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父は、原爆投下の日に長崎入りする予定でした。お腹をすかせている多くの兄弟のため、佐賀から長崎に食料を買いにいくために。幸運なことに旅の途中で、体調が悪くなり、翌日長崎入りできず、原爆投下があったそうです。

この話を幼い頃から聞くたびに、人の運命は一寸先もわからない儚さと命の大事さを痛切に感じます。恵まれた美しい地球に私たちは生命をもらっているのに、なぜ国と国が戦うことになるのか、歴史から学んでいない人間という生物の愚かさを感じます。だからこそ、希望を持ち続け、声を上げ続けるなければいけないとも強く思います。
今から20年余り前、新聞記者として広島で原爆担当をしていました。広島・長崎の両式典を取材し、多くの被爆者の方々からもお話をうかがいました。田上市長が指摘するように、今ほど核兵器使用の危機が高まっていることはないでしょう。ロシア・ウクライナ戦争に限らず、台湾との緊張が高まっている中国も2030年までには1000発の核弾頭を持つとみられています。日本は唯一の被爆国として核廃絶を訴え続けるとともに、自らの核政策を含めた安全保障政策を再考する時がきているでしょう。
広島が史上初という歴史は変えられない。でも我々次第で長崎を史上最後にできる。あれから77年。
広島も長崎も、一度ずつ原爆資料館と合わせて訪れました。
あまりの惨さに言葉にならないほどのショック…

当時、広島市内の大学に助教授として赴任していた、共に国際政治を学んだゼミの先輩の言葉が強烈でした。

『広島に住んで何度も原爆の記録を観ることは、人として大変苦痛だよ』

ですから、核保有国の大使を記念式典に招待することはとても意義あることなのだと理解しています。
長崎で米軍の原爆投下から77年を迎えました。きょうは長崎市の平和公園で「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれます。先日の広島での77年を迎えたという記事でもコメント欄ありましたが、戦争の記憶が薄れていく中で、戦争を振り返り、平和を願うきっかけとなる日が年々大切になってきていると感じます。