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狙われやすい選手の共通点

サッカー界における八百長の実態

2014/12/14
アギーレ監督のサラゴサ時代の八百長疑惑によって、日本メディアでも連日八百長に関するニュースが報道されている。ヨーロッパでは八百長に関して強い危機感を持っており、『ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー』でも詳しく授業が行なわれた。なぜ八百長はなくならないのか? 狙われやすい選手の共通点とは? モラス雅輝がレポートする。

「結果がどうなるか分からないからこそ、人々はスポーツを観戦したいのだ」(ゼップ・ヘルベルガー、元西ドイツ代表監督)

「サッカーは他のスポーツ同様に危機に瀕している。もしサイコロに細工がされていたら、なぜ人々は試合に熱狂できようか?」(ミシェル・プラティニ、現UEFA会長)

1日に1000億円以上の賭け金が動いている

八百長――。

日本代表のアギーレ監督の八百長疑惑によって、日本サッカー界にとってもこの問題は他人事ではないテーマになってきた。

以前書いたようにアカデミーの柱は『経営』と『リーダー教育』のふたつだが、もちろんそれだけではなく、サッカー業界の問題に関する講座もあった。そのうちのひとつとして取り上げられたのが、「サッカー業界における八百長問題とその対策」だった。

現在、八百長はサッカーに限らず、全てのスポーツにおいて最も危険な犯罪として監視されている。インターネットやスマートフォンの普及により、世界中の誰もが各国のリーグや国際試合に賭けることができるようになった。

取り締まりづらいアマチュアや育成年代の試合までが、賭けの対象になっており、それがこの問題をさらに深刻にしている。国際刑事警察機構(インターポール)の推算では、世界中でスポーツ競技に賭けられる金額は年間2000〜3000億ユーロ(約28兆~42兆円)。つまり、1日に1000億円以上の賭け金が動いているのだ。統計には表れない闇賭博の市場は、さらに大きいとされている。

この巨大な金額を聞いて、教室にはどよめきが起こった。受講生のひとりの元ドイツ代表選手も、この数字を聞いて「信じられない」と驚いていた。すると彼は、こんなショッキングなエピソードを語り始めた。

彼はドイツ・ブンデスリーガやイタリア・セリエAでプレーした後、約半年間、中国のスーパーリーグ(1部)の上海申花足球倶楽部でプレーをした。この半年間は彼のキャリアの中で最も辛い時期だったそうで、色々な苦労話を聞かされた。

その中に、八百長を疑いたくなるような出来事もあったそうだ。ある試合の直前、彼はチームメートからこんな言葉を聞かされた。

「今日はあまり無理をしなくて大丈夫、結果は既に決まっているし……」

チームメートは全員中国語で話し、彼は一切中国語を理解できないため、ここでチームメートから言われた内容も100%理解できたかは保証できない、とのことだ。ただし、すでに試合前の時点で、チームメイトから冷めた印象を受けたそうだ。これも彼が半年で中国でのプレーに見切りをつけ、オーストリア・ブンデスリーガのクラブに移籍した理由の1つだったらしい。

すでに中国サッカー界の八百長問題は多くのメディアで報道され、多くの関係者が証言しているため、目新しい話ではない。中国サッカー界も危機感を持ち、永久追放処分など厳罰が課されている。それでもアカデミーの同級生から実体験を聞くと、八百長根絶の難しさを感じずにはいられなかった。

サッカー界での八百長は主に2種類ある

長いサッカーの歴史では、いくつかの八百長スキャンダルがあった。

・「イタリア・カルチョ・スキャンダル」(カルチョーポリ)

・「フランス・オリンピック・マルセイユの八百長スキャンダル」

・「韓国のKリーグ八百長事件」

・「ドイツ・ホイツァー事件」

・「2009年欧州サッカー八百長疑惑事件」

この他にもウクライナ、ギリシャ、フィンランド、トルコ、ルーマニア、イングランドなど欧州各国や、アフリカ、中南米、アジアのリーグでも八百長の事件や疑惑があった。

また、2004年アテネ五輪で日本がガーナに1対0で勝利した試合では、ガーナ代表主将のアッピアーが八百長フィクサーから大会中に金銭を受け取ったと認めている(日本代表側に罪はない、念のため)。

