相手がブロックに来たから、降り際に苦し紛れに放ったシュートが決まった…というのとは、まったく意味が違うのです。

バレーボールの選手にしても、バスケットボールの選手にしても、空中姿勢が安定している選手のジャンプ動作は、背中で跳んでいるという感覚に見えます。

スキーのジャンパーも股関節を使う

さらに空中姿勢に注目すると、スキージャンプの選手の動きにも同じことが言えます。

ジャンプ台を滑り降りるとき、膝を曲げて、股関節も屈曲して体を丸め、空気抵抗を受けないような体勢で滑り降りてきます。

そしてジャンプ台から飛び出す瞬間、丸めていた体を大きく伸ばして滑空姿勢に移りますが、このときに膝の屈伸で跳んでしまうと、上半身とスキー板が大きく離れてしまい、必要以上に前方からの空気抵抗を受け、体が高く舞い上がってしまうことになります。

スキージャンプの軌跡は、現実的には放物線を描くというより、踏切位置からどんどん落下していく競技で、体が舞い上がるという表現自体適当ではないのですが、膝ではなく股関節から伸展させていくという意識で飛び出していくと、上半身と板の距離が離れることなく、素早く滑空姿勢に入れるので、必要以上に空気抵抗を受けることなく、グングン前に飛んで大きな飛距離を稼げる大ジャンプになります。

現役選手でありながらレジェンドと呼ばれる葛西紀明選手や、女子の高梨沙羅選手の動きを見ていると、まさに飛行機が滑走路を離陸していくときのように、上体の深い前傾は保たれたまま、背中がしっかり反っていて、ジャンプした瞬間すぐに体と板が近い所でまっすぐになって、勢いよく飛んでいくのが分かります。

ジャンプするという動作にも様々な形態がありますが、共通して言えるのは、単純に地面を蹴った反力を使って跳び上がるために、膝や足首の屈伸を利用するのではなく、本来の目的である体幹および胴体の部分を浮き上がらせるためには、広背筋を使って骨盤を引き上げる動作が絶対的に効率的で有効な動作であるということが言えると思います。

エアケイにも同じ動作

サッカーにおけるヘディングシュートや、錦織圭選手の「エアケイ」にも同じ動作が見て取れます。

我々の日常生活では「跳ぶ」という動作はほとんど必要とされなくなってきましたが、たまには背中を大きく使ってジャンプしてみてはいかがでしょうか。

人間に与えられた本能の動作です。眠らせておくのはもったいないですし、このジャンプが広背筋の働きを活性化し、姿勢の改善やその他の運動能力にも良い影響を与えてくれると思います。

せっかく与えられた能力です。さび付かせることなく大事に使っていきましょう。

*本連載は次回(12月22日掲載)で最終回となります。