ここ最近、日本で話題になっているアギーレ監督の八百長疑惑問題は、スペインのサラゴサが確実に勝利を収めるために、対戦チームのレバンテの選手に金銭を渡し、勝利を「確約」させたというもの。「必ず勝たなくてはならない、金で勝利を買いたい」というサラゴサの会長の意向によって行われたとされている。話を短くまとめれば、1人の会長による相手選手への「賄賂」という形での八百長に関する疑惑である。

アカデミーでも学んだことだが、八百長は主に2種類に分けられる:

a.) 自らのクラブに有利に物事が働くように、相手チームの選手や中立的な立場にあるはずの審判団を買収する

b.) 第3者がスポーツを対象とした賭けで利益を得るために、仲介役やフィクサー等を通して現場の選手に接触し、試合結果を操作するように依頼して買収する

八百長の大半は後者である。特にこの場合、国際犯罪組織による資金洗浄、つまりマネーロンダリングが行われている可能性が低くない。サッカー界の「最大の敵」、つまり上の例にも出てくる「第3者」がこのような巨大な国際犯罪組織であるとなると、戦わなくてはならない相手はあまりにも強大で、対策もそう簡単ではない。しかも、大半のサッカー賭博犯罪組織は中国、そしてシンガポールなどの東南アジアにあるとされており、欧州サッカー業界は常にこの「アジアからの黒い魔の手」に対してアンテナを張っている状態にある。

このような強力な「敵」がいるからこそ、サッカー業界内の結束を強くする必要があり、対策としてできることは全て実現し、国際犯罪組織が入りづらい「防御力」を身に付ける必要がある。

スペインのサラゴサの会長が行ったとされている行為も許されないが、国際犯罪組織が行っている八百長の規模はさらに大きい。

狙われやすい選手とは

インターネットが普及した今の時代、サッカーくじの対象になるのは試合結果のみではない。試合結果、得点を決める選手、得点の時間帯等とは別に、「どの選手が最初にコーナーキックを蹴るか」、「どちらのチームに最初のイエローカードが出るか」、「どちらのチームが最初のスローインを得るか」、「試合中で蹴られるコーナーキックの数」、「試合中に出るイエローカードの枚数」など、サッカーくじの対象になる項目は非常に多く存在している。ブンデスリーガの関係者も、八百長を監視するうえで項目の多さに手を焼いていると話していた。

「どちらのチームが最初のスローインを得るか」は、非常に簡単に操作しやすく、同時に疑惑が起きたとしても証明しづらい。選手が「キックをミスした」と話せば、それ以上追求しようがない。

また、どのような選手が八百長で狙われやすいかを認識することも重要だとアカデミーで教えられた。

a.) 返済が進んでいない・進められない借金があり、金銭的な問題を抱えている選手

b.) 選手としての給料が、その国の物価と比較して非常に低く、現役中の暮らしはもちろん、引退後の不安も強く抱えている選手

c.) 別の大陸から単身で移籍してきた若くて学歴がほぼない選手

d.) 言葉があまり通じない国で暮らし、チームメート以外の友人・知人関係をほぼ持たない・持てない選手

逆に言えば、誰もが知っている世界的なスターや、欧州の各国代表選手は十分な収入と社会的地位を得ることに成功しており、このような八百長に手を染める可能性はほぼゼロだ。

このような説明があった後、アカデミー生全員であるテレビドキュメンタリーを見ることになった。

上記のc.) と d.) の特徴を持つ選手が、いかに国際的な犯罪組織の操り人形になってしまい、1回の八百長事件が彼のキャリアと人生を変えたか、と言うドキュメンタリーである。非常に生々しい内容のドキュメンタリーであり、鳥肌が立つ内容であった。

次回、このドキュメンタリーについてお伝えしたい。

*本連載は毎週日曜日に掲載する予定です。また、基本的に無料公開ですが、3回に1回の割合で有料会員のみ閲覧できる有料コンテンツ扱いとなります。